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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな労働者
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1.新しい力?

新章スタートです。

 シェリーがうちに来てから一週間が過ぎた。当初は様々なものに驚いていたが、順応性が高いのか、それとも教え役の初美の説明が良かったのか、家にあるものなら粗方その使い方を理解していった。とはいっても身体のサイズが小さすぎるので、実際に使えている訳じゃないが。


 ただしシェリーの小さな身体でも一つだけ使えるものがあった。


「ハツミさん、これは何を説明してるんですか?」

「これは天気予報って言ってね、今日とか明日の天気を予想してるの。なかなか当たるわよ」

「天気がわかるんですか? この人たちは預言者ですか?」

「違う違う、様々な情報をもとに予想してるだけ。でもその情報の量が多いから予想も当たるようになってきたのよ」

「それがわかれば干ばつや大雨に対処できるかも……魔法が無い世界なのに、どうしてそこまで出来るんですか?」

「うーん……アタシも専門家じゃないからねぇ」


 テレビのニュース番組で天気を説明しているのを見てシェリーが初美を質問攻めしている。シェリーが唯一使える道具がテレビのリモコンだったということもあり、鍛錬が終わるとテレビにかじりつくようにしていることが多くなった。まだネットには手が出せていないらしいが、それは文字が読めないからだ。なので俺たちが幼い頃に使っていた文字を覚える玩具を引っ張り出して使ったりしている。まさか三十年以上前の玩具が残っているとは思わなかった。物持ちのいい両親に感謝だ。


「ワンワン!」

「わかりました、奥に行ってますね」


 突然茶々が吠えると、シェリーは居間の奥、台所の入口へと入ってゆく。そして聞こえるトラックのエンジン音はこの家では最近あまり聞かれなくなった宅急便の配送トラック。庭の駐車場まで乗り入れると、運転手が荷物を脇に抱えて走ってくる。


「佐倉さん、荷物です」

「うちに? ああ、初美宛か」


 初美宛の荷物にサインして受け取り居間に戻れば、先ほどとは違う光景が展開されていた。


「あ、あの、これは……」

「どう? 三日完徹で頑張っちゃった」


 ふりふりのフリルのついたスカートをはいてやや顔を赤らめているシェリー。その様子をげっそりとやつれながらも目だけは爛々と輝かせている初美がデジカメのファインダーに収めている。連写されるシャッター音が絶え間なく聞こえ、初美の傍らには積み重ねられたメモリーカード。


「ああもう! どうしてこんなに容量少ないのよ。シェリーちゃんの可憐な姿を残すには100TBあっても足りないくらいよ!」


 などと口走りつつもシャッターを切る手を止めない初美。そんな初美に配慮してのことなのか、シェリーは為すがままにされている。趣味に没頭するのはいいが、あまり他人に迷惑をかけないでもらいたい。


「初美、お前あての荷物だ」

「あ、やっと届いた! さて出来栄えはどうかしらね……」


 代わりに受け取ったことへの礼も言わずに荷物をひったくると、その場で開封しはじめる初美。そんな妹に溜息をつきながら、傍でやや困惑した様子のシェリーに声をかける。


「シェリー、嫌なら嫌って言わないと初美が調子に乗るぞ?」

「い、いえ……こんな綺麗な服、今まで着たことないので……どうしたらいいのかわからなくて……」


 確かにその服はシェリーの身体に合わせてあるのでサイズは極小だが、細部の裁縫も細かく、所々に刺繍もある。一見すると着せ替え人形用の服として市販されてるレベル、いやそれ以上かもしれない。初美の趣味でもある人形製作のこだわりが随所に見られる逸品だ。人形を作る際にはどんな服を着せるかというところから始めるらしく、そのためにまず服から作るそうだ。そのこだわりには脱帽してしまうが、今はシェリーが喜んでくれているので良しとしよう。


「うん! いい出来! 相変わらずいい仕事してる!」


 荷物を開封してしばらく黙っていた初美が突然大声をあげる。どこぞの鑑定士のようなセリフを口にしながら中身を手に取って確かめている。何やら細い棒のようなものがいくつかあるようだが……


「シェリーちゃん! 届いたわよ!」

「え? え? な、何が?」

「これがきっと新しい力になってくれるわよ! イタチなんかにもう負けないわ!」

「うわぁ……」


 そう言いながら目の前に並べられたそれを見て言葉を失うシェリー。しかしそれは恐怖や失意によるものではなく、純粋な歓喜によるもの。今のシェリーには最も必要と思われるもの。


「剣?」

「剣だけじゃないわ! 槍に杖、フレイルだってあるんだから!」


 そこにあるのは西洋風の剣に槍、日本刀、棒の先端に錘のようなものがついたもの、長柄のついた斧らしきもの、サーベル等々様々な武器のミニチュアがあった。精巧に作られてはあるが、玩具じゃ戦えないだろ。


「玩具かよ」

「玩具じゃないわよ! きちんと鍛造で刃をつけた、実用性重視の小道具なんだから! きちんと切れ味も保証してくれてるし!」


 外見は鞘の拵えや柄の装飾、鍔の意匠など細かな細工が施されている。こんなの一体誰が作ったんだ?


「これはね、アタシのフィギュア製作仲間が作ってくれたのよ。昔からの付き合いで腕は確かだから。ささ、シェリーちゃん、手に取ってみてよ」

「はい!」


 精巧な細工に見惚れていたシェリーは初美に促されると嬉しそうに一本の剣を手に取る。鞘から抜かれた剣は西洋風に作られてはいるが、刀身は鋳造ではなく鍛造で作られているようで、綺麗な波紋が浮かんでいる。日本人ならずともその美しさに引き込まれてしまうだろう。現にシェリーも刃の美しさに見入っている。


「綺麗……王都の鍛冶職人でもこれだけのものは作れないかも。それに……魔力の馴染みが凄く良いです」

「魔力の馴染み……鋳造と鍛造の違いが理由なのかな? というかどう考えてもそれが理由よね。やっぱり一打一打心を込めて打ち込んだものには何か宿るのかな。あ、ちょっと待ってて」


 何かを思いついた初美は慌てて台所に入ってゆく。何をするのか不安になりながら様子を見れば、持ってきたのは数本の茶色の小さな瓶。買い置きしてあった栄養ドリンクだ。期待に満ちた顔をしながら蓋を開けて一本飲み干すと、シェリーの前に空き瓶を置いた。


「はい、これ斬ってみて」

「こんなに厚いガラスを……わかりました、やってみます」


 シェリーは剣を構えると、何やら呟きだした。その直後、シェリーに向かって微風が吹く。次第にその風が強くなり、はっきりと感じ取れるほどの強さになった。扇風機の弱、といった強さだろう。


「はっ!」


 可愛らしい気合とともに剣が一閃する。鋭い踏み込みはさすが剣と魔法の世界の住人といったところだろう。初美は既にデジカメを構えて連写モードに突入している。俺と茶々はただその光景を見つめていた。


 確かにシェリーは斬った。右上からの斬り下ろし、間違いなく剣は瓶を捉えていた。だが何もない。何もなかった。そう、何もない。何もなかった。本来瓶があるはずの場所には何もなかったんだ。シェリーの剣が当たる瞬間、粉々になって吹き飛んでしまったんだ。


 何だこの威力は……


 

読んでいただいてありがとうございます。

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