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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな育成者
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4.未来のために

更新遅れてすみませんでした。

 部屋に戻ったシェリーがとても嬉しそうな様子で歌を歌ってる。この歌はシェリーの機嫌がとても良い時にしか歌わない特別なもので、それだけ今の彼女が気分が良いことを証明してる。


「シェリー、嬉しそう」

「嬉しいに決まってるじゃない、あんなにたくさんの綺麗な花の種を播いたんだから、きっととてもたくさんの花が咲くわよ。ソウイチさんもアドバイスしてくれたし、絶対に元気に育つわ」


 シェリーはそう言って顔を綻ばせる。綺麗な花を楽しむなんて以前じゃ全く考えられなかった。あんな花が身近に咲いてるなんて滅多にないし、もし見つけたとしても森の奥や山の頂上とかで、採取しても戻る頃には枯れてたし、マジックポーチを使ったとしても完全に止めることはできなかった。


 だから花なんて高位貴族や王族のための遊びだった。採取した花を早馬を乗り継いで届けさせて、しおれるまでのほんの僅かな時間を楽しむという贅沢極まりないもので、そのせいで馬を何頭も乗り潰すこともあった。私たち冒険者には縁遠いもので、ギルドに採取依頼が出ても受けることはなかったけど。


 だって私たちには早馬を使う伝手もないし、もし伝手があったとしても、採取した花が本当に希望されたものなのかを現地では判断できないし、採取したものが萎れてしまえば難癖つけられることだってある。実際に知り合いの冒険者がそれが原因で多額の罰金を払わされたこともあり、花の採取依頼は余程自信のある者しか受けない。


 薬草の採取は、薬草そのものを乾燥させてから使うことがほとんどだから初心者向けの依頼だけど、知らずに受けて帰ってこない駆け出し冒険者も多かった。私たちは花を採取することがどれだけ難しいか知ってたから受けなかったけど。


「ねぇフラム、ここで得た知識があれば、花の採取も出来るんじゃない?」

「うん、それは私も考えていた。そうすれば無茶な依頼で苦しむ冒険者が少なくなる」


 ソウイチに教えてもらった植物の知識はとてもためになるものだった。花を採取するなら手折るのではなく、株ごと掘り出して鉢に植え替えて、水を欠かさなければ枯れることはない。手折った場合はよく水を含ませた布で折った茎の部分を包めば、切り口から水を吸い上げる。手折る時には強引に折るのではなく、鋭い刃物で綺麗に切り取る。


 細かい知識は私にもわからないものがあったけど、鉢に植えたほうがいいっていうのは誰でも実践できる。鉢を持っていけばいいんだし、土だって植わってる土をそのまま入れていけばいい。


「種、まだいっぱい余ってるけど、今度カルアが来たら分けてあげようかしら」

「それは止めたほうがいい。迂闊に播けば最悪の場合、翌年から不毛の地になってしまうかもしれない」

「……どういうこと?」


 シェリーの言いたいことはよくわかる。今のカルアの領地はあの森とその周辺の荒野だけ、開墾するにも時間がかかるし、住人を募ろうにもただの荒れ地じゃ誰も来たがらない。でも、綺麗な花を育てて売れば、きっと儲かる。儲かれば税も払えるし、税収でより開墾を進められる。私だってカルアには幸せになってほしいと思ってるけど、そう簡単に種を渡しちゃいけない。


 シェリーの考えてることは私もソウイチに聞いたことがある。そして返ってきたのが今の答えだった。どうしてダメなのかを聞いたら、ソウイチは丁寧に教えてくれた。ソウイチに聞いておかなかったら、種を持ち込んでとんでもない事態になっていたかもしれない。


 ソウイチの考えによれば、おそらく最初の花は咲くかもしれない、でも小さい花になる可能性が高いらしい。でも問題はその後だ、たぶんその後にはどんな植物も育たなくなる危険があると言っていた。


 この国は花ですらとても巨大で、当然成長には相応の栄養が必要になる。この国では十分土に蓄えられているが、果たして私たちの世界の土がそれだけの栄養分を蓄えているだろうか、もし蓄えていたとしても、全て使い切ってしまう可能性がある。当然それを補充しなければ植物は育たない。ソウイチの言っていた連作障害という状態のもっと深刻なものだ。


 それだけの栄養分を補充するのにどれだけの肥料が必要になるのか、それを補うだけの肥料が手に入るのか、もしそれが出来なければ、痩せ細った土の荒野が広がっていくだけ。それを見越したからこそ、ソウイチは私の考えを否定してくれた。私たちの迂闊な行動で、私たちが苦しむことの無いように。


「そう、ソウイチさんが言うのなら仕方ないわ。むしろ事前に止めてくれたことに感謝しないと」

「うん、ソウイチは私たちのことを第一に考えてくれてる」


 ソウイチにとってカルアは直接関わることのない存在で、正直なところ私たちが種を持ち帰ったとしても、ソウイチが責任を感じる必要なんてどこにもない。だけどソウイチはきちんと考えて否定の答えを出してくれた。それは私たちが心を痛めるような可能性は無くしておこうという優しさの表れだ。


 いつもなら口調も柔らかく言うソウイチが、あの時は強い口調で止めた。一時は嫌われるかもしれないけど、私たちの為を想っての行動はソウイチにとっても辛い思いだったと思う。それでも止めたのは、私たちがソウイチの真意にきっと気付くと思ってのことだ。私たちなら絶対に気付くと信頼してるからだ。


 なら私たちはソウイチの信頼に応えなきゃいけない。私たちの将来のことまで考えてくれるソウイチに何を返せるかといえば、今の私たちには何もない。だからせめて、気持ちだけはまっすぐに向ける。心がとても温かくなるようなソウイチの信頼に、自信を持って向かうべきだ。信頼には信頼で応えるべきだ。


「でも大丈夫、ソウイチの言うやり方なら時間はかかるけど作物の収量を上げられる」

「そうよね、家畜の糞に藁を混ぜるのと、水辺の貝殻なら比較的手に入りやすいかもしれないし」


 ソウイチの言っていた土壌改良なら材料は現地調達できるし、大きな問題は出ないはず。そして収量が安定すれば品種改良だって出来るかもしれない。そうなればより収量の多かったり、病気や虫害に強い作物だって作り出せる。魔法や魔力に頼ることなく、植物の持つ繁殖能力を利用してより良いものだけを抽出していく方法はとても興味深く、研究意欲をそそられる。


 でも向こうにはソウイチはいない。ここにいるからこそ、ソウイチと一緒の時を過ごせる。だから……その研究はここでやろう。その成果を伝えてあげればいい。その気持ち、今のカルアなら理解してくれると思う。好きな人と離れ離れになる恐怖は彼女も恐れていることだから。


「じゃあ私たちの出来る範囲で調べましょう」

「それじゃシェリーには糞集めをしてもらおう」

「ふ、糞集め……」


 ソウイチの言ってることをきちんと理解するには、同じことをやってみるのが一番確実だ。そのためには家畜の糞から集めないといけない。これで成果が出れば皆幸せになるんだから、頑張って、シェリー。

年度末終わったのにどうしてこんなに忙しいんだろう……


読んでいただいてありがとうございます。

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