7.潜むもの
「シェリー、もう少しそっちに行って」
「これ以上は無理よ……ってちょっと、どこ触ってるの?」
「こんな邪魔なものがあるからこんなに窮屈になってる。少しは私の胸にも分けてほしい」
「そ、そんなの出来るはずないでしょう……」
狭くて暗い空間で体を寄せ合うように息を潜めていると、自然とシェリーの大きな胸が私の顔に当たる。その柔らかな感触は驚愕もので、これがいずれソウイチの心を射止める最終兵器になると思うと、やはり私もいずれこの凶悪な兵器を実装しなければいけないのかと思ってしまう。
ソウイチは決して外見だけで私たちを区別することはないってわかってるけど、ネットで調べた女の子のイラスト画像では大概胸が大きかった。やはりあるとないとではあったほうがいいに決まってるし、それでソウイチが喜んでくれるのなら私も嬉しい。やはりもっとミルクを飲まなくちゃダメなんだろうか、いっそのことソウイチに触ってもらって大きくするという最後の手段を解禁するべきかもしれない。
「フラム、もうそろそろ着きそうよ。チャチャさんの動きがゆっくりになったから」
「ソウイチがシカを討伐するかっこいい姿を見ないなんて選択肢はない」
「でも本当に大丈夫なのかしら、勝手に付いてきちゃって……」
「私たちだってソウイチの手助けができると証明したい。そしてかっこいい姿を堪能したい」
「それが本音でしょ?」
「シェリーはソウイチのかっこいいところを見たくないの?」
「……見たい」
私がソウイチの戦ってる姿をはっきりと見たのはドラゴン戦だった。ドラゴンに止めをさすソウイチの姿はどんな英雄譚の英雄よりも、おとぎ話の勇者よりも力強く、厳しさと優しさの同居する姿に魅了された。ドラゴンの強固な護りを貫く銃という武器、そしてその威力を十二分に理解しているが故の、ソウイチの思慮深さ。強い力に振り回されないようにと自分を律する姿は私の心を鷲掴みにした。
力あるものが取るべき行動、そして進むべき道を体現したかのような姿はチャチャにも受け継がれている。チャチャの優しさはソウイチの優しさにそっくりだ。ただちょっとだけ不満をいうのなら、ソウイチはチャチャを見習って愛情表現をもっと豊かにするべきだと思う。私たちのことを気遣ってくれているのはよくわかるけど、できることならそれをもっと表に出してほしい。私たちにだけ特別の優しさを感じさせてほしい。
そんなソウイチが討伐依頼に出るという。相手はあのシカ、それも多数だという。肉食ではないけど、決して油断ならない相手。弱者として、そして群れとしての立ち回りを熟知している厄介な相手。敵が本気で自分たちを害さないと知ると、ここぞとばかりにつけあがる。そして最後にはめちゃくちゃに荒された地だけが残る。確かに討伐依頼が出てもおかしくない獣だ。
なのに討伐できる手段を持っているのは限られていて、ソウイチはその一人。銃という圧倒的な力を持つ武器で討伐することで、獣たちに恐怖心を植え付け、この地に立ち入らせないようにするんだ。ソウイチは危険だからって反対したけど、これでも私は特級冒険者だった、足手まといにはならない。それに森での立ち居振る舞いはシェリー共々よく心得てる。
『どうした茶々? おやつを出してほしいのか?』
『ワンワン!』
突如私たちの潜んでいるポーチが持ち上げられ、天井部分が勢いよく開いた。そして大好きなソウイチがびっくりした様子で私たちのことを見下ろしてる。
「えへへ……来ちゃった」
「あのな……来ちゃったじゃないだろ」
「私たちもソウイチさんのお手伝いをしたいんです、だって家族じゃないですか」
「うーん……」
シェリーが発した『家族』という言葉に考え込むソウイチ。そう、私たちはもう家族なんだから、困難なことがあれば全員で力を合わせて乗り越えるべきだ。面倒なことや辛いこと、苦しいことをソウイチに押し付けて平然としていられるほど、私たちとソウイチの間に生まれた絆は弱弱しいものじゃない。皆で乗り越えて、皆で喜び合う、私たちが欲しいのはそんな家族。
「ここまで来たら引き帰すこともできないか……危ない真似は絶対にするなよ?」
「うん、わかった」
「私たちも出来る限りお手伝いしますね」
「ワン!」
チャチャも大丈夫だと言うように吠えてくれる。そして耳をすませば遠くからクマコの声も聞こえる。そう、チャチャだってクマコだって家族、だから皆で一緒に立ち向かうんだ。それにこの山はチャチャが支配する山、チャチャだって余所者が好き勝手にやるのを快く思ってない。シカたちは王の怒りに触れた、それをこれから味わうことになる。
ソウイチの銃、チャチャの力、クマコの力、そして私とシェリーの魔法。これだけの戦力が連携すれば、負けることなんてありえない。だからソウイチ、私たちのことをもっと信じてほしい。そして早く討伐依頼を終わらせて、皆と一緒に遊んでほしい、主に私と遊んでほしいけど、今は我慢しておこう。
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