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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
白い求愛者
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8.真の王者

 ジローがフェンリルに向かっていく姿を見て、私は何故かフェンリルが勝つ姿を思い描くことが出来なかった。その理由は、かつて私がイタチに魔法を放った時のこと。私の渾身の風魔法、不可視の刃をイタチは視てから躱した。高い威力を持つ何かが近づいてくることを察知して、その身体能力の高さで魔法をやり過ごした。


 ジローがイタチなんかよりもっと強いのははっきりしてる、そんなジローがイタチに出来ることを出来ないはずがない。そう考えればフェンリルの放とうとしてるブレスも決して必殺じゃない。魔力の籠った攻撃に慣れ親しんだ私たちには想像もできない攻撃をここの獣はやってのける。


 フェンリルがブレスを放つ、だけどジローは巨体に似合わない軽やかなステップでその場を横に飛び退くと、ブレスによって首が固定されてるフェンリルの死角に回り込む。そして再び速度を上げて突進した。ううん、さっきよりも速度が増してる、ということはさっきまでのは本気じゃなかったの? フェンリルが何か仕掛けてくるって感付いていたからこそ、誘いをかけたの?


 ジローはとっても強いチャチャさんと死闘を演じたほどの強者、そのくらい出来ても不思議じゃない。ジローの狙いは無防備なフェンリルの横っ腹、うっすらと障壁を纏っているけど、ジローの突進力の前にどこまで通用するかわからない。ジローの口元から伸びた鋭い牙は、恐るべき破壊力を秘めた二本の槍のようにも見える。


『ぎゃんっ!』

「フゴッ!」


 本能的に危機を察知して障壁を厚くしたフェンリル。ジローも万全の体勢じゃなかったみたいで、激しくぶつかりながらもフェンリルの障壁は貫かれることはなかった。でもその威力を殺しきれなかったみたいで、大きく弾き飛ばされて一本の大樹にぶつかって止まった。よろよろと立ち上がるフェンリルには目立った外傷は無いけれど、身体の中に残ったダメージと精神的なダメージは決して小さくないはず。


『き、貴様……』

「フゴ! フゴ!」


 ジローは動きの鈍ったフェンリルにさらに狙いをつけながら何度も後ろ脚で土を蹴った。トドメをくれてやると言わんばかりの眼光でフェンリルを射抜き、今度は外さないとばかりに口元の牙を強調する。対してダメージを負ったフェンリルの身体の障壁はかなり弱まってる。今度はジローの攻撃をまともに喰らう、そうなればフェンリルはあの牙の餌食だ。


 恐るべき戦闘力を持った獣は突然現れた異界の獣を容赦する素振りを見せない。自分を破った王者の周りを見知らぬ獣がまとわりつくのを許せないのかもしれない。もしかしたらその流れでチャチャさんに勝負を挑むつもりなのかも。


 そしてジローは再びフェンリルに向かって突進する。己の持つ最高の破壊力を有した武器を使うために、そして目障りな小さな獣を排除するために。魔力を纏わない単純な力、でもジローのそれはフェンリルにとっては恐るべき暴力の塊だ。まともに動けないフェンリルにとって、向かってくるジローは経験したことのない恐怖だと思う。そしてその恐怖は、今までフェンリルが他者に味あわせてきたものでもある。それが今自分に返ってきてる。


「ワンッ!」


 突如チャチャさんが一声吠えた。するとジローは突進を止めてフェンリルから距離をとった。フェンリルは恐怖のあまり目に涙を浮かべながら立ち尽くしてる。今のは……チャチャさんが止めてくれたのよね?


『ほ、焔の君……』

「ガゥッ!」

『わ、わかった……』


 チャチャさんがフェンリルに吠えると、フェンリルは大人しく後ろに下がった。そしてゆっくりとジローのそばへと歩いていく。チャチャさんには全く気負った様子がないけど、本当に大丈夫なのかしら。


「フゴ! フゴ!」

「ワンワンッ!」


 かつてこの山の頂点を競い合った二頭の獣は、何かを確かめるように短く言葉を交わす。するとジローはフェンリルに一瞥をくれると、踵を返して木々の間に消えていった。もしかしてチャチャさんが説得してくれたのかしら?


「ジローは今のチャチャには敵わないと悟った、だからチャチャの言うことに素直に従った」

「チャチャさんが……」

「やっぱりチャチャはすごい! 最強だ!」

「ワンワン!」

「ピィ!」


 フラムがチャチャさんを褒め称えれば、ジローが去ったのを確認したクマコもチャチャさんを称えるように鳴く。当のチャチャさんは当然とばかりに胸を張って吠える。威厳はあるけど、私たちに向ける目にはたくさんの優しさが垣間見えるチャチャさん。こんな強い家族が私たちをいつも護ってくれてる、それはとても心強い。


『ほ、焔の君……』

「ワンッ!」

『わ、わかった……』


 チャチャさんが私たちを乗せて帰ろうとしたとき、申し訳なさそうなフェンリルに向かって一声吠えた。チャチャさんはフェンリルのことは認めていないのかもしれないけど、かといってここで無駄に殺されることも良しとしてないんだと思う。今のはフェンリルに対しての叱責かもしれない。相手の力量も測れない奴が出張ってくるんじゃない、って感じかしら。


 チャチャさんの後ろをとぼとぼとついてくるフェンリル。きっとこれで巨人の国の厳しさを深く理解してくれると思うけど、チャチャさんの印象は最悪になっちゃったみたい。たぶんこれで大人しく帰ってくれると思うけど、帰ってからカルアたちで鬱憤を晴らしたりしないかが心配になってきたわ……

読んでいただいてありがとうございます。

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