4.働きたい
「え? 仕事?」
「はい、何か私に出来ることはありませんか?」
畑の見回りから戻って朝食を摂っているとき、不意にシェリーがそんなことを言ってきた。これまでに見られたどこか遠慮がちな様子はなく、しっかりと自分の意思を持った表情だ。相変わらず初美がデジカメで連写しているが……お前それ一眼レフだろ。
「今のままじゃ私厄介者じゃないですか。住むところも提供してもらって、美味しい食事も貰えて、それに武器や衣服まで……なのに私何も貢献できてなくて……」
「そんなことないよ! シェリーちゃんはそこにいるだけでアタシの癒しになってるんだから!」
「初美は少し落ち着け、それから口に食べ物を入れて喋るな、あとカメラは置け」
初美の意見は置いといて、シェリーの言い分は十分わかる。今の状況にただ甘えてるだけのように感じているのかもしれない。その真摯な思いには応えてやりたい。この世界での生活に出来るだけ早く慣れようとしている姿勢は素直に評価してやりたい。だがな……どうしようもない現実というものがある。
シェリーの小さな体じゃ俺たちを手伝うことは難しいという現実が。
「手伝うって言ってもな、その体で俺たちを手伝うのは無理だろ」
「でも……何かお手伝いさせてもらえませんか? やっぱり夜伽が……」
「お兄ちゃんの相手するくらいならアタシの相手してよ!」
「だから初美は黙ってろ! 話がややこしくなる一方だ! いいかシェリー、とりあえず夜伽のことは忘れろ。それから俺たちの手伝いをするのはちょっと難しいんじゃないか? 俺たちはシェリーに働いてほしいとは思ってない。いずれ自分の世界に戻るときの為に備えていてほしいんだ」
「でも……それがいつになるか分からないです。それまでずっと何もしないでいるなんて……耐えられないんです」
座りこんで泣きだしてしまうシェリー。おそらく必死にこちらの世界に馴染もうとすることで、帰れないかもしれないという恐怖を紛らわせていたのかもしれない。自分の気持ちを素直に伝えて欲しいなんて言っておきながら、自分の馬鹿さ加減が無性に腹立たしい。
「わかったよ、とりあえず何が出来るかを皆で考えてみよう」
「……はい」
ようやく泣き止んだシェリーだが、さてどんなことが出来るのか。畑仕事はまず無理だと思うし、家事もこのサイズじゃ難しいかもしれない。
「初美、何かいい案は無いか?」
「アタシの創作モデルじゃダメなのかな?」
「あの……ただ服を着たり武器を持ったリするのが仕事なんですか?」
「ダメだ初美、シェリーの世界にはモデルっていう仕事そのものが無いらしい」
「あー、そっかー」
俺の話を聞いて妙に納得のいった表情を浮かべる初美。あれだけモデルについて言っていた割には簡単に納得したな。
「そういえばシェリーちゃんの世界って服をそんなに買わないって言ってた。サイズもまちまちで、普通は一度買った服をボロボロになるまで着るって。合わないときは針子さんに直してもらうって。庶民は出来合いの服を買うか、知り合いの針子さんに布を持って行って作ってもらうらしいし、高位の人たちはフルオーダーメイドらしいけど、出来上がりまで詳しいことは知らされないみたい。だからモデルって職業は無いんだね」
「はい、服なんてそんなに頻繁に買えるものじゃないですから。特に冒険者は服よりも装備品を充実させますので」
「装備品のモデルじゃダメなのか?」
「お兄ちゃん、装備品はどういう使い方するかで仕様が全然違うから無理だよ。シェリーみたいに身軽に動くことを前提にしたら重い装備は不向きでしょ?」
つまりこちらで言うところのファッションモデルのような仕事が存在しない、と。となると何が出来るかを探さなきゃいけない。この世界での生活に慣れてくれば、モデルのような仕事も受け入れてもらえるようになるだろうが。
だがそうなると他に任せられる仕事はあるか? いくらなんでも畑仕事を任せる訳にはいかないだろうし。さてどうしようか?
「お兄ちゃんさ、シェリーちゃんを畑に連れていってみたら?」
「畑に? 誰かに見られたらどうするんだよ」
「その時は作業着の胸ポケットにでも入ってもらってさ。お兄ちゃんが普段どんなことしてるのか見てもらえばいいよ」
「そうだな……シェリーはどうする?」
「はい! お願いします!」
自分に何か手伝いができるかもしれないという期待に目を輝かせたシェリーが一気に表情を明るくする。まずは見てもらって彼女に出来ることがあるかどうかを判断してもらうのもいい方法かもしれない。初美は自分の専属モデルになってくれないことで少々不貞腐れているが、しばらくすれば戻るだろう。
「じゃあ行ってみるか」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるシェリーを掌に乗せ、畑に向かうべく車へと向かった。一体どうなることやら……
**********
「うわあ! 速いです! 早馬より速いです! 魔導ゴーレムがこんなに速いなんて思いませんでした!」
「そのゴーレムってのが何なのかはわからんけど、これはそんな大層なもんじゃないぞ」
「でも凄いです! こんなの初めてです!」
よくわからん単語が出てきて返答に困る。初美ならすんなり応えられるんだろうが、さすがに俺にそこまでの知識はない。早馬はきっと早駆け用に飼育された馬なんだろうが、シェリーの身体のサイズから考えると、いくら速度を出せるようにした馬だとしてもに俺たちが駆け足するくらいの速度だと思う。いくらこの軽自動車が中古だとしても人間が走るより速いから彼女がそう感じるのは当然か。
作業着の胸ポケットから身を乗り出すような姿勢ではしゃぐシェリー。流れてゆく風景に興奮が治まらないらしい。細い農道なので対向車が来たらバレるんじゃないかと心配したが、幸いにも家から畑までは他に人家はなく、当然のごとくすれ違う車など無い。柔らかな陽光が新緑を鮮やかに彩らせる中、畑への道を往く。
「ソウイチさんは魔導ゴーレムの乗り手だったんですね! でも魔力を使ってる気配がありませんけど」
「だから違うって。これは自動車っていうんだよ。油を爆発させた力を使って動く道具だ」
「ば、爆発? 危険じゃないですか! 駄目ですよ、そんな危険なものを使ったら!」
「大丈夫だよ、普通に運転してる分には安全だから。そのための免許もあるんだし」
「メンキョ?」
「許可証みたいなものだよ」
いまいち会話が噛み合わないところもあるが、シェリーが色々と覚えていけば次第にスムーズに会話することが出来るだろう。彼女にとっては今見えているすべてが初めてのものであり、それをどう理解するかは彼女次第だ。だがシェリーはここで生きていくために様々なものを受け入れようと努力している。
「もうすぐ着くぞ」
「はい!」
シェリーは自分に出来ることを見つけようと頑張っている。最初から無理だと決めつけるのではなく、色々なことを試していけばいいだけのこと。それはシェリーだからという訳じゃない。俺がここで農業を始めた時も、近隣の古くからの農家は無理だと鼻で笑われた。でも試行錯誤を繰り返し、何度も失敗を重ねたおかげで何とか道が見えてきた。前に進もうとする頑張りは決して無駄にはならないと俺自身が知っているのだから、頑張るシェリーを否定しちゃいけない。目を輝かせているシェリーを見て、改めてそう思った。
読んでいただいてありがとうございます。




