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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
白い求愛者
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7.ジロー

 イノシシ。この山にも棲息しているとソウイチから聞いていた。館の傍まで来たこともあるらしく、その時はソウイチが銃で仕留めたとシェリーが言っていた。その時のソウイチはとても格好良かったと顔を赤らめながら話すシェリーがとても羨ましかった。


 でも今目の前に現れたイノシシはその時のものとは別物だろうということは、その場にいたシェリーの顔が若干青ざめていることから理解できる。そのくらいこのイノシシという獣は危険な空気を纏っていた。

 

 私は実物を見たことがなく、ネットの知識しか持ってなかった。そんな私でもこいつが別格の存在だとすぐに分かった。体つきもそうだけど、何よりその眼光が違う。実際に遭遇してみてわかる強さというものをはっきりと感じた。そして……



「シェリー、あいつの耳……」

「ええ、きっとあいつがジローね……」


 ジロー、かつてこの山の王者だったイノシシ。その風貌も、纏った空気も、それを証明するには十分すぎるほどだ。でも何より特徴的なのは耳だった。歪な形の右耳、ソウイチから聞いた話ではチャチャと死闘を演じ、その際にチャチャによって噛みちぎられたものだという。その戦いではチャチャが勝利し、この山の王者の座を譲り渡すことになったというが、王者としての威厳や風格は衰えたと言われても信じられない。


 ドラゴンは確かに強かった、しかしそれとは一線を画す別次元の強さというものをこいつは持ってる。魔力を纏わないが故に、高い身体能力を持つ。それを活かした戦い方を熟知しているであろう知性の輝きが奴の眼光から感じられた。


「チャチャ……」

「グルルル……」


 ジローと向かい合うチャチャは低い唸り声をあげるだけで、一向に動こうとしない。怯えている様子はなく、王者としての態度を崩さないチャチャ。ジローの放つプレッシャーを全く意に介さない姿は私たちに大きな安心感を与えてくれるが、そのプレッシャーに耐えきれない奴がここにいた。


『ほ、焔の君! こ、こここ、ここは我にま、任せてくれ!』


 激しく動揺しながらもチャチャを護るようにジローとの間に割り込むフェンリル。勇ましい行動は評価するけど、がたがた震えながら言われても全く説得力がない。魔力を纏わない獣という点ではイタチを倒したのだから、多少の優位性があるかと考えたのだろうけど、ジローの持つ威圧感の前にはイタチなんて野ネズミ程度にしか思えない。


『き、貴様……わ、我が相手だ』

「フゴッ!」


 フェンリルが震えながらも全身に魔力を漲らせると、ジローもそれが戦闘態勢だと理解したようで、ゆっくりと数歩後ずさった。その様子を見たフェンリルは若干の安堵の色を浮かべながらも、魔力を途切れさせることなくジローに向き合う。


『ふん、怖気づいたか』


 フェンリルにはジローが自分に怯えて逃げようとしてると見えるんだろう。でもそれは大きな間違いだ。イノシシが後ずさるのは攻撃準備の行動なのだから。私はソウイチから話を聞いたり、ネットで調べたりしたから知っていたけど、もし何も知らずにこの行動を見たら、きっとフェンリルと同じように誤解してしまうだろう。


 ジローが後ずさったのを見て気分を良くしたフェンリルは、チャチャに自分の良いところを見せるつもりらしく、喉のあたりに魔力を集中させはじめた。ブレスの兆候だけど、まさかこんな場所でいきなりブレスを放つつもり? フェンリルはそれで終わらせる気だろうけど、果たしてそんな簡単に終わらせてくれる相手じゃないはず。何よりチャチャと死闘を演じた相手だから。


「フゴ!」

『これで終わらせてくれる!』


 ジローが突然こちらに向かって突進を始めた。体重でいえばチャチャの十倍はありそうな巨体が驚くべき速度で進んでくる。猛烈な速度を全く殺すことなく突進し、頑強な鼻先を駆使した体当たり。さらには鋭い牙を使っての突き上げという二段構えの攻撃。攻撃手段としては単調な直線攻撃、同じ直線攻撃のブレスとは相性が悪い。


 フェンリルもそれは理解してる。自信に満ちた顔がとても鬱陶しい。だけどそんなに簡単に終わらせてくれる相手だとはとても思えない。何よりこの世界の獣は私たちの知る獣の戦い方とは別次元の概念を持ってる。フェンリルはまだその奥深さを理解できていない。


『終わりだ!』


 突進してくるジローめがけてフェンリルが閃光のブレスを放つ。高速で接近してくるジローの動線上に放たれたブレスはこのままいけば直撃し、ジローの身体に穴を穿つはずだった。直撃すれば、だけど。


「避けるわ、あいつ」


 シェリーの小さな呟きは、この世界の獣によって危険な目に遭った彼女だからこそのものだった。この世界の獣は魔力を持たず、当然ながら魔力による障壁も持ってない。となれば攻撃されればどうなるか? 当然ながら避けるしかない。シェリーは以前イタチに襲われた時のことをこう話してくれた。


「あいつらは魔法を見てから躱すの」


 見てから躱す、もちろんそれだけじゃなく、気配でも察知して躱す。それが出来るだけの身体能力の高さを持っているのがこの世界の獣、チャチャが高い身体能力を持ってるのは私たちもよく知ってるけど、決してチャチャだけがそれを持ってる訳じゃない。そんなチャチャと死闘を繰り広げた獣もまたかなり高い身体能力を持っていると考えるべきだ。


『!』


 ブレスを吐くフェンリルの目が大きく見開かれる。ジローは突進の速度をほんの僅かだけ緩め、見事なまでの反射神経を披露した。ブレスが当たる直前にステップを切るように横にずれたジローの姿は、ブレスを吐くために動けないフェンリルにとっては突然消えたように見えるのかもしれない。


『き、消えた……だと?』


 突然のことに動揺してブレスを止めたフェンリルだけど、それは完全に悪手だ。ブレスは吐くまでに幾ばくかの溜めが必要になるけど、ブレスが危険なものと学習したジローが二発目を撃たせてくれるとは思えない。その証拠に、ジローは再びスピードを上げてフェンリルへと向かっているのだから。


 ジローはフェンリルの死角から突撃するつもりだ。あれだけの巨体による全力の突進、鼻先が頑丈なイノシシは速度を緩めるなんてことはしない。巨大な筋肉の塊による突進攻撃、それも死角から、フェンリルの障壁が強固なものだとしても、果たして自分の想像を超える衝撃に耐えられるだろうか。


 それはすぐに現実のものとなった。ジローが自分のそばまで来てることに気付いたフェンリルだけど、もう避ける余裕はない。咄嗟に障壁を厚くし、四肢を踏ん張って衝撃に耐える。そして……


『ぎゃんっ!』


 巨大な筋肉の塊がぶつかる鈍い衝撃音がし、フェンリルが宙を舞った。

読んでいただいてありがとうございます。

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