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歩き出そう

第三者視点の閑話です。

「駄目です……わかりません」

「こっちもよ、これのどこが文字なのよ」


 居間の座卓に座る初美の前には数枚の紙、そして申し訳なさそうに座卓の上で座りこむシェリー。紙にはひらがなで「りんご」や「いぬ」といった単語が書かれており、中にはミミズがのたうちまわったような、絵ともいえないような模様が描かれている。


「言葉が通じてるのに文字が読めないってことは音の意味が共通認識ってこと? 偶々文字の発音が一致してるってことかしら」

「私にはよくわかりませんが……でも言葉が通じたおかげで助かったのは確かです」


 二人が調べていたのは言葉について。会話が成り立ち、しかもその単語の意味も粗方合っている。もちろんシェリーの知らない物、特にこちらの世界にしか存在しない物についてはうまく表現することができなかったが、それでも何とか意思の疎通は出来ている。


「シェリーちゃんの知らないことが文字として表せないのは当然よね」

「そうですね。この「てれび」とか「えあこん」とかは全く聞いたことがありません」


 家電製品なのでシェリーが知らないのは当然である。そもそも家庭で電気を使うという概念すら存在しているかわからないのだから。


「でもここで暮らす以上、文字を覚える必要があります」

「そうね、何かあった時に連絡が出来ないものね」


 二人が調べていた理由はシェリーが言葉以外に意思表示できる手段が無いということだった。しかしシェリーの使う文字はどうやっても初美が理解することができなかったのである。お互いに理解できれば問題ないのだが、それが叶わない以上はシェリーが日本語を覚えるしかないのだ。


「漢字は難しいけど、ひらがなとカタカナなら何とかなるかもね。その発音に合わせた文字を使えばいいんだし」

「うう……頑張ります」


 初美の背後には様々な幼児学習セットがある。初美も宗一もかつて世話になった教育玩具であるが、日本の文字を全く知らないシェリーにとってはこのレベルからスタートしたほうがいいんじゃないかという三人の共通認識によるものだった。そして今日から日本語の練習という日課が組まれることになったのである。




「ところでさぁ、シェリーちゃんはお兄ちゃんのこと怖くなかった? いきなりこんなに大きさの違う人間に遭遇して、普通なら怖くて逃げだしたりしそうなものだけど」

「そうですね……最初は怖かったですけど、不思議なことに途中から怖くなくなったんです」

「途中から?」

「はい……チャチャさんと最初に会って、それからソウイチさんがチャチャさんを窘めて、もしかするとこの人は私を害するつもりは無いのかなって……そうしたら今度は知らない場所で一人きりってことに気付いて、どうしようもなく怖くなって……その時からですね。でもどうしてなんでしょう?」

「それはわかる気がする。お兄ちゃんって、本当に苦しんでたり、怖がってたりする人には優しいの。放っておけないのよ。もちろんそこを付けこまれて苦しんだ時もあるけど、シェリーちゃんはそれが無いって思ったんじゃない? だってシェリーちゃんがお兄ちゃんのことをどうにか出来るとは思えないもの」

「確かにそうですね。あの時も、この人に見捨てられたらたぶん生きていけないんじゃないかなって漠然と考えてました。あの『イタチ』に遭遇して改めて実感しましたけど」


 シェリーは思い出して身震いする。自分の世界には存在しなかった『魔力を纏わない獣』の圧倒的なまでの強さ。まさか魔法が躱されるとは思ってもいなかった。飛行する魔物に魔法が当たらないということはよくあるが、あのイタチは飛行しないにもかかわらず、明らかに魔法が放たれてから身体能力のみで躱したのである。敏捷性と力を併せ持つ獣はシェリーの心を打ち砕くには十分すぎる強敵だったのだ。


 宗一に出会った当初は、『当面の食料と寝床が無ければ困る』程度の認識でしかなかったのだが、イタチがそこいらじゅうに当たり前に棲息していると知って自分がここでは捕食対象でしかないということを認識してしまったのである。


「でもさ、シェリーちゃんも戦い方次第でイタチに勝てると思うよ?」

「え? 本当ですか?」

「うん、確かにイタチはすばしっこいけど、それならシェリーちゃんも素早くなればいいのよ。魔法っていう技術があるんだし」

「魔法を? でも躱されましたよ?」

「それはただぶつけようとしたからでしょ? そうじゃなくて、シェリーちゃんの動きを早くするように使ってみたらどうかなって思ってさ。シェリーちゃんは風の魔法をよく使うなら、風に乗って素早く移動したりとか出来ないのかな? あとは身体強化みたいな魔法とか」

「……あ、あの、一体何を言っているのかわからないんですけど……」

「うーん、例えばさぁ……」


 きょとんとしているシェリーを見て、初美はしばらく考え込むと紙に絵を描いて説明しはじめた。最初は半信半疑で聞いていたシェリーだったが、やがてその内容が理解できてくると図解を食い入るように覗き込みながら熱心に初美の説明を聞くようになった。


「……ということなんだけど、どうかな?」


 ひとしきり説明を終えた初美はシェリーの様子を窺うが、幸いにもシェリーはその説明を聞いて目を輝かせていた。


「すごいです! こんな風に魔法を使うなんて聞いたことありません! これは試してみる価値ありですよ!」

「そ、そうかな?」

「はい! ハツミさんは賢者さまですか? 私たちの世界の冒険者のことも詳しいですし、ギルドのことだって……それに魔法の使い方も斬新な考え方ばかり。どうして魔法の無い世界の人なのにこんなに詳しいんですか? ソウイチさんはそこまで詳しそうじゃなかったのに……」

「ま、まぁそれは色々とね……」

(い、言えない……本当の理由は絶対に言えない……)


 初美は自他ともに認めるオタクである。かつてはフィギュア製作と並んでライトノベルを読み漁っていた(現在もWEB小説を読み漁っている)こともあり、様々な妄想をしていたものだ。


(まさか……いつ異世界に行ってもいいように研究していたなんて……)


 そう、初美は異世界での知識チートを妄想し、それに備えるべく準備をしていたのである。転生や転移で剣と魔法のある世界に行ってしまった場合、いかにして強くなって無双するかを本気で研究していた。まさか自分が異世界に行くよりも先に異世界の住人がこちらに来てしまうとは思ってもいなかったが。


「と、とにかく色々試してみようよ! シェリーちゃんに合う方法が見つかるよ!」

「はい!」


 眩しいくらいに満面の笑みのシェリーに対して、どこか複雑な表情を浮かべる初美。まさか日本にいながら異世界知識チートを経験するなど想定していなかったのだから仕方のないことだ。


(でもシェリーちゃんの為だからいいか)


 一時は落ち込んでいたシェリーだったが、心の中の鬱積しつつあったモノを吐き出したおかげでこれまで以上に表情豊かになりつつあった。それは彼女が前向きに生きて行こうとしていることの証明のようなものであり、初美にとっても宗一にとっても喜ばしいことだ。そんなシェリーを手助けできることに喜びを感じ始めている初美は、より一層己の趣味を爆発させていくのだった。

次話より新章です。


読んでいただいてありがとうございます。

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