8.共闘
茶々の着けていたポーチにはおやつではなくシェリーとフラムが入っていた。大人しく部屋に籠っていると思ったらこんなことを考えていたとはな。初美の入れ知恵かと一瞬考えたが、あいつが二人をこんな危険な場所に来ることを許すはずがない。あいつにとってシェリーとフラムは心の安らぎのようなっものでもあるからな、傷つくような危険を冒すようなことはさせないはずだ。
ということは誰が、と考えを巡らせようとした時に申し訳なさそうに二人を庇うようにお座りしている茶々の姿が目に入った。もしかしてこれはお前の考えたことなのか?
「ソウイチさん、チャチャさんを怒らないでください。私たちがお願いしたんです」
「どうしてもソウイチの役に立ちたかった。私たちにもきっと出来ることがある」
「ダメだ、危険すぎる。もし誰かが来たら……」
「……ピィィーー」
「クマコが空から哨戒してくれるから大丈夫」
「ソウイチさん、私は館にいるよりも森にいるほうが感覚が鋭敏になります。だから接近してくる存在の気配には敏感です」
空からクマコの鳴く声が聞こえる。クマコの目なら異常があればすぐに見つけられるだろうし、茶々だっているからとの考えだろうが、茶々には鹿の追い出しに専念してもらわなければいけない。クマコだって自分が見つからないようにするのが前提だし、そうなると二人を護ることに専念することができない。
二人を家に帰すにも、また入ってきた道を戻らなきゃいけない。それ以上に、どこかで様子を伺っているかもしれない鹿に帰る姿を見られたくない。もしそれを逃げ帰ったと認識されてしまえば、あいつらはもう手が付けられなくなる。何としてでも今のうちに決着をつけておきたいところだ。
「……二人とも、俺から絶対に離れないって約束できるか?」
「はい!」
「任せて、離れろって言われても離れない」
「そうか……じゃあ胸のポケットに入っててくれ。足元だとうっかり踏みつぶしかねん」
シェリーとフラムを摘まみ上げて、それぞれ左右の胸ポケットに入れておく。こうしておけばもし何かあってもすぐに移動できるし、万が一に誰かが来てもポケットに隠れてもらえばいい。二人の助力がどれほどのものかわからないが、とりあえずあまり期待しないでおこうか。
「じゃあ始めるか……茶々、頼んだぞ、オスよりメスを優先させろよ」
「ワンッ!」
シェリーたちが一緒で嬉しいんだろう、いつもより激しく尻尾を振る茶々は元気に一声吠えると機宜の間へと姿を消した。さて、こんなことになるとわかっていれば、北海道あたりでエゾシカ撃ちでもやっておくべきだったと悔やまれる。茶々だって鹿の追い出しは初めてだし、竜核のおかげで一層賢くなったとはいえ、どこまで出来るかわからない。とりあえず一、二頭仕留めればこちらを脅威と感じてくれるだろうから、確実に一頭ずつ仕留めていけばいいか……
そんなことを考えていた自分が今の状況を見たら何て思うだろうか。そう思いたくなるくらいに目の前の光景は信じられないものだった。
「ピィー」
「ワンワン!」
「ソウイチさん、右前方からまた一頭きます!」
「ソウイチ、足止めは任せて。『ウィップバインド』」
シェリーの言葉通りに右前方から姿を現したメスの鹿。こちらを見て踵を返そうとしたところに、フラムの魔法により仮初の命を与えられたかのような蔓が鹿の足と身体を固定する。固定し続けるのは相当辛いだろうと思っていたが、実際は蔓を絡めるところで終わりらしい。だが蔓自体の強度がかなりのものなので、鹿は動きをとれずにいた。
「ソウイチ、今!」
「あ、ああ」
動きのとれない鹿の頭に照準を合わせる。ここまで動きを制約された相手なら外すことはない。これでも免許更新時の射撃では固定されたターゲットを外したことはない。クレー射撃は何とか及第点といったところだが。照星ごしに茶々が射線上から飛びのくのがはっきりと見えた。狩猟犬の訓練を受けさせたことがないのに、きちんと俺のすることを判断して動いてくれている。
呼吸を整えてゆっくりと引き金を引く。生命を奪うことに対する忌避間は無くなることはないが、これは絶対にやらなければならないことだと自分に言い聞かせる。熊や狼などの、鹿にとっての天敵が本来やるべきことだが、そういった動物がいない以上、駆除する手段を持つ俺がやらなければいけない。でなければ俺たち農家はもちろん、この山に元から住む獣たちにも必ず悪影響が出るのだから。
乾いた発射音と周囲に漂う硝煙特有の匂い。そして鹿は頭部を撃ち抜かれてほぼ即死した。ボルトを動かして空薬莢を排出すると、それを拾ってポーチに入れながら仕留めた鹿へと近づく。せめて苦しまないように一撃で、なんてのは人間のエゴかもしれないが、そうでもしなければ自分を納得させることはできない。
鹿を引きずって戻ってくると、既に仕留めた五頭の鹿のそばへと置く。そう、シェリーとフラムの助力はとんでもなく有効だった。シェリーの精霊魔法と風魔法による索敵は鹿が数百メートルほど先から茶々に追われているのを確実に把握し、そしてフラムの魔法により制御された蔓が拘束、俺はただ照準を定めて引き金を引けばいいという簡単な作業に徹することが出来たからだ。
「ピィー」
「ワンワン!」
さらにクマコと茶々の連携も非常に有効だった。クマコが鹿を見つけてはその場所を茶々に教え、茶々は的確に俺の射線上へと鹿を追い込む。これで六頭、熟練のハンターでもここまでの成果を出すのは難しいんじゃないか?
「こういう討伐は何度もやったことありますから」
「ソウイチの銃があるから安心できる。本来ならあんな大きな獣を仕留めるにはそれこそ軍が動くレベル」
「た、頼もしいな……」
よく考えてみれば、シェリーもフラムもこうした獣を狩るという経験は俺よりもはるかに多かった。だからこうした役割分担を事前に決めて参加してきたんだ。二人のことを理解しているつもりだったが、自分の考えの浅はかさを改めて思い知らされた。二人だってこっちに来てから色々と経験し、またこっちのことをたくさん調べた上で自分たちでも力になれると判断したんだ、それを頭ごなしに危険だからと受け付けなかった俺の器の小ささが恥ずかしい。
「どうだ茶々、まだいそうか?」
「ワンワン!」
「そうか、ならもう少し頑張るか」
「ワンッ!」
茶々は『まだいるよ』と言わんばかりに吠えると再び木々の間に姿を消した。猪などの元々この山にいる動物と遭遇しないのは、茶々が鹿を追い払っていると認識して邪魔しないでくれているのかもしれない。だがこの調子なら今日一日で終わらせることだってできそうだ。
「二人とも、もうひと頑張り頼む」
「はい、任せてください」
「まだまだ平気。これが終わったらソウイチに労ってもらうことにする」
「フラムだけなんてずるい、私もお願いします」
「はは……お手柔らかにな」
自分たちがはっきりと役立っていることが相当嬉しいのか、フラムの言葉に乗るシェリー。一体何を要求されるのかが若干不安になるが、まずは残りの鹿の駆除に専念しよう。そうしないと心配で二人を労うこともできないからな。弾丸用のポーチからライフル弾を装填すると、再び聞こえ出したクマコと茶々の声に緩みかけた思考を狩猟者のそれに切り替えた。
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