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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
白い求愛者
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6.強者との遭遇

 フェンリルは困惑していた。焔の君が見回りに行くというので、自分も手伝うつもりで付いていったのだが、周囲の光景は想像を遥かに超えていたからだ。


 全てが巨大だった。木々は天空を貫かんばかりに聳え、下草ですら自分よりも大きい。かつて出会ったイタチと呼ばれる獣もここでは決して強者たりえないと即座に理解した。そこに現れたのは巨大な鳥、鋭い爪と嘴を持ち、眼光鋭くフェンリルを見る姿に思わず警戒心を露わにしてしまった。


『こいつ……まさか伝承にある鳥の魔獣か?』


 フェンリルもそういう存在がいることは知っていたが、実際に遭遇したことはなかった。自分よりも大きな鳥といえばそのくらいしか思いつかなかったが、幸いにも焔の君がこの鳥は家族だと言ってくれた。もしこの鳥と戦うことになったら、決して無傷で勝つことはできないだろうと予想していたフェンリルにとって、焔の君の前で雄姿を見せるという目論見がかろうじて保たれたことに安堵した。


 そして改めてここが自分の慣れ親しんだ場所とは違うと認識させられた。これでは焔の君に自分の強さを見せることなどどうして出来ようか、しかし自分の力で一体どこまで出来るのか、それを考えると高揚していた気分が急速に冷え込んでいった。


 今のところ目立った異変は無いようで、先を行く焔の君はペースを落とすことなく木々の間を駆けてゆく。フェンリルも走ることには自信があったが、焔の君はそれ以上の脚力を見せる。自分との力の差をはっきりと見せつけられ、フェンリルは迷う。


 これでは焔の君の力になどなれるはずがない。しかし共に並び立つには、自分の力を認めてもらう必要がある。決して敵わないまでも、足手まといにはなりたくなかった。それではただの負け犬(負けフェンリル?)でしかないからだ。でも一体どうすれば? 考えを巡らせていると、フェンリルは木々の奥から異様な気配を察知した……




**********



「どうしたの、チャチャ?」


 突如立ち止まったチャチャさんにフラムが疑問の声をあげた。チャチャさんは声を上げることなく、じっと木々の奥のほうを見つめて動かない。チャチャさんの身体から微かにドラゴンの気配を残す魔力が漏れ始める。


「ピィィィ!」

「クマコ! どうしたの!」


 クマコが上空でけたたましい声を上げる。それはいつも遊んでいる時とははっきりと異なる、私たちに向かって異常を知らせる切羽詰まった声。クマコから見ても危険だとわかる何かが私たちに近づいていることを必死に報せてくれてる。山の鳥の王者であるクマコがここまで危険だと認識する相手……一体何者が来るというの?


『焔の君、何かが来るぞ』

「……」


 フェンリルもその気配に気づいて声をかけるけど、チャチャさんは全く答えることなくずっと木々の奥を見据えてる。すると木々の奥から緩やかに流れてくる風に乗って精霊の囁きが聞こえてきた。ううん、囁きのようなはっきりしたものじゃなくて漠然としたイメージと言ったほうが正しいかもしれない。精霊の力が元の世界より弱いこの国では仕方のないことだけど、それでも声の聴ける私に向かってメッセージを送ってくれた。


「……フラム、強い力を持った獣が来るわ」

「獣? チャチャよりも強いの?」

「わからないわ、精霊もそこまではっきり教えてくれなかったから。でも間違いなく……強い奴よ」


 精霊の言葉に間違いはないから、その強さはイタチよりも上だと思う。そんな危険な獣がこの山に存在してる、その恐怖を改めて思い出した。その頂点に立つチャチャさんが警戒する相手、弱いはずがない。


「……シェリー、何か来るよ」


 やがて木々の間の下草が擦れる音が遠くから近づいてきた。その音の高さから考えても、イタチのような獣じゃない。もっと大きく、そして重さを持った獣だ。皆が言葉少なに状況を見守っていると、その音は私たちに気付いていないのか、一定の速度でこちらに向かってくる。


 次第に枯草の擦れる音が大きくなり、下草の揺れる様子がわかるようになってきた。微かに聞こえる荒い息遣い、微風に乗る強い獣の匂い、低く大きく響く足音、そのいずれもが強者の証たる風格のようなものを感じさせる。そしてついに、そいつは私たちの前に姿を現した。


 はちきれんばかりに発達した筋肉、それを覆うのは鋼を思わせる獣毛。口元から覗く牙は寒気すら感じさせるほど巨大で鋭く、私たちを見る眼光は凶暴な光を湛えている。イタチともシカとも違うこの山に住む強き獣、私はこの獣を……知っている。


「まさか……こんなところで……」

「シェリー、知ってるの?」


 フラムの問いに私は答えない、ううん、答えられなかった。それは私がこの獣の恐ろしさを目の当たりにしたことがあるから。こいつとは別の奴だったけど、まさに暴力の塊と言い表せる異質な獣だった。それが私たちの前に現れた。あの時はソウイチさんが仕留めてくれたけど、今ここにいるのは私たちだけ。その現実が私から言葉を奪っていた。


「……フラム、こいつは……こいつが……イノシシよ」


 激しい雨の夜に遭遇した巨大な獣、しかしあの時と違うのは、その目に宿る光が凶暴さと共に聡明さを兼ね備えたものだったこと。それは間違いなく、あの夜に遭遇したイノシシよりも強いことを意味していた。

読んでいただいてありがとうございます。

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