2.種
部屋に戻ってフラムに頼んでスマートフォンでお花の種を探してもらい、画面にたくさん並んだ色とりどりのお花を眺めていると、フラムが呆れた様子で言った。
「シェリー、ニヤニヤして気持ち悪い」
気持ち悪い、とはひどい言い方だと思うけど、ニヤニヤしてるというところは否定しないわ。だってこんなに嬉しいことはないんだもの。
「ソウイチさんがお庭に種を播いていいって言ってくれたのよ? 嬉しくないはずないでしょ」
「むぅ……ずるい」
「ならフラムも播けばいいじゃない。一緒に選びましょう」
「……薬草になりそうなものなら」
自分も、って言えばいいのに、素直じゃないわね。確かにフラムは魔法の研究ばっかりで実用性重視だし仕方ないのかもしれないけど、私にとっては違う。私たちのいた森にも花は咲いてたけど、そのほとんどが毒草だったり、身体の一部を花に似せた魔物だったから、とても毒々しい色をしてた。
普通の花もあったけど、色のバリエーションも少なくて、ぼやけた色のものが多かった。でもこの国では違う、様々な色や形の花が当たり前のように売られてる。それどころか種だっていっぱい売ってる。花の種なんて貴族か王族くらいしか手に入らない高価なものだったのに、それを私たちでも手に入れることができる。
ここに来たばかりの頃も色々な花が咲いていて、その綺麗な色に目を奪われたけど、それがほんの一握りだって知ってびっくりしたんだもの。それに……思い起こすのは、以前にソウイチさんと一緒に種を播いた時のこと。私を護るために命を投げ出してくれた大切な仲間を弔うために播いた種は、時期はずれにもかかわらず、大きく咲き誇ってくれた。ソウイチさんですら驚いていたけど、私はそんなに驚かなかった。だってその花が咲くのは当然だって思ってたから。
「フラム、ミヤマさんの眠ってるところに種を播きましょう、カブトさんの花みたいに」
「!」
カブトさんとミヤマさんの名前を聞いたフラムの表情が変わる。カブトさんとフラムは面識がないけど、ミヤマさんのことは絶対に忘れられないはず。だって一緒にいた時間はとても楽しいものだったから。そして……カブトさんと同じように、フラムのことを命を投げ出して護ってくれた大切な存在。もしフラムが簡単にミヤマさんのことを忘れてしまうような人なら、私がずっと親友として傍にいるはずがない。
ドラゴンを倒した後、フラムと一緒にミヤマさんや一号たちの亡骸を埋めて、そこに種を播いた。そしてカブトさんのところに播いた種と同様に、大きく咲いてくれた。巨木のような幹に、お日様みたいな大きくて立派な花が咲くヒマワリという花。
「播く、たくさん播く」
「じゃあ一緒に選びましょう」
「ヒマワリも?」
「ヒマワリはソウイチさんが種を取ってくれたから、それを播くつもり」
以前のヒマワリからソウイチさんがたくさんの種をとってくれた。半分くらいは皆で食べちゃったけど、それでもまだ半分残ってるから、私たちが播くだけの分は残ってる。ヒマワリはとても綺麗だけど、それだけじゃカブトさんたちも見飽きちゃうだろうから、もっと色々な種類の種が欲しい。
「ミヤマさんもたくさんの色の花があれば喜ぶでしょ?」
「うん」
今までの興味無さそうな顔が一変して、食い入るようにスマートフォンの画面を見つめるフラム。彼女にとってここで初めて出会った、自分の言うことを聞いてくれる大事な仲間だからこそ、忘れられるはずがないものね。そんな彼らが眠る場所を綺麗な花で飾りたいと思う私の気持ちは理科してくれてるはず。
「シェリー、私はこの赤いのがいいと思う」
「こっちの白いのも綺麗よ?」
「このひらひらした花びらはとても華やか」
目移りしちゃうくらいたくさんある花を眺めながら、どんな花がいいかを二人で相談する。シンプルな形の花、お姫様のドレスみたいにひらひらした花、すごく大きな花が一つ咲くもの、小さな花がいっぱい咲くもの、どれにしたらいいのか全然決まらない。全部播きたいところだけど、いくらなんでもそれじゃお金がかかりすぎるわ。
「これは綺麗だけど、私たちが播いて大丈夫かしら?」
「育成が難しい植物もある。ソウイチに相談に乗ってもらおう」
「その必要はないわ! アタシがいるから!」
突如部屋の戸を思い切り開いて現れたのはハツミさん。いつもならとても心強い味方だけど、今だけはちょっと心許ないと思うのは私だけじゃないはず、だってハツミさんは植物を育てることは専門じゃないし、得意分野は服や人形を作ることだから、ここで助けになるとはちょっと考えにくい。
「ハツミ、どうして来たの?」
「どうしてって……もちろん力を貸しに来たんじゃない」
「ハツミは農業は専門外のはず、ここにいても役に立たない」
「ひどい! これでも一応農家の娘なんだから! ……それにわからないことはお兄ちゃんに聞くから」
あ、やっぱりそうなるのね。いくら農家に育ったといっても、基本的な知識があるくらいで専門的なところはわからないものね。魔物の討伐でも本で調べたことと実際にでは違うなんてことはよくあることだし、その土地特有の変化をしたものがいたりする。やっぱりこの地のことをよく知るソウイチさんの助けが必要ね。
「で、でも、ある程度の知識はあるから。いくつか種の候補を選んで最適なものをお兄ちゃんに聞いてみようよ」
「それなら安心」
怪訝な表情を崩さなかったフラムがようやく笑顔になった。彼女も大事なミヤマさんの眠る場所を飾る花を育てるんだし、安心できる人がいてくれたほうがいいみたい。決してハツミさんが安心できない人だという訳じゃない……よね?
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