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クマコ

閑話です

 クマタカは貴重な鳥だ。どのくらい貴重かといえば、絶滅危惧種に指定されている程、と言えば粗方の人間は理解できるだろう。それほどまでに生息数を減らした鳥なのだ。近年の開発により山々が切り開かれ、クマタカが好む野生動物の多い山林が減っていることがその大きな要因である。カラスのように人間の生活圏に適応することが出来なかった彼らが僻地へと追いやられ、さらに個体数を減らすのは当然の流れだった。


 さらにそこに追い打ちをかける問題がある。クマタカは古くは鷹狩り用の鷹として捕獲されたり、弓矢の矢羽に使う羽根を採るために捕殺されたりした。さらに近年ではその雄々しくも美しい身体に魅了された者が剥製として求めるが故の密漁も個体数を減らす一因にもなっている。また近年では風力発電の回転翼に衝突して命を落とす個体も少なくない。


 佐倉家の新たな一員となった?クマコもまたその被害を間接的に受けていた。クマコはまだ若い個体で、巣立ちをして初めての越冬を迎えようとしていた。だがそのために必要な知識と経験が圧倒的に足りていなかった。本来ならば巣立ちをした雛にも親が餌を与え、そして狩りの様子を見せることで最低限の知識と経験が与えられる。


 だがクマコの親はそれを全うすることが出来なかった。風に乗り滑空する鳥にとって最悪の天敵とも言えるのが前述の風力発電の回転翼だ。風に乗る、ということは簡単に軌道を変えることは難しく、クマコの親もまた哀れな犠牲の一例となり果ててしまったのだ。


 待てど暮らせど二度と戻ることのない親を待つクマコ。自分で獲物を捕る方法などうろ覚えでしかない。動きの遅い虫などで飢えを凌げた夏場はよかった。イナゴなどの昆虫が豊富な秋はよかった。しかし冬になり、警戒心の強くなった小動物を捕える知識と経験はクマコにはなかったのだ。


 クマコはようやく親が戻ってこないことを悟り、その地を飛び立つ。親の命を奪った風力発電の巨木の地を離れ、空腹に苦しみながらも安住できる場所を目指して必死に風に乗る。あまりの空腹に堪えきれなくなり、自動車事故で絶命したタヌキや野犬の死骸を漁ることもあったが、カラスの大群に追いかけられて僅かに命を繋ぐ程度しか食べられなかった。


 クマコは飛ぶ、きっと自分の求めていた場所があると信じて。忌々しいカラスや他の猛禽の姿の見えない、自分だけの山があると信じて。そしてクマコはようやくたどり着く、猛禽どころかカラスさえほとんどいない不思議な山に。そして見つけた、野ネズミのような小さな丸い生き物が無防備に歩いていく姿を。


 傍にいた獣は危険だとすぐにわかった。しかし獣は飛ばない、さらにその獣から離れるように歩いてゆく小さな生き物、動きも緩慢で、時折転げているその生き物なら……今の自分でも捕まえられる、そう思った。そして細心の注意を払い、留まっていた枝を飛び立つと、風に乗って獲物へと迫る。誰も自分に気付いていない、そう確信したクマコは小さな生き物を両足でしっかりと掴むと、そのまま一気に飛び去った。


 これでようやく食べ物にありつける、逸る気持ちを抑えるように、上空を飛ぶクマコ。いつもならここでカラスや他の猛禽の横取り攻撃が始まるはずが、その様子は一向に見られない。安心したクマコは近くの枝に降り立つと、獲物を啄み始めた。そこで違和感に気付く。


 クマコの知能ではそれが何なのか全くわからなかった。いくら啄んでも、自分の嘴は獲物に届かない。狩りの経験が豊富であれば、その異常さが危険なものであると結びつくが、経験不足のクマコにはそれが理解できない。目の前にいる獲物に気を取られ、がむしゃらに啄むことしかできなくなっていたのだ。


 そこから先はあまり覚えていなかった。獣の声に驚き、そして何かが自分を拘束したこと、さらに人間に捕まったこと、その程度はうっすらと覚えてはいるが、気付けば自分は閉じ込められていた。経験したことのない翼の痛みが気力を奪い、このまま死ぬことを覚悟していたその時、小さな生き物が何かを差し出した。


 肉だ、それも極上の匂いを放つ肉だ。だがこんな状況で我を忘れて食べるほどクマコは野性を捨ててはいない。警戒に警戒を重ねていると、突如獣が吠えた。


『早く喰え』


 そんな感情が込められているのはすぐにわかった。そしてその獣がどれだけ強いのかも改めて知った。食べなければ自分が喰われる、そんな未来を想像したクマコはようやく肉を喰った。そして……長く口にしていなかった新鮮な肉の味に我を忘れて貪った。翼の痛みを忘れるほどの美味さ、そして腹が膨れると同時に襲い来る睡魔。クマコはあっけないほど簡単に眠りの底へと沈んでいった。




 目覚めると、クマコの世界は激変していた。翼の怪我は綺麗に治っている、それどころか今まで以上に力がみなぎっている。そして自分に寄り添うように眠っている小さな生き物を見つけた。そしてクマコは悟る、この生き物が自分を救ってくれたのだと。今までのクマコならそんな感情は起き得ないだろう、しかしドラゴンの肉を食して知能の上がったクマコはそのことをとても感謝した。自分が目覚めたとき、とても嬉しそうにはしゃぐその姿に不思議と懐かしいものを感じた。


 クマコは思う、まだ自分が産まれたばかりの頃、空腹で苦しむことのないよう常に食べ物を持ってきてくれた親。外敵がら必死に守ってくれた親。それに似た何かをこの小さな生き物は、そして獣は、人間は持っているのかもしれない、と。全てがそうではないことくらい理解している、おそらくここにしかないものだということも。


 山へと帰されたその夜、クマコは考えた。おそらく自分がずっとあの場所に住み続けることは難しいのだろう、と。ならば住まなければいい、夜は山に帰り、朝に再び行けばいい。何よりあの場所にいたい、優しい思いをもっともっと味わいたい、その一途な思いがクマコの身体を突き動かす。そしてクマコは……ようやく安住の地を手に入れた。


 クマコという名をもらった時、とても誇らしい気持ちになった。安住を認められた証、それを何としても護り抜く、そう決心した。小さな生き物はいつも自分のことを可愛がってくれる、なら自分はこの生き物を護ろうと思った。


 クマコ自身は気付いていないが、ドラゴン肉の影響でクマコはとても強くなっていた。おそらく同じサイズの猛禽と戦えば圧倒的な勝利を得られるほどに。だがもうクマコは粗暴な野性の鳥ではない、自分の力を理解し、その使い方を知る賢い鳥になった。まだまだ自分の知らない何かがありそうだが、決して恐ろしいと感じたことはない。


 その力は大事な何かのため、そしてその何かとは、ようやく手に入れた平穏。自分が頑張れば、小さな生き物はとても喜んでくれる。自分のことを優しく受け入れてもらえる歓びを知り、さらに強くなろうとクマコは飛ぶ。


『クマコ! クマコ!』


 満面の笑みで手を振る小さな生き物、その名はフラムとシェリー。危険が及ばないように視界の隅に二人を収めながら、クマコは一声鳴いた。春の香りが僅かに漂う風に乗り、優雅に飛ぶクマコはこれから自分がどれほど数奇な運命を辿ることになるかなど毛ほども知らない。だがクマコは知りたいとは思わないだろう。クマコにとって最も大事なのは、この安住の地を生きる今なのだ。この大事な地を何があっても護り抜くことなのだ。

読んでいただいてありがとうございます。

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