付き添い
バド視点の閑話です。
どうしてこうなっちまったんだろう。真っ暗な空間をフェンリルの後ろから歩く道すがら、そんなことを考えてた。フェンリルの奴は匂いを嗅ぎながら、嬉しそうに尻尾を振って歩いてやがる。こんなことになるなら相談になんか乗らなきゃよかったか?
右手はいつでも背負った剣を抜けるようの柄に手をかけ、左手に温かい感触を感じながら歩く。当然左隣にいるのはカルア、以前通ったことがあるらしいが、それでも不安が隠せないようで、俺の手を固く握ったまま離しやしない。もちろんそれが嫌なはずがない。惚れた女の温もりを感じられるんだ、離せって言われても離すものか。
俺たちがあのダンジョンのそばで暮らし始めてしばらく経った頃、突然フェンリルが現れた。ミルーカでは神獣チャチャに助けられたが、あの時俺たちは二人きりで他に味方なんていなかった。襲い掛かられれば二人とも手も足も出ずに終わっただろう。
だが俺たちが警戒する中、フェンリルは敵意がないと言いやがった。あれだけ俺のことを痛めつけた奴がそんなことを言うなんて、鵜呑みにするほうが馬鹿だ。だがはっきり言って俺じゃ奴に敵わねえ。いくら奥義を使ったところでフラムほどの治癒魔法の使い手がいねえんだ、まともに動けなくなってカルアの足手まといだけはなりたくねえ。
フェンリルが言うには、奴はどうしても神獣チャチャに会わなきゃいけないらしい。最初は復讐のためかと思ったが、ヤツが神獣のことを話すときの表情ってのが……まぁアレだ、俺もつい最近まで結構もどかしい思いをさせられたが、その時の俺と似たような雰囲気だった。俺がカルアのことを考えてる時の、だらしなく緩んだ顔も思い当たる節がたくさんあった。
だからなんとなくだが、奴は神獣に惚れてるってことが理解できた。俺と深い間柄になったカルアもそれには気づいたようだが、かといってはいそうですかとここを通す訳にはいかねぇ。俺たちはここを守って神獣チャチャを害そうとする連中を止めなきゃならねぇんだ、いきなり素通りさせてたまるかよ。
「……わかりましたわ、ですが、約束していただけますか? 何があっても敵対はしないと」
カルアがとんでもない条件を出した。フェンリルはお前との約束を平気で反故にしようとしてたんだぞ? そんな奴の言葉をどうして信じられる?
「信じてはいません、ですが敵意が無いのは匂いでわかります。それに……もし途中で何かあっても、どちらかが生き延びてチャチャ様のところに行ければいいんです。最悪もし私たちを殺したとして、その匂いがついたままチャチャ様に会うことになるんですよ、そんな暴挙をチャチャ様がお許しになるはずがありませんわ」
カルアの言葉はもっともだった。神獣チャチャにとって俺たちはシェリーとフラムの仲間と認識されている。どうやら神獣というのはとても慈悲深いらしく、俺たちも保護の対象になってるらしかった。そんな俺たちを殺して、血の匂いをつけたまま会おうものなら、その怒りは想像を絶するものになるだろう。
「この先は巨人の国です、フェンリルすら子犬扱いする巨人の闊歩する国です。そんな国で好き勝手に出来ると思っていますの?」
精霊魔法の使い手であるシェリーと特級冒険者の賢者フラム、その二人が生きていくことすら過酷な巨人の国。カルアから聞かされても未だに信じられねぇが、三人そろって俺のことを騙すような悪趣味な真似はしねえだろ。だがあのイタチとかいう獣が当たり前のようにいる国ならフェンリルだってどうにもできねぇだろう。
フェンリルがカルアの条件を飲んだことで、俺たちは一緒に巨人の国へ向かうことになった。俺だって少しくらいは興味がある。なんてったって一番の興味はカルアの剣だろうな。俺も鍛冶屋の息子として生まれて、少しばかり戦闘がうまいってことでいい気になって実家を飛び出したが、鍛冶に関することはやっぱり興味がある。
フラムの魔法による補助もそうだが、とにかく剣の切れ味が格段に上がってやがった。いったいどんな方法を使えばあんなになるのか、それが巨人の国に伝わる秘伝だっていうのなら、是非ともその一端でも掴みてえ。
だってよ、今の俺は戦うことしか能の無ぇ傭兵上がりの臣下だぜ? いずれはカルアに婿入りする形になるんだろうが、領地を治めることになれば役立たずに近い。そりゃ兵士を鍛えることも大事だが、それだけじゃあ肩身が狭い。もしあの剣の技術を掴むことができれば、領地の発展に少しくらいは協力できるかもしれねえ。
「もうすぐ着くはずですわ、匂いが強くなってきました」
横を歩くカルアから声がかけられる。傭兵時代に古代遺跡の転移罠にはまったことは何度か経験があるが、このゲートはそれらとは完全に別格だ。なにしろフェンリルの巨体が通ってもまだ余裕があるんだからよ。神獣チャチャすら通ったゲート、何のために開かれたかなんて馬鹿なことは考えねえ。こいつが無けりゃ皆死んでたんだ、それは最初に遭難したシェリー然り、シェリーを探しに行ったフラム然り、俺の仲間は皆このゲートに助けられてるんだからな。
やがて見えてきたのは小さな光、そしてそれは俺たちが近づくにつれて大きくなっていく。出口にはフラムが施した結界が張ってあったらしいが、フェンリルの奴我慢できなかったのか力押しでぶち破りやがった。一度は敗けたとはいえ、フラムの結界なんざ意味が無えってことかよ。
と、フェンリルがいきなり消えた。どうやら神獣チャチャに見つかって放り出されたらしい。そりゃそうだろうよ、本来ならカルアと俺で色々と事情を説明して、それから出て来てもらう手はずだったんだが、全部台無しにしてくれやがったよ。
ゲートの出口から見れば、シェリーと一緒にいるのは……あれが巨人かよ、想像以上にデカいじゃねえか。あんなのとまともにやり合ったら命がいくつあっても足りねえぞ。そんなことを想っていると、その部屋の入口からフラムもやってきた。他の巨人も一緒だが、当然の如くフラムは怒ってるな。まさに一触即発って感じだ。
このままじゃ間違いなく戦闘になる。フェンリルにその気がないと言っても、仕掛けられれば応戦するだろうし、そうなれば俺たちだってただじゃすまない。とりあえず……ここは俺たちが頑張って場を収めるとしようか。
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