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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
天空の狩猟者
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9.復活

「ソウイチ! クマタカが!」


 いきなり動かなくなったクマタカだが、よく見ればゆっくりと胸が動いていた。どうやら眠っているようだが、フラムが騒ごうが茶々が吠えようが全く起きる気配がなかった。知らない者が見たら死んでしまったと勘違いしてしまうだろう。


「どうしよう! クマタカが死んじゃう!」

「よく見ろ、眠ってるだけだ」


 焦るフラムを宥めながら、俺はこの光景に既視感を感じていた。ただひたすら眠り続ける様子は……茶々が竜核を食べた後の様子にそっくりだった。あの時茶々もなかなか起きてこなかったが、もしかするとクマタカにドラゴンの肉は負荷が大きかったんじゃないか?


「とりあえず……様子を見よう」

「うん……」


 気落ちするフラムは俺の言葉に返事はするものの、クマタカのケージから離れることはなかった。何度も何度も声をかけ、時には危険を顧みずに身体を優しく撫でたり、寒くないように藁をかけてやったりしていた。いつ目を覚ましてもいいようにと水と肉(今度はドラゴン肉じゃなかった)を用意し、傷ついた翼の部分を濡れた布で綺麗に拭いてやったりしていたが、結局その日は夜になってもクマタカが目を覚ますことはなかった。


 翌日、相変わらずクマタカは目を覚まさなかった。それどころか眠りはより深いものになったようで、呼吸の間隔もかなり長いものになっていった。このままだと死んでしまう、誰もがそう思った。


「どうしよう……死んじゃうよ……」

「フラムちゃんはよくやったわよ、あまり自分を責めないで」

「でも……私のせいで……」

「そんなことないわよ、クマタカが生きるのに必死なように、アタシたちも必死だったんだから。その結果起こったことは受け入れなきゃ」


 落ち込むフラムを慰める初美。そんな時、様子を見ていたシェリーがふと呟いた。


「フラム、治癒魔法は使ったの?」

「あ……」


 フラムはそこで我に返った。あの時は何も食べていないだろうからと治癒魔法を使っていなかった。しかしその後、それなりの量のドラゴン肉を食べていたので、完全に体力が無くなっているということはないだろう。いきなり眠りこけてしまったので、彼女も動転してしまったに違いない。


「……治癒魔法を使ってみる。ゆっくりと、少しずつ」


 クマタカの寄り添うフラムは傷ついている翼に手を当て、何かしら呟く。するとその手が淡く光り、その光がクマタカの体に吸い込まれていく。俺たちがその神秘的な光景に見とれている中、シェリーもクマタカのそばに寄って同じように魔法を使う。


「……シェリー」

「一人でやろうとしないで、私だって治癒魔法を使えるんだから」

「うん、ありがとう」


 二人の手から放たれる淡い光、その光景がどのくらい続いただろうか、しばらくするとクマタカの翼はどこに怪我があったのかわからないくらいに綺麗になっていた。それどころか羽根は艶やかさを増したようにすら思えた。


「……怪我は治った、あとは起きるのを待つだけ」


 フラムとシェリーがクマタカのそばを離れようとしたとき、クマタカの目が開いた。そしていきなり立ち上がると、翼を勢いよく広げた。やばい、危険だ。


「茶々!」

「ワンッ!」


 咄嗟に茶々に指示を出すも、ケージの中までは攻撃が届かない。強引にいけば二人が巻き込まれてしまう。しかしクマタカは翼を広げた姿勢のまま動かなかった。そしてゆっくりと翼を動かして怪我がないことを確認して、そしてシェリーとフラムのほうを見た。そして広げていた翼を静かにたたむと、二人の顔に頭をこすりつけてきた。


「ピィ」

「うん、私たちが直したんだよ」

「ピィ!」


 クマタカは二人が自分の怪我を治したことをはっきりと理解したようだ。もうその目には敵意も警戒心もなく、まるで母親に甘える雛鳥のような無邪気さすら垣間見えた。まさかそこまで知能が高いとは思わなかった。鷹狩りに使うタカはゆっくりと時間をかけて人に慣らしていくが、こんな短時間でここまで心を開くとは、もしかするとドラゴン肉の影響なのか?


「きっとドラゴンの肉が魔法を受け入れやすくしてくれた。あの眠りはクマタカの身体を内側から変化させるために必要なものだった。やはりドラゴンの力は今後も研究すべき」

「その貴重なものを食べさせて大丈夫か……ってまだたくさんあるんだよな」


 だがたくさんあるからと言って誰にでも与えていいものじゃない。茶々は別として、クマタカは特殊な例だと考えるべきだろう。本来なら野生動物に餌を食べさせる行為そのものがやってはいけないことなのだから。人から餌をもらうことに慣れた動物はもはや野生動物という大枠から外れてしまう、その結果苦しむのはその動物たちだ。だが今は……こうしてクマタカが元気になってくれたことを喜ぼう、フラムとシェリーがこんなに喜んでいるのだから、わざわざ水を差すこともないだろう。







「飛んだ! 飛んだよ! ソウイチ!」

「綺麗な飛び方ですね」


 雲一つない青空を優雅に飛ぶクマタカ。猛禽類特有の、風に乗って滑空する飛び方は腹の羽毛と翼の羽根模様とのコントラストがとても美しく、見上げる誰もが見惚れていた。クマタカはまるで元気になった自分の姿をシェリーとフラムに見せるように、何度も何度も我が家の上を旋回していた。


「いいんだよ! 山にお帰り!」

「元気で暮らしてくださいね!」

「ピィ!」


 二人が叫ぶと、それに応えるように甲高い声で鳴くクマタカ。そして何度か旋回した後、山のほうへと向きを変えて飛んで行った。次第に小さくなっていくクマタカに向かい、二人は手を振る。


「元気でね!」

「さようなら!」


 二人の声に小さくクマタカの鳴き声が聞こえ、そしてクマタカは山の向こうへと姿を消した。フラムはその姿が見えなくなった後もずっと手を振っていたが、しばらくすると俺のそばまで来てズボンの裾を小さな手で掴んだ。無言で見上げたその顔はクマタカが元気になったことへの嬉しさと混ざりあう別の感情がはっきりとわかった。


「ソウイチ……あの子は私の手から肉を食べてくれた……」

「そうだな」

「元気になって嬉しそうだった、治してくれてありがとうって言ってるみたいだった……」


 自分の手で餌をやり、怪我を治したことで情が移ってしまったんだろう。これが犬や猫なら何とかしてやれなくもないが、相手は絶滅危惧種だ。愛玩動物のように扱っていいはずがない。そしてフラムもそれをしっかり理解しているからこそ、こうして別離を悲しんでいる。


「大丈夫、フラムが怪我を治したんだ、元気で暮らすに決まってる。もしかしたら時々遊びにくるかもしれないぞ?」

「……うん!」


 手のひらに乗せて話せば、フラムの表情が一気に明るくなる。その様子にほっと胸を撫でおろしながら、クマタカが飛び去っていった山を皆でずっと眺めていた。

読んでいただいてありがとうございます。

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