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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
天空の狩猟者
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8.クマタカ

 目の前には奴がいる。奴はもう何も手出しができない。ただ悔しそうに俺たちを睨みつけながら、傷ついた身体を動かしてもがくだけ。しかし奴の身体に巻き付いたパンティストッキングは奴の自由を冷酷なまでに奪い続けている……


 これだけを聞けばどんな変態野郎がいるのかと邪推しがちだが、俺たちの目の前にいるのは到底変態野郎とは思えない。そもそもこんな場所にそんな奴が出没するはずがない。こんな辺鄙な農村に。


 では奴とは何者か? それは当然、俺の婚約者を攫っていった張本人、いやこいつは人間じゃなかったな。ストッキングに絡まってもがくクマタカは翼に怪我をしているものの、命に別状はなさそうだった。


「どうして連れてくるんだよ」

「アタシに止めを刺させるっての? まだ元気なんだし、嫌よ」

「対処に困るだろうが」

「それにさ、連れてこようって言い出したのはフラムちゃんだからね? 当事者がそう言うんだから仕方ないじゃない」


 クマタカを取り囲む俺たち。シェリーとフラムは茶々の陰に隠れながらその様子を見ている。正直なところを言うと、誰にも見つからないようなところに捨ててきてくれたほうがありがたかったんだが、当事者のフラムが言うのなら仕方ない。どういう理由があるのか聞かせてもらわないといけない。


「で、どういう理由なんだ?」

「この鳥がとても貴重な鳥ということは知ってる。そんな鳥を殺したことがわかればソウイチの立場が悪くなると思った。このくらいの怪我なら治癒魔法を数回かければ元通りになるはずだから、治るまで世話するべきだと思った」

「……確かにその通りだ、もし殺したのがばれれば厄介なことになる」


 猟友会に怒られるだけじゃない、学術調査やら何やらが押し寄せて、静かな暮らしが一変する可能性だってある。それはすなわち二人が人目に晒される危険も高まるということだ。二人の安全とクマタカの命、どちらを優先するかなど説明するまでもない。動物愛護の精神だとか、絶滅危惧種だとかそんなことはどうでもいい、二人を危険に巻き込まないことが一番大事なんだ。


「ソウイチの心配してることはよくわかる。でも隠したことが明るみに出た時のほうが影響は大きいと思う。それなら回復したらこの子に言い聞かせて、この場所から離れてもらえばいい。チャチャがいればもう近づいてこないはずだから」

「まぁそこまで言うのなら……治るまでだぞ? 治ったら山に放すんだぞ?」

「うん! わかった!」


 フラムの行動は俺のことを案じてのことだった。確かにここから離れてもらえばいいし、どうしてもこの近辺に住みたいのなら山から出てこないでくれればいい。幸いにこの山は私有地だから勝手に入る奴も僅かだし、そもそもこんな辺鄙な農村に好き好んでくる奴もいない。それで今まで通りに生活に戻れるならそのほうがいいか、俺だってこんな状態のクマタカを殺したところで後味が悪いだけだからな。




**********



「はい、あーん」

「…………」

「食べなきゃダメ、良くならないよ」

「…………」


 茶々が昔使っていたケージの中に入れられたクマタカに向かって、竹串の先に肉を刺して差し出すフラム。だがクマタカは警戒して全く口をつけようとしない。だがそれでもフラムは根気よく肉を食べさせようと試みる。


「ピィッ!」

「うわっ!」

「ワンッ!」


 肉を食べるどころか、竹串を持ったフラムの手を啄もうとするクマタカ。だがそばに控える茶々の一喝で慌てて首を引っ込める。いきなり野生の生き物に餌付けしようなんて無茶なことをするものだと思ったが、どうやらこれにはきちんとした理由があるらしい。


「治癒魔法を発動させると新陳代謝が急激に加速することがわかった。ならそのエネルギー源になる食べ物を食べないとうまく治らない。私たちみたいに魔力を持った者なら魔力で代用できるけど、クマタカは魔力を持ってない。だからこれは絶対に必要な行為」


 ということらしい。早い話が体力をつけておかないと治癒魔法がうまく働かないということなんだろう。それにしてもいきなり餌付けは危険すぎやしないか? 危なくなりそうな時は茶々が牽制してくれているが、本当に大丈夫なのか?


「ワンッ!」

「ピィ……」

「そうそう、たくさん食べれば元気になれる」


 あまりにも頑なに拒んでいるので、茶々が痺れを切らして威嚇する。一瞬びくっと体を震わせたクマタカは小さな声をあげると少しずつ肉を食べ始めた。茶々、それはほぼ脅迫じゃないのか? 嬉しそうなフラムの顔と、どこか悟りの境地に達したかのようなクマタカの目との対比がすごすぎる。


 そういえば今フラムがあげてる肉は誰が用意したんだ? 俺は何もしていないが、野生に戻すのなら野ネズミや蛇のような、普段からクマタカが捕食している動物の肉のほうがいい。人間用に育てられた畜肉の味を覚えさせるのはあまり良くないと思うんだが……


「フラム、その肉はどうしたんだ?」

「ハツミが用意してくれた」

「あいつめ……また勝手に冷凍庫漁ったな? イノシシあたりの肉か」


 初美は夜更かしが多いせいか、冷蔵庫の中を夜中に勝手に漁ったりする。夏場は暑いので冷凍庫のアイスを狙ったりもする。まぁ俺もその程度じゃ小言を言うまでには至らないが、俺が楽しみにしていたアイスが食べられてた時はちょっとショックだった。

イノシシ肉なら消費しなきゃいけないので使ってもらっても構わないが。


「腐ってないよな?」

「大丈夫、ハツミがさっき解凍してくれた」


 最初はわずかずつだったが、次第に勢いよく食べるようになったクマタカ。よほどイノシシの肉が気に入ったらしいが、あまりその味を覚えてもらっても困る、イノシシなんてそう簡単に仕留められるものじゃない。ウリ坊くらいなら大丈夫だと思うが……


「やっぱりドラゴンの肉は気に入ってもらえた」

「なん……だと……」


 ドラゴンの肉は何とか処理しなきゃいけないと思ってはいたが、実際に動物に食べさせていいものかどうかがわからなかった。俺たちが食べても異常は見られなかったが、それは身体の大きさがゆえのことかもしれない。クマタカで試すには危険が多いんじゃないか……そう思ったその時、ケージの中のクマタカがいきなり倒れた。そしてそのまま動かなくなってしまった。


読んでいただいてありがとうございます。

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