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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
白い来訪者
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1.舞い落ちる雪

新章開始です

「寒いはずだ、雪が降ってきた」


 茶々に先導させながら。山の様子を見て回る俺の顔に雪がぶつかってきた。寒さが一段と厳しくなる中、なるほどもうそんな季節になったのかと一人納得する。まだちらついている程度なので問題はないが、これ以上降るようであれば見回りを早く切り上げる必要があるだろう。長い獣毛に纏わりついた雪は茶々の体温と体力を奪う。ドラゴンの力を得たとしても、それが寒さに耐えられるようになるとは限らない。うちの大事な番犬であり、大事な家族である茶々に風邪をひかせるようなことはできない。


「そろそろ戻るか?」

「ワンッ!」


 鹿駆除からしばらくはこうして散歩がわりに見回りをしているが、幸いにも撃ち漏らした鹿と鉢合わせしたことはない。茶々もしっかりとマーキングしているので、その匂いに怯えて他の山に逃げて行ってくれたのなら問題ない。こちらとしても全滅させたい訳じゃないし、元いた場所に帰ってそこで繁殖してくれれば言うことは無い。


 道すがらに確認した木々にも若干の食み跡はあるものの、最近できたような新しいものはない。おそらく鹿駆除以前につけられた食み跡だろう。木々の表面は既に再生が始まっているところもあり、早いうちに手が打てて良かったと心の底から思った。大部分が丸裸にされてしまっては再生すら難しく、枯死した木々を伐採し、新たな若木を植えたところで元の山に戻るのは相当の年月がかかる。それどころか増えすぎた鹿によって植林した若木すら食い尽くされかねない。若木や若芽は鹿の餌でしかないのだから。


 茶々も面倒な仕事が終わった安堵からか、元気よく一声吠える。この山の獣の頂点に立つ茶々でも、今まで毎日見回りをしたことはないはずだ。だが俺たちの不安を汲み取ってくれたのか、渋る素振りもなく見回りに付き合ってくれた。いつもならシェリーたちと遊んだりおやつを食べたりしている時間なのに、申し訳ない限りだ。


「まずい、強くなってきたぞ。急ぐぞ、茶々」

「ワンッ!」


 ここ数日間歩き続けたルートを勢いよく走り出す茶々。茶々が頻繁に通るせいか、猪や狸などの元々この山にいた獣も顔を出さない。迂闊に縄張りを荒らすようなことをして逆鱗に触れるより、嵐が通り過ぎるのを待ったほうがいいと判断してのことだろう。もはやこの山において、茶々に敵う獣はいないとさえ思える。


 果たしてそれが生態系として正しいのかと聞かれれば、間違いなく違うと思う。しかし茶々が王者として君臨しなければ護れないものがあるのは確かだ。茶々が睨みを利かせてくれているおかげで、うちの畑が野生動物に荒らされることは無くなったのだから。


 俺が両親の後を継いでこの家に戻ってきた当初は、畑は野生動物に荒らされ放題だった。種を播けばほじくり返され、苗を植えれば食い尽くされる。かろうじて無事だったのはハウスの中のものくらいという有様で、よくぞ数年でここまでになったものだと感慨深くさえある。そのために尽力してくれた茶々様様だな。


 次第に雪は多く降り注ぎ、周囲の地面をうっすらと雪化粧するくらいになった。それでもなお雪は降る量を多くしていき、やがて遠くまで見えていた視界が狭まり始めた。このままいけば遭難か、と考え出した時、木々の隙間から我が家の屋根と庭が見えた。初美が慌てて洗濯物を取り込んでいる姿が小さく見え、クマコが止まり木から飛び立つ姿も見えた。雪が降ってきたので、フラムから帰るように言われたのかもしれない。


 一時はその存在がバレたらまずいと思っていたが、今のを見る限り山から見下ろす状態でなければクマコの姿は確認できないようだ。フラムがとても可愛がってる大事な家族、俺たちも大事に見守ってやらなきゃいけない。ドラゴン肉で賢くなったクマコもまたフラムとシェリーを護ってくれる大事な存在なのだから。


「ワンワン! ワンワン!」

「わかった、今行くから」


 一足先に我が家に到着した茶々が庭から俺を呼ぶ。あの吠え方だとたぶん初美がおやつを用意してくれているのかもしれない。俺が戻ってくるまでお預けにされているのなら、早く帰ってやらないといけない。うちの山の獣を統率するという一番重要な役割を担っている茶々をこれ以上待たせるようなことは出来ない。


「あ、ソウイチ、おかえり」

「ソウイチさん、おかえりなさい」


 ようやく庭に辿り着いた俺を見て、明るい表情で出迎えてくれるシェリーとフラム。縁側でお座りしている茶々のことを一生懸命労っている姿がとても微笑ましい。


「ソウイチ、白いのが降ってきた」

「これが雪ですか、初めて見ました」

「二人とも初めてなのか?」

「魔法で一時的に雪を出すことはできるけど、天候としての雪は初めて」

「私たちのいた場所は温暖な気候でしたから」


 彼女たちが暮らしていた森は常に緑に包まれ、一年中花が咲き、実がなるような気候だったそうだ。初めて見る雪に目を奪われつつ、防寒着を着ながらも身体を縮ませている。これから先、二人にはもっと暖かい防寒着が必要になってくるはず、後で初美に頼んでみよう。あいつのことだから、もう用意してあるかもしれないが。

読んでいただいてありがとうございます。

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