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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
白い来訪者
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2.白い世界

 その日はとても静かな朝だった。いつもなら朝早くから鳥たちの声が聞こえて、やがてするとそれらをかき消すようにクマコの元気な声が聞こえるはずなのに、まるで館のまわりから音が消えてなくなったみたいに静かだった。カーテンの隙間から差し込む明かりは確かに夜が明けたことを教えてくれる明るさだけど、お日様の眩しい輝きじゃないのは曇ってるからなのかな。


 ベッドから起きだして自分の部屋を出ると、ハツミさんの部屋は暖かいはずなのに、いつもより寒い。フラムがベッドに潜って出てこないのはいつものことだけど、ハツミさんもベッドに潜ってるのは珍しい。普段なら私が起きるのと交替するように仕事をしてるはずなのに。


「チャチャさん、おはようございます」

「ワン」


 私が起きたのを見てチャチャさんがそばに来てくれる。チャチャさんはいつもと違うこの状況をどう思っているのかしら。慌てる素振りがないから大事には至ってないと思うんだけど……


「ワン」

「え? 乗せてくれるんですか?」


 チャチャさんが身体を低くして背中に乗れるようにしてくれたので、寝間着の上からふかふかの外套を羽織って背中に乗った。ハツミさんが作ってくれたこの外套は戦闘剥きじゃないけど、寛ぐには申し分ないくらい暖かい。チャチャさんは私がしっかり掴まったのを確認すると、大きく跳躍した。そしてその勢いのまま着地した、ベッドに潜り込んでいるハツミさんの上に。


「ぐぇ! 何すんのよ、茶々」

「ワンワン!」

「す、すみません、ハツミさん」

「……あー、外が見たいのね。はいはい、これで見えるでしょ」


 上掛けから首だけ出したハツミさんがチャチャさんの様子を見て身体を少し横に動かしてくれた。これならチャチャさんの背中から窓の外の様子がわかる。ハツミさんもあまり気にしてないようだから、深刻な状況じゃないとは思うんだけど……


 窓から外を見て私は言葉が出なかった。

 こんなことをいきなり信じろと言われても、誰も信じてくれないと思う。その世界は私にはとても衝撃的だった。本とかテレビで見たことはあるけど、実際に目の当たりにするのは初めての光景は、私に寒さすら忘れさせていた。


「……綺麗」


 そう表現するのが精いっぱいだった。厳しさと美しさが同時に存在する世界が顕現したかのようで、無垢なるものが嫌なことや汚らわしいものを全て覆いつくすかのような光景。音のない真っ白な世界。


「……昨夜からずっと降ってたからね、まだ止む気配はないし、もっと積もるわよ」


 ハツミさんの言葉もかろうじて耳に入るくらいに、私はただただ見惚れていた。雪が降りしきる一面純白に染まった世界を……



**********



 急いで着替えてチャチャさんと一緒にハツミさんの部屋を出ると、ちょうど外から戻ってきたソウイチさんと会った。ソウイチさんは頭にたくさんの雪を纏わせて、寒そうに身体を竦ませながら靴を脱いでいるところだった。


「おはよう、シェリー。今日は寒いからもっとゆっくりしててもいいんだぞ?」

「外が真っ白です! こんなのはじめてです!」

「ああ、シェリーのいたところは雪が降らないんだったな。これだけ降ってたら今日は仕事にならないな。ハウスのほうは降雪対策は出来てるし、ボイラーの調子も問題ないから大丈夫だろ。今日は偶の休みということでゆっくりしよう」


 ソウイチさんはもう朝の仕事を終えてきたみたい。ソウイチさんが管理する、植物を育てる暖かい部屋の様子を見に行っていたってことよね。こんなに寒いのに、それでも働くソウイチさんの身体が心配になっちゃう。


「こんなに寒いのにお仕事してるんですか?」

「農家には基本決まった休みはないからな。それに畑ならともかく、ハウスが壊れたら一大事だから見回りはしておかないとな」


 雪というものに触れたことがなかったから知らなかったんだけど、雪が積もると館が壊れてしまうこともあるみたい。あの部屋には私の大好きなイチゴがある、もし壊れてイチゴがダメになったら大変。お手伝いしたいところだけど、こんなに寒くては私がいたところで役に立たない。


「今日の午後には晴れるらしいから、それまで大人しくしてたほうがよさそうだ」

「……そうだ、私フラムを起こしてきますね」

「無理に起こさなくてもいいぞ」

「こんな綺麗な光景、見逃すことはできませんよ」


 ソウイチさんに告げて慌てて部屋に戻る私。真っ白に染まった世界なんて見逃したら絶対後悔するわ、フラムだってこれを見たら驚くと思うし、何より久しぶりにソウイチさんとゆっくりできるチャンスを逃したと知ったら後で何て言われるかわからないわ。


 それに私たちはソウイチさんの婚約者、嬉しい時間や楽しい時間は共有したほうが絶対にいいからね。寒いからって嫌がるかもしれないけど、フラムだってこの光景を見たら絶対にびっくりするはずだから。

 フラムが来たらどうしようかな、雪に触ってみたいし、外に出て体験してみたい。でもまずは……寒くないように防寒着をしっかりと着込んでこないとダメよね。   

今月は更新がやや不定期になるかもしれません。

できるだけ間をあけないように頑張ります。


読んでいただいてありがとうございます。

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