4.家族会議
「ではこれから佐倉家の家族会議を始めます」
フェンリルを掴んで居間に向かえば、既に初美を始めとした我が家の家族が炬燵に集合していた。いつも俺が座る席の右隣に初美、左隣には武君、そしてシェリーとフラムはカルアとバドと一緒に自分の炬燵に入っていた。バドが窮屈そうにしながら炬燵に入っている姿に少しばかり心が和む。
「カルアちゃんとバド君は部外者だけど、今回の件の関係者ということでオブザーバーとして参加してもらうわね」
「あ、あの……私たちもいいんですか?」
「何言ってるのシェリーちゃん、当然じゃない。だってシェリーちゃんもフラムちゃんもお兄ちゃんの婚約者なんでしょ? ならいずれ正式に家族になるんだし、それが少しばかり早まったと思ってくれればいいわよ」
「僕もいいの、初美ちゃん?」
「タケちゃんは私と一緒になるのは嫌なの?」
「そ、そんなことないよ!」
「なら全然問題なし、ていうかお兄ちゃんはもう皆のことを家族って認識みたいだけどね」
初美が突然俺に話を振ってくるので、無言で大きく頷いておく。そもそもシェリーとフラムは家族として受け入れると決めていたし、武君だってほぼ初美の婚約者扱いだ。初美と武君が別れることは想像できないし、シェリーとフラムに至っては俺が離れたくないということもあって、既に家族として扱っている。
フェンリルを皆が見える場所に置いて炬燵のいつもの席に座れば、茶々が膝の上に登ってくる。ここは自分の居場所だと意思表示してるのだろうが、正直言って重い。だが茶々にしてみれば俺が自分以外の犬を連れて歩いてるということが納得いかないんだろう、相手は犬じゃなくてフェンリルだと説明してもここから動く様相を見せない。それどころか俺の膝の上からフェンリルを睨みつける始末だ。
「チャチャさん、いいなぁ……」
「チャチャのいる場所こそ特等席、いずれ私も……」
シェリーとフラムが自分の席を確保した茶々を見て羨ましそうな顔をしている。こんな三十路男の膝の上のどこがいいのか全く理解が追いつかないが、それでも良いと言われるのはやぶさかではない。茶々の次にどうだ、と言いかけたところでシェリーとフラムの目線の間に火花が散ったように見えたのは錯覚に違いない。大丈夫、二人とも一緒に座れるくらいは俺の膝は大きいはずだから、こんなことで争うのはやめてほしい。
「それじゃ始めるわよ。まずはそこのチワワ、名前は?」
『名などない、我はフェンリルだ』
「じゃあチワワじゃ呼びづらいから……白いからシロでいっか」
『ふざけるな! 貴様らが我を名付けようなどと……』
「ガゥッ!」
『ひっ! すいません!』
「茶々もそんなに脅かさないの。またお漏らしされたら困るでしょ」
とりあえずシロ(仮名)と名付けられたフェンリルは茶々の一喝にすっかり怯えてしまった。ただ漏らさないのは若干の進歩といえるかもしれない。もしかすると茶々が手加減したのかもしれないが。だが茶々の一喝は少しでも優位に立とうと考えていたシロ(仮名)の出鼻を挫いたようだ。好き勝手に言われて話が進まないのが一番困るからな。
「で、シロ(仮名)? あんたはここに危害を加えるために来たの?」
『ち、違う! 我は焔の君に会いに来たのだ!』
「焔の君って……茶々のこと?」
『そうだ、焔を纏った気高き君だ』
焔を纏った……それはつまりオレンジコートのことだろうが、焔は言い過ぎじゃないかと思う。シロ(仮名)がどう感じたかは分からないが、官費なきまでに負けたせいでかなり脚色されているんじゃないか?
「で、あんたは茶々を嫁に欲しい、と」
『そ、そうだ! 焔の君は我にこそ相応しい』
「却下ね」
俺やフラムが異論を唱えようとする余地もなく、初美がシロ(仮名)の希望を断ち切った。そもそも俺やシェリー、フラムはこいつに茶々をやるつもりはない。確かにシェリーたちの世界ではフェンリルは途轍もない力を持った強者であり、弱者が蹂躙されるのは自然の定めだ。もしシェリーたちが元の世界で暮らしていて、フェンリルに襲われて喰われたとしても、それは受け入れなければならないことだ。
だが今の彼女たちは違う。望んでいないにもかかわらず巻き込まれ、その上で襲われてしまった。フェンリルにとってはただ獲物を喰らうといういつもと同じ行為かもしれないが、俺たちにとっては違う。それを割り切れと言われてすぐに割り切ることは出来ない。
言わば自然災害のようなものなのだろうが、それでもだ。理解は出来ているが、納得は出来ないというのが正直なところだろう。それは二人のことをとても気に入っていた初美とて同じはず、なのにどうしてこんな回りくどいことをする? 会議など開かなくても選択肢は一つしかないじゃないか。
嫁にやるどころか、少しばかり痛めつけてやりたい気持ちもあるが、それは茶々がきっちりと落とし前をつけてくれた。その茶々の顔を立てるべく、俺たちは茶々の動向を見守る。
「ワンッ!」
『そ、そんなぁ……』
どうやら茶々の答えも拒否のようだ。いや、それは誰が見てもわかりきった答えだ。そもそもこんな会議を開く意味がわからない。ただの茶番じゃないか、そう口に出しかけて、初美の俺を見る目で思いとどまった。珍しく真剣なあいつの目は、本題はここからだと言わんばかりの力強さがあった。なので初美の出方を見守ると決めたその時、初美から完全に予想外の言葉が放たれた。
「じゃあこれで家族会議はお終い、シロ(仮名)もお腹すいてるんじゃないの? いずれカルアちゃんたちを送ってもらわなきゃいけないんだから、それまでゆっくりしていきなさい」
は?
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