10.パーティ
「クマコ、あーん」
「ピィ」
フラムがクマコに竹串の先に刺した肉を食べさせている。その肉とはもちろん、あの時の鹿の肉だ。渡邊さんはうちの分として一頭分の鹿肉と毛皮を取り置いてくれていた。しかもメスの肉だった。クマコに火を通した肉が良いのかわからなかったので、まずは生肉を御褒美として与えることになった。
「茶々は後で焼いてやるからな」
「ワンッ!」
鮮やかな深紅の肉は見るからに美味そうで、食べさせているフラムも時折唾を飲み込んでいるのがわかる。元々狩りをしていたということもあり、その肉がどれだけ上質なものかわかるんだろう。野生の鹿肉は赤身主体で脂肪が少なく、赤身肉が持つ本来の旨味を感じることが出来る……とテレビでグルメ気取りのお笑い芸人が言っていたのを思い出す。
「鹿肉って低カロリー高タンパクで美容にいいらしいわよ」
「本当ですか? ならたくさん食べます」
「シェリーはこれ以上どこに肉が必要……そうか、その肉はそのまま胸に蓄えられていくのか。シェリーのその胸は保存食の役割がある?」
「そんなのあるわけないでしょ!」
「二人は今回の功労者なんだから、堂々と好きなだけ食べていいんだからね」
大量の鹿肉を前に自分も興奮を隠せない初美。美容にいいという部分を強調しているのは一体どういうことだ? それからフラム、シェリーの胸には鹿肉を蓄える機能なんてない……と思うぞ、たぶん。だが二人が功労者だということに異論はない、二人がいてくれなければあんなに順調に進むとは思っていなかったからな。
クマコによる空からの索敵、茶々による追い出し、そしてシェリーによる鹿の出現位置の把握とフラムの魔法による拘束、俺はただ止めを刺すだけだった。野生動物を狩るのにこんなに適した連携はないだろう。でなければ俺と茶々だけで一日に十二頭なんて絶対にありえなかった。おそらく大多数を撃ち漏らし、まずい状況に陥っていたかもしれない。
春になれば禁猟期になるのでハンターは勝手に動けない。それに確かこのあたりの自治体から出る害獣駆除の報奨金はそんなに多額じゃなかったと記憶しているが、誰だって高額な報奨金の出るところで狩りたいに決まってる。この近辺の報奨金の申請は実物の写真撮影だが、それはもう済ませてある。ちなみに体にスプレーで日付を書き、さらに日付機能のあるカメラで撮影するが、これは不正申告を防ぐためのものだ。そういうことをするから余計に規制がきつくなるということがどうしてわからないんだろうか。
親父が害獣駆除をしていた頃は猪ばかりで、鹿を食べるのは俺も初めてだ。だが肉に関しては素人の俺でもこの鹿肉が極上のものだということはわかる。渡邊さんの話では、オスの肉も含めてかなり高額で買い取ってくれた人がいたようだ。東京でジビエを多く使ったフレンチの店のシェフらしく、初美も名前だけは知っていた。
『この店、結構有名よ? アタシは行ったことないけど』
と言っていたが、有名人が多数来店する店のようだ。定期的に仕入れられないかと打診されたようだが、正直なところこれ以上は勘弁してほしいというのが本音だ。そもそも今回の駆除はあくまでもイレギュラー、この近辺には鹿なんていないのだから。それに俺の本業はあくまでも農業、ハンターとしての銃所持資格は畑を護るための一つの手段でしかない。
渡邊さんは断ったと言っていたが、俺もそれは正解だと思ってる。元々いなかったものだから、来年どれくらい仕留められるかわからない。そもそも今回は駆除が目的であり、決して間引きが前提の狩りではない。共存ができない、というよりもこちらの共存の意思を全く理解しようとしない群れだったのだから、どちらかがいなくなることでしか決着はつかない。ならば余所から来た群れにはここから去ってもらうのは仕方ないことだと思う。対話により交流、なんて悠長なことを言っていられる状況じゃなかったのだから。
「お兄ちゃん、今回は渡邊さんに手間かけさせちゃったかもね」
「ああ、後で手土産でも持って挨拶に行ってくるよ」
俺たちが鹿を駆除したが、実質的な後始末をしたのは渡邊さんだ。鹿肉の引き取り手も古くからの信頼できる友人らしく、まとめてその人に引き取ってもらえたらしい。こういった場合、複数の引き取り手に声をかけるのが通常だが、臨時収入のようなものなので商流に乗せようとする人には引き取ってもらえないから仕方ないことではあるが、引き取ってくれた人もそのあたりの事情は察してくれたようで、一切値引き交渉はしてこなかったようだ。
このあたりは鹿肉で有名になりたい訳じゃないし、もしそれを望むというのならこれまで畑を続けてきた人たちが路頭に迷うことになる。そのくらいに鹿による食害というものは大きく、また根が深いものになってしまう。だからこそ、今回は早い段階で手を打てて良かったと思う。
「あの……ソウイチさん、私たちも……あの肉を味見したいんですけど……」
「あの肉は私たちの討伐への正当な報酬、だから早く食べよう」
「アタシホットプレート用意してくるね」
鹿がいなくなったことに安心したのか、初美の笑顔がいつもより明るい。あの後数日間、茶々を連れてシェリーたちと様子を見るために山を歩き回ったが、クマコの目も茶々の鼻も鹿の形跡を捉えることはなかった。やはりあれだけのことを体験した後でこの山に居座ろうとは思わなかったようだ。どうしてこの辺りに流れてきたのかが未だにわからないが、とりあえず山の平穏は保たれたと考えていいだろう。そのために決して巧いと自負できない銃の腕を披露することになったとはいえ、苦労した甲斐があったというものだ。
「アタシ鹿肉って食べるの初めてなのよ」
「東京でも結構高いからね」
にこにこしながらホットプレートと皿の準備をする初美と武君。武君は自分が鹿をつけあがらせてしまったんじゃないかとかなり思い悩んでいたようだが、鹿の姿が見えないことを告げるとようやく安心したようだった。初美もこの山に元々存在しなかった動物が入り込むという危険を理解していたので、その不安が無くなって胸を撫でおろしたんだろう。
「ソウイチさん、とても美味しそうな肉ですね」
「とても綺麗な赤色、間違いなく美味しい」
「そうだな、みんなで上げた戦果だ、美味しくいただこう」
「やっぱり何だかんだ言っても、この家の家族って連携いいわよね。いいチームだと思うわよ?」
初美が俺たちを見てしみじみと感慨深げに言う。確かにそれぞれの役割分担がかみ合ったいいチームだと思う。このチームならまた鹿が入り込んでも圧倒できるはずだ。
「私たちも頑張りました」
「このパーティならどんな敵が来ても討伐できる」
「パーティ……そうよね、シェリーちゃんとフラムちゃんがいるんだから、パーティよね。うん、すごくいいパーティね」
「空から索敵できるクマコ、シェリーと私の魔法、攻撃も防御も出来るチャチャ、そして強力なアタッカーのソウイチ、ドラゴンをも倒した私たちなら最強のパーティになれる」
確かにそうかもしれない。大型野生動物を狩るのにこんなに適した集団はいないと思う。そもそも偵察をするクマタカや魔法を使う者がいる時点で他とは比較にならないが、数人でのチーム行動に加えて数匹の猟犬という編成が基本のハンターたちに比べれば銃を持つのは俺一人、後は全員サポートと考えれば優秀な部類に入るんじゃないか? これが大型の肉食獣となればまた話が変わってくるが、ここいらにはそんな危険な獣はいない。そんな悩みを持つ必要なんてない。とりあえず今は……山の恵みに感謝をしよう。
「じゃあ……いただきます」
「「「「 いただきます 」」」」
「ワン!」「ピィ!」
皆で食べる鹿肉の焼肉は、とても美味しいものだった。こんなに美味いなら毎年数頭入ってきてくれないかと思ってしまったのは内緒にしておいたほうがよさそうだ。
次回は閑話の予定です。
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