7.奪還
初美からの一報を畑で受けた俺は急いで自宅に戻るべく車を走らせた。かなり慌ててはいたが、こちらが知りたい情報だけはしっかりと伝えてくれたが、正直耳を疑った。まさかクマタカなんぞがこの近辺にいたとは全く気付かなかったが、確かに『でかい鳥』には違いない。クマタカは鷹と名付けられているが、身体の大きさはもはや鷲だ。そんなものがフラムを攫っていったというのだ。
銃を持ち出そうと思ったが、正直なところフラムを外して撃つ自信がない。散弾だとフラムに当たる可能性が高いし、かといってライフル弾では破壊力が大きすぎて着弾の衝撃の余波をまともにくらってしまう。初美もそれを理解しているようで、銃は持ち出さないでくれと言っていた。
茶々が追っているとのことで、初美達はその後を追って山に入ったらしい。初美とてこの山で育った元野生児、クマタカの狩猟方法は理解しているだろう。事実クマタカが飛んできた方向と逃げて行った方向をもとにおおよその塒の位置を把握したようだ。後は……クマタカがそこに着く前に茶々が追いつくことを祈るばかりだ。
しかしクマタカか……また厄介な奴がいたものだ。どういう鳥かはよく知っている。森の中を飛び回れるようにと同サイズの猛禽より短く詰まった翼が特徴で、山鳥や小動物を捕食する山の食物連鎖の上位種。いくら茶々でも飛ぶことを覚えたばかりでは音もたてずに滑降してくる奴を事前に把握するのは難しいだろう。
そして一番厄介なのは、絶滅危惧種であるということだ。何が厄介か、それはクマタカの存在が余所者を呼び寄せることにある。こんな人里近い山でクマタカが発見されたとなれば、大勢の見物人が押し寄せるはずだ。是非とも写真に収めたいと愛好家たちが押し寄せる、ということはシェリーとフラムが見つかる危険度が跳ね上がるということに直結する。
かといって追い払ったところでそのまま他に行ってくれる保証はない。しかしそのままにしておくのは我が家にとって危険の種を芽吹かせることになる。ならばここで茶々に始末させてしまうのが一番かもしれない。綺麗な羽根は細工物に使える素材だが、そんなことよりも大事なことがある。誰にも知られないうちに埋めてしまえば何とかなるかもしれない。それが猟友会にばれたら免許取り消しになりそうな気もするが、それならそれでいい、大事な家族を危険に晒すくらいなら。
家に着いても全く落ち着かない。このまま初美達の後を追いかけようかとも思ったが、迂闊に踏み込んでクマタカの警戒心を高めてしまうことにもなりかねない。そのままどこか遠くに飛び去られては打つ手が無くなる可能性すらある。
「茶々……頼むぞ……」
ここは茶々に任せるしかない。多少の傷跡が残ったとしても、俺が責任とってやる、だから必ず生きて帰ってきてくれよ。そうじゃなければ、シェリーと三人で幸せになるっていう約束を果たせなくなってしまうだろ……
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「初美ちゃん、まだ見つからないの?」
「シーッ! 静かに!」
極力音を立てずに山を進む。季節が冬なのがとてもありがたい、ほとんどの広葉樹が落葉しているせいで、見通しがきく状況になってるから。これが夏とかならどうしようもなかったかも。
「……いた」
アタシの視線の先には太いブナの枝の上でフラムちゃんのことを足で押さえつけながら嘴で突っついてるクマタカがいる。少し離れた場所で浮いている茶々がいるけど、きっと今の状況じゃフラムちゃんを巻き込むかもしれないって躊躇してるんだと思う。フラムちゃんは魔法で防御してるけど、それだっていつまで持つかわからない。なら早めに動かないと、このまま待っててもいい方向には進まない。でもどうしたら……と考えてアタシはあることに気付いた。フラムちゃんに極力怪我を負わせないように、そしてクマタカを捕獲するための道具があることに。
「ちょ、何してんの初美ちゃん!」
徐にジーンズを脱ぎ始めたアタシを見てタケちゃんが驚いているけど気にしない。こうしなければいけない理由があるんだ。アタシが今欲しいもの、それはジーンズ……じゃなくてジーンズの下に履いてるもの。これがきっと打開策になってくれるはず。
ジーンズの下に履いてたストッキングを脱いでそこいらに転がってたドングリを左右のつま先部分に入れ、股のところで固く結ぶとそれだけで簡易的な投擲武器『ポーラもどき』が出来上がる。小さい頃はお兄ちゃんと一緒にお母さんのストッキングを勝手に持ち出してこの武器を作って遊んでた記憶がある。錘を軽くしたからうまく絡みつくかが心配だけど、フラムちゃんの安全を考えたらこれしかない。
茶々を見れば、アタシと目が合う。茶々はアタシがやろうとしてることを理解したのか、じっとその場で待機していた。うん、これならもし外して逃げられても、茶々がとびかかって仕留められるはず。きっと体勢を崩してるだろうし、この二段構えなら……
「……やばい、気付かれた」
クマタカがフラムちゃんをつつくのを止めてこっちを見た。このままじゃ逃げられるかもしれない、だから……やるなら今しかない。
「ワンッ!」
クマタカが飛び立とうとしたのを見て茶々が牽制の吠え声をあげれば、クマタカは驚いて動きを止めた。ナイス判断、茶々。力じゃなく、腕をしならせる感じで柔らかく、かつ高く放り投げれば、ポーラもどきは大きく回転しながらクマタカに向かう。体制を崩してる今なら避けられるはずがない!
「ピィッ!」
小さく叫んだクマタカは逃げ出そうとするけどもう遅い。その時にはポーラもどきが両翼に絡みついて動きを封じてる。もがくクマタカはついにフラムちゃんを離した。そのまま落下してくるフラムちゃん。
「茶々! お願い!」
「ワンッ!」
アタシが指示を出すよりも早く、茶々はフラムちゃんが自由になったと同時に駆け出していた。その速さはまさしく風の如く、ううん、見た目から言うとまるでオレンジ色のほうき星みたいだった。そして空中でフラムちゃんをキャッチすると、そのままアタシのところへ降りてきた。
「おかえり、フラムちゃん。無事だった?」
「フラム! 怪我はない?」
「ほんのかすり傷だけ。シェリー、ハツミ、タケシ、そしてチャチャ、助けてくれてありがとう。きっと来てくれるって信じてた」
「当たり前でしょ、家族なんだから。だからそんなに畏まってお礼なんて言わなくていいの。それより先に言うことがあるでしょ?」
アタシは彼女のお礼なんて聞くつもりはない。だって家族なんだから、助けるのが当然じゃない。だからアタシが聞きたいのはお礼なんかじゃなくて、家族のところに戻ってきたならごく普通に言う言葉。その言葉がアタシにとっての最上のお礼になるんだよ。
「……ハツミ、ただいま」
「うん、それでよし」
大事な家族が無事戻ってきたことを皆で喜ぶ中、ポーラもどきに絡まって落ちてきたクマタカがじたばたともがき続けていた。さて、どうしてくれようかしら……
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