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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな労働者
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3.朝湯

「おはようございます……」

「ああ、おはよう」


 朝畑に出る前にシェリーが起き出してきた。茶々に付き添われながら風呂場へと向かうところらしい。最近は家の中にはずいぶんと慣れたようで、茶々と一緒にいろんな場所へ行っている。


「水浴びか?」

「はい、水場を借りますね」


 小脇に抱えているのは着替えだろう、ここ数日のシェリーの衣類の充実ぶりはひとえに初美の努力の賜物だ。シェリーの服が充実するにつれて初美の目の下の隈がひどくなっているが、本人はとても充実した表情なので危険な線を越えない限りは好きなようにさせておくつもりだ。シェリーも女の子らしいお洒落ができて楽しそうだしな。


 ちなみに風呂場はシェリーが一人でも使いやすいように板を使って段差を無くし。扉は半開きで固定している。水は蛇口から細々と出している。うちは上水道は完全井戸水なので問題は電気代くらい、それも微々たるものではあるが、もしそれも苦しくなったら裏山にわき出ているわき水をここまで引いてもいい。


「あ、あの、覗かないでくださいね?」

「俺を一体何だと思ってるんだよ」

「ワンワン!」

「茶々! おまえまで!」


 いつもは俺にすり寄って甘えてくる茶々だが、シェリーが来てからはべったりとくっついて離れない。確かに守ってやれとは言ったが、俺まで敵視することはないだろう? それとも俺はそんなに信頼できないのか? 


「あー……シェリーちゃん……ちょっと待ってて。アタシも風呂入るから」

「フロ?」

「水浴びのお湯バージョンってとこ。温かいお湯に浸かって体の疲れをとったり、汚れを落としてさっぱりするのよ。気持ちいいわよ」

「……じゃあご一緒します」


 さっぱりして気持ちいいという部分に惹かれたのか、シェリーがおずおずと初美に歩み寄る。シェリー一人じゃ間違いなく風呂なんて入れないし、初美がついていてくれるなら問題ないだろ。初美の手にあるモノが気になるんだが……


「シェリーちゃん専用お風呂セットの出番ね! ちゃんとアヒルさんだってあるんだからね」


 こいつの目的はこれだったのか。ていうかシェリーの手に収まるサイズのアヒルなんてよく作ったな。洗面器にバスタオル、石鹸まで自作かよ。


「では女性陣はこれより魅惑のお風呂タイムに突入します。茶々、悪い男が来ないように見張っててね」

「ワン!」


 任せて、と言わんばかりに元気に吠える茶々。悪い男ってのは俺のことか? 


「はあ……わかったよ。これから畑に行くから鍵締めとくぞ」

「りょーかーい」


 こんなに和気藹々とした会話がこの家で為されるのはいつ以来だろうか。初美が自分の趣味の世界に没頭する前だから、もう十年以上前になるのか。両親が死んで、初美が上京して、もうこの家には俺と茶々だけだと思っていた。少々騒々しくもあるが、決して嫌な騒がしさじゃない。シェリーが来てから、この家に笑い声が戻ったのは間違いない事実だ。


 追い出されるような形で畑に行くことになったが、これもまた楽しい。帰ってくれば誰かの声が聞こえるということが疲れた心と体をどれだけ癒してくれるか、それを現在進行形で実感できるのだから。



**********



 程よい熱さのお湯の中で身体を伸ばせば、ここ数日の徹夜作業で溜まった疲れが溶けていくように心地良い。東京のアパートは体育座りのような恰好じゃないと浴槽に入れなかったので、実家の浴槽の広さはとてもありがたい。お父さんとお母さんは『家族みんなで入れるお風呂』を考えていたみたいで、実際に小さい頃は皆で入ったりしてた。今お兄ちゃんと一緒に入るなんて考えられないけどね。


「ふわぁ……気持ちいいですねぇ」


 お湯に浮かべた洗面器の中ではシェリーちゃんがお湯に浸かって至福の笑みを浮かべてる。小さい身体なのに出てるとこは出てて、くびれもある。このサイズでこれだけスタイルいいなんてズルいでしょ。


「お湯に浸かるなんて……貴族様みたいです……」

「大袈裟だよ……」

「冒険者なんて依頼が終わるまで水浴びすら出来ないこともありますから……それに宿でお湯を頼むと別料金ですから」

「あー、そういうことね」


 色々とシェリーちゃんのいた世界のことを聞いたけど、やっぱり文化レベルはそんなに高くないみたい。所謂転生モノラノベのお約束みたいな、中世ヨーロッパみたいな文化らしい。剣と魔法のファンタジー世界そのものだ。でもお湯を使うのにお金がいるなんて……でも日本でも温泉とか銭湯に入るのにお金払うし、そう考えてみればそんなにおかしくないのかも。ホテルだってお風呂は宿泊料に込みだし、向こうでは素泊まりが普通なのかな。


「……ハツミさん、相談があるんですが」

「ん? 何かな?」


 洗面器の縁から顔を出したシェリーちゃんが真剣な顔で聞いてくる。真面目な相談ならお兄ちゃんを交えてのほうがいいのかもしれないけれど、やっぱり女どうしじゃなきゃ話せない内容もあるよね。とりあえず聞いてみて、どうしようもなかったらお兄ちゃんに相談してみよう。シェリーちゃんはどこか言い出しにくそうな様子だけど、そんなに恥ずかしい相談なの? もしかして恋愛相談?


「どうしたの?」

「あの……私にも出来る仕事ってありませんか?」


 アタシの専属モデルになるってのはどう? って言いそうになったけど、必死に抑え込んだ。だってそんなことを言えるような状態じゃないんだから。あんなに真剣な目で相談されたらこっちも真剣に考えないと失礼でしょう。うん、これはお兄ちゃんが帰ってきたら相談だね。


 でも……真剣な表情のシェリーちゃんもやっぱり可愛い。専属モデルの件、本気で相談してみようかな……

 

 

読んでいただいてありがとうございます。

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