10.専属護衛
『おい、準備はいいか。荷物はこれだけか?』
「は、はい、フェンリル様」
『焔の君、我は我の勤めを果たす』
カルアちゃんたちを急かすフェンリルは、いきなり元気を取り戻した。その豹変ぶりに皆驚いたけど、一番驚いてるのはアタシだ。アタシの目論見ではそれなりに上手くいくと思ってたけど、まさかこんなに劇的に変わるなんて想像もできないよ。フェンリルが予想外に単純だったのが幸いしたのかな……
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「じゃあそっちからは定期的な労働の提供ということで、こっちからは生活に必要な物資の提供でいいよね?」
「はい、問題ありませんわ。まだ領民もいない辺境の新米領主ですから、実を言うと生活がかなり原始的なものになっておりまして……でも、本当に宜しいのですか?」
「いいのいいの、このくらいの品物の提供はどうにでもなるし、アタシにだってメリットはあるんだから」
シェリーちゃんとフラムちゃんが茶々と見回りに行き、シロ(仮名)もそれに付いていった。なのでこの隙にアタシは色々と話を進めさせてもらった。その最たるものが、カルアちゃんからの労働力の提供。労働力っていっても無理矢理働かせるようなブラックなことは絶対にしない。カルアちゃんがしたいって言ってもさせつつもりはないよ。
労働って言っても過酷な肉体労働じゃないよ。そりゃ肉体労働には違いないけど、これはカルアちゃんにしかできないことだから。
「ほ、本当に宜しいんですの? ただハツミ殿が御用意した衣服を着るだけなんて……これが労働と言っていいものか……」
「だから心配しなくていいって。取引相手がそう言ってるんだから」
「で、ですが……とてもこれだけの物資の提供を受けるだけの労働の対価では……」
本当にカルアちゃんて真面目よね、こっちがいいって言ってるんだから、素直に受け入れればいいのに。きっと報酬に見合わないって思ってるんだろうけど、ホント少しでも契約の抜け道見つけて儲けようとする質の悪いクライアントに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。
「カルアちゃんの仕事はカルアちゃんにしか出来ないから頼んでるの! もっと自分に自信持ちなさい! そんなんじゃバド君に愛想つかされちゃうわよ?」
「は、はい!」
カルアちゃんに頼んだのは、アタシの新たなシリーズ「ケモミミ女騎士シリーズ」のためのモデルと、色々な資料作成の協力。カルアちゃんは狼獣人だからイヌ科の動物なら同じような姿かたちだと思うんだ。他の獣人の情報も教えてもらえばリアリティも増すし、何よりアタシが作った服を着てくれるのはアタシ自身のモチベーションが違う。
お相手のバド君はタケちゃんの鍛冶に興味津々で、ずっと一緒に工房に籠ってる。彼は彼なりにカルアちゃんの力になりたくて、技術を身に着けたいって熱意にタケちゃんが折れた形だったけど。元々実家が鍛冶屋だったらしいし、鍛造の技術を持ち帰って確立したいみたい。
さて、アタシのほうの話は終わったけど、問題はこれから。カルアちゃんたちがあの場所を領地に選んだのは、アタシたちのことを護るため。でもそんなことのために縛り付けられてもらいたくない。定期的にこっちに来てもらわなきゃいけないんだし、その道中の安全も確保したい。そんな時に都合よく来てくれたんだ、利用しない手はないよ。さて、どうやって話を進めていこうか……
外を見ればちょうど茶々たちが帰ってきたところだった。フェンリルがすごく落ち込んでるから詳しいことを聞くと、次郎にこてんぱんにやられたみたい。次郎は猪だけど、他の猪よりはるかに賢くて強いバケモノだ。茶々はよくあんなのに勝てたなって思うよ。でも……落ち込んでる今ならチャンスよね。
「ねーねー、ちょっといいかな?」
勘違いしないでね、これはアタシたちだけじゃなくて、フェンリルにもメリットのある対等な取引なんだから。
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「ねぇアンタ、今のままじゃ茶々に全く相手にされないよ」
『そ、そんなことはわかっている……しかし……』
落ち込むのはわかるよ、いいところ見せようと張り切った結果惨敗、好かれるどころか嫌われる要素しか残ってないんだから。好きな女の子に嫌われることほど辛いことないのもわかるよ。そこから信頼を得ることがどれだけ難しいかもね。
そんな時にとれる方法は一つしかない。少しずつ少しずつ、焦らずゆっくりと信頼を勝ちとるしかないんだ。そして……アタシはその機会を与えられる。唯一無二のチャンス、掴み取るか見逃すかはアンタ次第だよ。
「ところでさ、アタシたち実は困ってるんだ。この場所の特異さは身をもってわかったでしょ?」
『あ、ああ……』
「でさ、ここが誰かに見つかったら、それはそれは面倒なことになると思わない?」
『そ、そうだな……』
「アタシたちも、もちろん茶々もそんなことを望んでないワケ。となるとあのダンジョンを誰かが護ってくれると嬉しいんだけどなー、きっと茶々もそういうことを引き受けてくれる心の広い男の子のほうが気に入ると思うんだけどなー。もう一つ言うなら、カルアちゃんたちのことも護ってくれる優しい男の子のほうが相応しいんじゃないかなー、きっとお兄ちゃんもそう思うんじゃないかなー?」
『ほ、本当か?』
「それはアンタ次第でしょ、今までみたいに好き勝手に生きれば茶々には嫌われるだけだし、好かれたいなら少しずつポイント重ねていかないと。力じゃ絶対に勝てないんだし」
『そ、そうか……そうだな! よし、我に任せるがいい!』
うーん、自分で振っておいてなんだけど、どんだけちょろいんだこのフェンリル。でもまあこれでカルアちゃんたちの護衛も手に入ったし、お兄ちゃんたちも理解してくれるでしょ。茶々に嫌われるようなことを望んでするはずがないからね。
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「それでは皆様、そしてチャチャ様、ありがとうございました」
『ほ、焔の君、我は護り抜いてみせる!』
「師匠、教えてもらったことを試してみます!」
「うん、でも焦らずにね」
大荷物を背負ったカルアちゃんとバド君、そして同じく首のあたりに荷物を括りつけられたフェンリル。こうして見ると玩具のリュックを背負わされたチワワなんだけどね。中身は食べ物、衣類、あと嗜好品もいくつか、そしてフェンリル用の餌とおやつ。バド君はタケちゃんに貰った見本用の剣を何本か。向こうで試し打ちするにも、見本が無いと上達してるかわからないものね。
「お兄ちゃん、笑顔で見送ってあげなよ」
「あ、ああ、わかってるよ」
お兄ちゃんはまだ納得してないみたいで、笑顔を作ろうとしてるけどとてもぎこちない。フェンリルが改心したのかまだ疑ってるみたいだけど、改心どうこうよりも茶々に嫌われるようなことをするはずないじゃない。男の子の気持ちはよくわかってるんじゃないの?
「カルア、バド、また遊びに来てね」
「子作りに夢中にならないように」
「もう、フラムったら……」
フラムちゃん、今のカルアちゃんには嫌味になってないよ、それ。二人の熱々ぶりが羨ましいのはわかるけど、フラムちゃんだって将来が約束されてるんだから安心していいんだよ?
フェンリルに促されるようにゲートに消えていくカルアちゃんたち。そしてその後を、ちらちらと茶々の様子を伺いながら消えていくフェンリル。茶々は……とりあえずカルアちゃんたちに敵意を見せてないから平然としてるけど……これは先が長そうだね、頑張れフェンリル。君の頑張りがアタシたちの平穏な生活に直結するんだから。
さて、カルアちゃんのモデルの依頼も済ませたし、後は頭の中の構想を形にするだけよね。次にいつ頃来るのかわからないけど、それまでに最低でも十着は試作品を完成させておかないとね。じゃないと次の展示即売会の看板商品にできないからね。
この章はこれで終わりです。
次回は閑話の予定です。
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