6.鑑賞会
シェリーとフラムは雪遊びで疲れたのか、風呂に入った後に食事を終えると炬燵で居眠りを始めた。初めて見る雪のせいで気分が舞い上がったようで、想像以上に疲労が蓄積していたらしい。すると初美と武君がノートパソコンを持ち出してきた。一体何をするつもりなのかと状況を見守っていると、初美が懐からUSBメモリを取り出してポートに差し込んだ。
「えっと……確かこのフォルダに……あ、あったわ」
開かれたフォルダにはいくつもの動画ファイルが並んでいた。名前をつけていないので作成日時が並んでいるだけだが、日付からして昨年のもののようだ。おそらく元データからコピーしてきたものらしいが、まさかいかがわしい内容のものじゃないだろうな?
「じゃあお兄ちゃん、改めて見てほしいものがあるんだけど」
「そのデータか? 怪しいものじゃないだろうな?」
「怪しいかどうかはアタシじゃ判断できないけど、表に出せないものなのは確かね」
そんなことを言いながら、ビューワーソフトを立ち上げてファイル再生ボタンをクリックする初美。すると画面が真っ暗のままの状態が続く。ファイルが壊れてるんじゃないかと思ったが、エラーメッセージのようなものは出ていない。
「あれ? おかしいな? 音声が出ない」
「初美ちゃん、サウンド設定がアクティブになってないよ」
「あ、そうか……っと、これでいいかな?」
突如パソコンの内蔵スピーカーから聞こえてきたのはフラムの声、そして俺の声もだ。まだ細かい設定がなされていないせいか、音声はひどく割れて何を言っているのかよくわからないが、声の感じは間違いなくフラムと俺だ。しかし一つ疑問がある。いったいどのタイミングでこんな音声を録音したのかが分からない。まさか盗聴器を仕掛けたなんてことはないだろうな?
「もうすぐクリアになるはず……よし、ちょうどいい感じに画面も切り替わったわね」
ノートパソコンの画面に映し出されたのは、淡い光に上から照らされる石壁のようなもの。そしてすぐに画面が切り替わり、丸い窓に切り取られた満月が見える。石壁が動いて見えるのは、撮影者が移動しているからだろう。少なくともいかがわしいものではなさそうだが、じゃあ一体何の動画だ?
『ソウイチ……だいじょうぶ……』
『ワン!』
何故か茶々の声が聞こえる。もしかして、いやもしかしなくてもこれは……
「シェリーを助けに行った時の画像か!」
「そうよ、カメラのデータ取り出してみたの。なかなか面白い画が撮れてるわよ、撮れ高ばっちりってやつ」
「バッテリーと大容量SDカードがいい仕事してくれたんですよ、多少の改良はしましたけど」
あの時茶々に取り付けたバッテリーのおかげで俺たちは助けに行ったフラムはもちろん、連れ去られたシェリーも安心させることができた。まさか無線が使えるとは考えていなかったが、俺たちにとっては非常に幸運な偶然だった。もしあの画像と音声がなかったら、皆がとても不安な気持ちになっていたのは間違いないのだから。
「そういえばこうして見返すことはなかったな」
「でしょ? 二人が無事に帰ってこれたからすっかり忘れてたんだけど、改めて見てみようと思ってさ」
「色々と僕たちの創作意欲を掻き立てるものが見つかりそうですから」
初美と武君は興味津々といった表情で画面をのぞき込んでいるが、今のところ風景しか映っていない。それでも初美と武君は『あの木が』とか『あの灯りは』と指さしながら話し合っている。俺にはただの木や人家の灯りにしか見えないが、クリエイターの目から見れば違うものに見えるのかもしれない。
「ん……どうしたんですか?」
「……何してる?」
俺たちが騒がしくしてしまったせいか、炬燵に首まで埋もれて眠っていたシェリーとフラムが目を覚ましてしまったようだ。二人が眠っていたのは俺たちが入っていた炬燵の天板の上に置かれた小さな炬燵、覗き込んでいたノートパソコンのすぐ横だからうるさくて目を覚まして当然だろう。というかもう少し場所を考えて見るべきだった。隣で大声で騒がれて、気持ちよく眠っていたフラムは少々機嫌が悪そうだ。
「……どうして私たちが寝ている時に面白そうなことをする?」
「……ずるいです」
フラムどころかシェリーも寝起きであることと除け者にされたことで若干不機嫌になっているようだ。普段は控えめなシェリーの不機嫌な様子は少々珍しく、その証拠に初美がどこに忍ばせていたのかと聞きたくなるような一眼レフを構えて連写している。というか初美、そのカメラまた新しい機種に変わってないか?
気を悪くしたシェリーには申し訳ないが、こうして感情を表に出してくれるのはとても嬉しい。いつもどこか遠慮がちで、自由奔放なフラムの陰に隠れて素の自分を出そうとしない彼女がようやく見せた内心、それはシェリーが俺たちの前で自分を抑えつけることをしなくなりつつあることの証明だ。
俺たちは家族なんだから、自分を抑えつけて苦しむようなことはする必要なんてどこにもない。だから出来るだけ二人のことをありのままに受け止めようと俺は努力している。彼女のこうした感情が見受けられるようになったのも、俺の努力の賜物だと言えるだろう。
「悪かった、二人を除け者にするつもりは無かったんだよ。ただ……可愛らしい寝顔を見せてくれてるところを起こすのは忍びなくてな」
「か、可愛らしいなんて……」
「ソウイチは違いのわかる男」
可愛らしいと言われて頬を赤らめるシェリーと胸を張るフラム。だが決してお世辞じゃない、二人が可愛らしいのは俺だけじゃなく初美と武君のお墨付きでもある。二人が自分の気持ちを素直に吐露してくれるのであれば、俺だって自分の思ったことは素直に伝えるべきだと思ってる。
たぶんこれから家族全員での鑑賞会になるのだろう。だがその前に、鏡を見て真っ赤な顔をしていないで初美にひどい寝ぐせを直してもらってきてほしい。
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