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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
流れてきた厄介者
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9.戦果

 太陽が徐々に西に傾きはじめ、そろそろ狩りの終了時間が近づいてきた。夜の山は方向感覚を失うし、そもそもクマコが夜は活動できない。それに……もっと大きな理由がある。


「ずいぶんいたんだな……」


 目の前に積み上げた鹿は全部で十二頭。そのうち十頭がメスで二頭がオスだった。


「茶々、メスは残してないだろうな?」

「ワンワン!」


 大丈夫、とでも言うように吠える茶々。仕留めた鹿の中には去年の春に産まれたであろう若い個体もいた。まだ若い鹿を撃つのは抵抗があったが、これもやらなければならないことだから仕方がない。


「ソウイチさん、どうしてメスを優先させたんですか?」

「どうして群れのボスのオスを最初に狙わない?」


 積み上げられた鹿に若干引きながらも、俺が茶々に出した『メス優先』という言葉の意味が理解できない様子のシェリーとフラム。普通に考えれば二人の言うことが正しいと思うだろうが、鹿撃ちではそれは悪手でしかない。それは鹿の生態が大きくかかわってくる。


「鹿の群れはハーレムだからな、群れのボスのオスを仕留めたところで他のオスがボスになるだけで何も変わらない。それにメスを残せば今年の春に残ったメスがまた妊娠する。メスを仕留めなきゃ数が減ることはないんだよ」


 鹿の恐ろしいところはその繁殖力にある。ボスのオス鹿は群れのほぼすべてのメスを妊娠させる。もし今日仕留められなかったら、春には十頭の小鹿が産まれる計算だ。鹿は一頭につき一頭しか身ごもらないが、鹿の出産から子育ての間は禁猟期に入る。駆除の場合は禁猟期は関係ないこともあるが、それでも周囲に食べ物の豊富な時期は群れが分散しやすい。こうした追い込みが出来なくなるのも理由の一つだ。


 そして秋には自立できるくらいにまで成長した子供が春になれば出産が可能になる。こうして鹿は数を増やしていくんだ。だがメスがいなくなれば、残されたオスはメスを求めて他の場所へと流れていく。元々この近辺には鹿はいないのだから、自分たちが元々いた場所に帰ってくれることも大いに期待できる。それにもし留まったとしても、わずか数頭のオスならどうにでも対処できるし、何よりここまで一方的に狩られる恐怖はあいつらの頭にしっかりと残ったことだろう。


 この山は茶々が治める山、その主に散々追い立てられたんだ、その匂いがそこかしこに残る山で好き勝手すれば、次に待つのは自分の死だとはっきりと理解しただろう。


「あとは……これを運ぶだけだな。結構な重労働だが、放置しておくわけにもいかないから仕方ないか」


 あまり質の良くないハンターの場合、駆除した獲物を放置してしまうことがある。だがそれは別の獣を呼び込むことになり、決して推奨されることじゃない。それがあるので、狩りを早めに終わらせた。これからこの十二頭の鹿を車が入れる山の入口まで運ばなきゃならない。そこまで持っていけば運搬の手段は何とかなる。


「俺はこれから鹿を運ぶから、茶々は二人のことを頼むぞ」

「ワンッ!」

「ピィ!」


 いつの間にかそばに来ていたクマコも任せてというように鳴く。山の入口までの往復を繰り返すということは、当然ながら誰かの目に留まる可能性も高くなる。特に鹿を持って出てきたとなれば確実に話しかけられる。危険だから山には入らないでくれと釘を刺してはあるが、それでもお構いなしに来る奴がいるかもしれない。時期的にはまだかなり早いと思うが、タラノメを採りにくるかもしれない。


「シェリーもフラムも茶々と一緒に先に戻っててくれ、ここから山の入口までなら迷うこともないからな」

「はい、わかりました」

「ソウイチも気を付けて」


 二人にポーチに入ってもらい、首に着けると勢いよく走り出す茶々。あんな勢いで二人は大丈夫かと心配になるが、よく見ればポーチに極力揺れが伝わらないように配慮しているようだ。そしてその後をクマコがついていく。木々の隙間を縫って飛ぶクマコはさすがクマタカというところか。


「さて、こっちも準備をしておかないとな」


 ポケットからスマートフォンを取り出すと、初美宛にメールを送る。もちろん渡邊さんに鹿を取りに来てもらうためだ。とはいえ大小合わせて十二頭、軽トラックに乗るはずもないので、渡邊さんの所有する二トントラックで来てもらうように伝えた。今すぐに来るとは思えないので、それまでに何頭運んでいけるか、だな。




**********



「随分仕留めたんじゃねえの、宗ちゃん?」

「茶々が頑張ってくれたからだよ、俺はここで待ってるだけだった」

「何言ってんだ、猟犬だってここまで追い出せるのは滅多にいねえんだ、それを元室内犬の茶々が出来るように教え込んだ宗ちゃんの手柄だろ。もうこれで出てこねえよな」

「ああ、メスはほぼ仕留めたし、残ったオスも散々茶々が追い回した。まともな鹿ならもう出ていくだろ」

「茶々様様、だな」


 積み上げられた鹿を見て驚きを隠せない渡邊さんは俺のことを賞賛してくれるが、はっきり言って茶々に猟犬の訓練なんてしたことがない。基本的に俺がこうしてほしいと言うと茶々が理解して動いてくれているだけだ。竜核を食べて今まで以上に賢くなったおかげかもしれない。


「こいつ、引き取っていいか? 被害を受けた連中の補填がわりに売ろうと思うんだよ。全部頭を一発で仕留めてるし、肉も傷みが少ないしな。何よりメスが多いのがいい」

「それは構わないよ、でも伝手はあるのか?」

「最近はジビエとか言って鹿だの雉だのを喜んで買ってく連中がいるんだよ。この量なら全部捌けば補填になるだろうし」


 確かにジビエ料理の店のためにエゾシカや猪を撃つハンターもいる。ただやはり費用がかかるので若干割高になるのはどうしようもなく、高級料理店に引き取られるのがほとんどらしいが。だがそれなりの値段で買い取ってもらえるのなら被害を受けた農家も安心だろう。ちなみに俺は正式に駆除依頼の費用を貰っているのでその金を受け取るつもりはない。ボランティアでやれなどと言う奴もいそうだが、そういう連中は使った銃弾の費用をどうするかなんて考えたこともないんだろうけどな。


「血抜きとか皮剥ぎとか任せていいなら全部持ってってくれよ、ただうちにも肉を少し分けてくれると助かる。茶々にご褒美やらないと不貞腐れそうだしな」

「じゃあ若いメスの一頭分を分けとくから、後で取りに来てくれや。皮も持ってくか?」

「そうだな、記念にもらっとく。こんなのはもう無いだろうからな」

「ははは、違いねえ」


 そう言うと二トントラックの荷台に鹿を山積みにして渡邊さんは帰っていった。これだけの量の血抜きやら皮剥ぎやらをうちでやってたらせっかく新鮮な状態の肉が悪くなる。ここは専門家でもある渡邊さんところの爺さんに全部任せてしまおう。皮は……使い道があるかどうかわからないが、シェリーとフラムにもはっきりと見える形で戦果が残ったほうがいいだろう。肉は茶々とクマコにごちそうしてやらないとな。


「……しまった、家まで乗せて行ってもらえばよかった」


 かなり遠くまで行ってしまったトラックのテールランプを見ながら、自分がかなり疲弊していることにようやく気付いた。慣れない鹿撃ちに加えて、鹿を担いで山道を往復、疲れないはずがない。来るときは探りながらだったので歩きで来たが、もうこれで注意を払う必要がないなら帰りは楽に帰りたかったんだが……


「仕方ない、歩いて帰るか……」


 ライフルの入ったケースを担ぎなおすと、疲れた身体に喝を入れるように背伸びしてから歩き出す。いつもならどうってことない道だが、肩にのしかかるライフルの重みが地味に辛い。農作業とは違う緊張感を保ち続けるのはやはり応える、一刻も早く家に帰って風呂に入ってゆっくりしたい。


 シェリーとフラムの相手をすることになっていたが……さすがに今日は勘弁してもらいたいが、たぶんそう簡単にはいかないだろうな……

読んでいただいてありがとうございます。

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