2.依頼
「で、受けたの? その話」
「たぶん受けることになるな。一応正式な自治体からの駆除要請待ちになるけどな」
猟友会の支部から連絡が入れば、早速活動開始になる。通常は数名のハンターがチームを組んで狩るが、残念なことにこの界隈で鹿撃ちに使用できるライフルを所持してるのは俺だけ、なので単独での狩猟になる。もちろん茶々は連れていくが、素人は連れていく訳にはいかない。
そしてこの狩りには茶々の働きが不可欠でもある。一般的なイメージだと草むらに身を潜めて獲物を狙うというものだと思うが、厳密にいえばそうじゃない。犬に獲物を追いかけさせる、あるいは獲物と喧嘩させるなどして視界の確保できる獣道に誘導して仕留める。地域によって方法はいくつもあるだろうが、この近辺でかつて親父がやっていたのはこの方法だ。俺が物心ついた頃には狩猟犬として甲斐犬が飼われていたのを覚えてる。
「でもお兄ちゃん鹿撃ちしたことないじゃない。この前の猪が初めてだったんでしょ?」
「でも放っておけないだろ? 他所のハンターにうちの山を歩き回らせるなんてできないぞ?」
「そうなんだよね……」
うちの山にはまだ鹿の出没は無いが、他所のハンターに頼めば必ずこの周囲を探索するはずだ。はっきり言ってそんなことを認められるはずがない。親父も他所のハンターを受け入れるようなことはしていなかったし、俺に猟銃の免許を取るように勧めたのも、佐倉家がこの近辺の山々を護る立ち位置だったからかもしれない。
今この時期に鹿を追い払わなければ、農業最盛期に悲惨なことになるだろう。春から秋は鹿や猪などの害獣の保護期間に入り、猟師でも駆除することはできない。この時期だけが狩ることが許され、それを逃せばあいつらのやりたい放題になる。そしてそれを指を咥えて見ていることしかできないなんてどんな拷問か。
丹精込めて作った作物は当然農家の食い扶持だ。それをタダでくれてやるなんてお人よしがどこにいる? 鹿を殺すのはかわいそうだと言う連中がいるが、果たしてそいつらは鹿の被害にあった農作物を補填してくれるのかと言いたい。我々農家にとっては死活問題であり、関係ない立場からの場違いな意見はどうかと思う。
俺たちだって全滅させたいワケじゃない、ただ畑に降りてくるようなことを避けたいだけだ。山で生活してくれる分には何の問題もないのだから。根本的な解決にはならないだろうが、この近辺からいなくなってくれればいいだけだ、その後どこに向かおうと俺たちの知るところじゃない。
「罠はどうなの?」
「資格持ってないから無理だ」
「そっか……」
初美の言いたいことは分かる。罠なら危険も少ないだろうと思ってるんだろうが、罠猟には正式な資格が必要だ。俺は第一種狩猟免許保持者だが、罠猟網猟を行うにはまた別の資格がある。今から取得することは不可能に近いし、罠や網を用意する費用も決して安いものじゃない。
「とりあえず茶々を連れて下見に行ってくる。シェリーとフラムは連れていけないから二人の面倒を頼む」
「いいよ、二人ともクマコと遊んでるから大丈夫でしょ」
「危険なことはさせるなよ?」
「わかってるって」
あれから毎日遊びに来るクマコと遊ぶのでフラムはとても忙しいらしい。本人曰く「クマコに乗れるように頑張る」とのことだが、あまり危険なことはしないでほしい。かろうじてシェリーがブレーキ役になってくれているが、茶々がいないところで飛行練習なんてさせられない。
初美は少し呆れた様子で返事をする。その理由は武君にあるのは間違いないだろう。クマコが遊んでいる時に落とす羽根、特に尾羽は装飾品にはうってつけで、彼の創作意欲に火をつけてしまったらしい。なのでここ最近はずっと工房に籠りきりで初美の相手もできていないらしい。だがそれをクマコにぶつけるのはお門違いだと思うが……
とりあえず今は状況確認が先決だ、どのあたりまで被害が出ているのか、そして山のどこを移動経路にしているのかを知る必要がある。まずは被害を受けた畑とその周囲の山で食み跡を確認して、茶々に匂いを覚えてもらわなきゃいけない。ジャーマンシェパードを軽く凌駕し、次郎に勝つ茶々なら後れを取るようなことはないと思うが、何が起こるかわからないのが野性の怖さでもある。臆病だと言われている鹿も追い詰められれば秘めたる凶暴性を発揮するかもしれない。
専門的な訓練をしていない茶々ではあるが、我が家を護るという点においては真価を発揮する。鹿がうちの畑や山に入り込むことの危険性をきちんと教えれば、訓練された猟犬以上の力を見せてくれるだろう。
「行くぞ、茶々。お前の働きでうちの畑を護ってくれ」」
「ワン!」
久しぶりの遠出に喜ぶ茶々。最近ずっと働かせてばかりだが、猟に関しては茶々のサポートがないと成り立たない。寒い中大変だろうが、これも我が家の平穏を護るためだ、我慢してくれ。解決したら皆で一緒に遊ぼうな?
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