10.君の名は……
ソウイチさんの前では気丈に振舞っていたけど、フラムはとても寂しがってた。考えてみれば森で一緒に暮らし始めた頃から、生き物と一緒に暮らすなんてことしたことなかったから。家畜を飼えば魔物に狙われるし、騎獣はとても高価だったし自分で捕らえるのはとても手間がかかるから、したくてもできなかった。
だからかもしれないけど、ミヤマさんが来てくれた時はとても嬉しそうだった。だって私がカブトさんの話をしたら、とても羨ましがっていたんだもの。でもその気持ちはよくわかるよ、だって私だってカブトさんが来てくれてとても嬉しかったんだから。騎獣に乗るということは私たちの憧れ、だけどチャチャさんに乗るのはちょっと違うかなって思ってる。チャチャさんには……乗せてもらってるって感じかな。
だからフラムの寂しい気持ちはよくわかる。あの鳥が騎獣のようになってくれたら……きっとフラムはそう思ってたと思う。だけどあの鳥はこの国で保護されている貴重な鳥、私たちの勝手にしていい存在じゃないんだ。だからソウイチさんに迷惑をかけないように、気丈な振る舞いを見せていたんだ。でも私にはわかってるよ、だってずっと一緒に暮らしてきた親友なんだから。
「……もう起きなきゃ」
隣で寝息を立てているフラムを起こさないようにそっとベッドから出る。昨夜は寂しくて堪らなくなったみたいで、夜中に私のベッドに潜り込んできた。その理由はわかってるから、喜んで受け入れたんだけど……そのおかげでよく眠れてるみたい。私が何とかしてあげたいところだけど、私には権限がないし、ソウイチさんに相談してもいいけど、ソウイチさんだってフラムの望み通りにしてあげたいとは思ってるはず。だけどそうできないのは、それが大きな危険を孕んでるからだ。そしてソウイチさんがそのことで気に病むこともフラムは理解してる。だから寂しいんだ、どうにかしたいけどどうにもできない寂しさに苦しんでるんだ。
「ソウイチさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。フラムはどうしてる?」
「眠ってます、昨夜はちょっと落ち込んでたみたいですけど……」
「何とかしてやりたいんだが、まさかオウムやインコじゃ代わりにはならないだろうしな……」
そんなことを言いながらソウイチさんは雨戸を開ける手に力を籠める。やっぱりソウイチさんはフラムの寂しい心をきちんと受け止めてくれていた。ソウイチさんの言ってることはわかる、オウムやインコはこの国の愛玩用の鳥だ。もしそれらをソウイチさんが連れてきてくれたとして、最初はフラムも喜ぶと思う。だけどいつか「この鳥はあの子とは違う」って思う時が来るはず、それは用意してくれたソウイチさんにも、その鳥にも失礼なこと。だからフラムは何も言わずに受け入れることにしたんだ。
「……今日もいい天気だな」
「……そうですね」
「ピィ!」
「「 ん? 」」
私とソウイチさんは同時に声をあげた。普段は聞くことの無い、だけど昨日はたくさん聞いた鳥の声がした。それもすぐ近くに。まさか……あの子は山に帰ったはず、なのにどうしてあの子の声がするの?
「まさか……戻ってきちまうとはな」
ソウイチさんの呟きに下のほうに視線を落とせば、そこには昨日山に帰ったはずのあの子がいた。間違いないよ、だって身体からうっすら滲み出るドラゴンの気配の残る魔力はどうやったって間違えない。魔力を持った鳥なんているはずないんだから。
「一応これは……飼ってるということにはならないだろ。まさかクマタカが自分の意思で通ってくるなんて誰も想像できないだろうしな」
「じゃあ……」
「ああ、こいつがフラムに会いたくてここに来たんなら、それを止める権利はないだろ。お前も夜になれば山に戻るんだろ?」
「ピィ!」
「シェリー、まずはフラムを叩き起こしてこい。大事な友達が遊びに来たってな」
「はい!」
逸る気持ちを抑えられずに部屋に向かって走り出す。よかったね、フラム。あなたの想いはしっかり通じてたよ。走りながらフラムの喜ぶ顔がはっきりと思い浮かんで、思わず笑みが浮かぶのを止められなかった。でもいいよね、だって嬉しいことが起きてるんだから。
**********
「……来てくれた。来てくれた!」
寝間着姿のフラムが目を擦りながら庭を見ると、クマタカが嬉しそうに縁側に飛び上がってきた。平らな床でかなり歩き辛そうにしているが、それよりも再会できた喜びが勝っているらしい。再会といっても昨日の今日だが、それを言うのは野暮というものだろう。たとえ一晩でも離れたくないと思ってる者どうしにとっては長い時のように感じるだろうし。
「ピィ!」
「うん、ありがとう。でも危険なことはしないでね」
「ピィ!」
頭を擦りつけて再会を喜ぶクマタカ、そしてそれを受け止めて嬉しそうなフラム。まさかクマタカが通ってくるなんて思わなかったが、こうなった以上は俺たちも覚悟を決めるべきだろう。もし見つかっても『怪我をしたのを保護した』という言い訳ができるし、そもそも今のこいつなら俺たちが危険だと判断すれば自分から山に戻るだろう。
再会を喜ぶフラムだが、いつまでもこのままにしておいていいはずがない。まずはこいつがきちんと留まれるような足場用の枝を用意してやらないとな。
その日の昼、山から適当な枝を切り出してくると、クマタカはその枝が気に入ったようだった。だがすぐにフラムたちのところに降りてしまい、ただの休憩所のようになってしまったが。場所は縁側の隅の軒下、ここなら外から見られることはないだろうし、庭を見渡すこともできる。こいつがいてくれれば先日のイタチのような小動物は忌避するだろうし、今は冬だから姿を見ないが気配を殺して近づいてくる蛇の類も退治してくれるだろう。
相変わらず縁側で戯れているクマタカとフラム。事情を知ってる俺たちだから微笑ましい光景に見えるが、初見だと猛禽に襲われる小人という構図でしかない。もしものことがあっても茶々が待機しているし、クマタカも茶々の強さを本能的に感じたようで、茶々が来ると大人しくなるから大丈夫だろう。まさか突然豹変して襲い掛かれるような狡猾さはないだろうし、そもそもそんな気配を見せようものなら即座に茶々が仕留めるだろう。
「おいで、クマコ」
「……シェリー、もしかしてそいつの名前か?」
「うん、クマコ。クマタカだからクマコ。ね、クマコ?」
「ピィ!」
「クマコもいい名前だって喜んでくれてる」
安直な名前をつけるのはいいが、まだオスかメスかもはっきりしていないんだぞ? もしこいつがオスだったらどうするんだ? オスなのにクマコはちょっとかわいそうな気もするが……
「オスだったらどうするんだ?」
「その時はクマオに改名する」
「ピィ!」
フラムが自分のことを言ってくれてるのが嬉しいのか、クマコは一際嬉しそうに鳴いた。クマコ、お前はそれでいいのか? そんなに安易に名前が変わっても大丈夫なのか?
「ピィ!」
どうやら大丈夫らしい。とりあえず今は再会に喜ぶフラムとクマコの気持ちを汲み取ってそっとしておこう。色々なことを考えるのは後でいいし、それをするのは俺たちの役目だからな。
ちなみにクマコはメスだった。よかったなクマコ、名前が変わらなくて。
これでこの章は終わりです。
次回は閑話の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。




