6.追う者、待つ者
「フラム! フラム!」
「茶々! 行けるよね!」
「ワンッ!」
フラムちゃんが攫われた。攫った犯人は……タカだ。それもクマタカ、アタシも小さい頃に数回見かけただけで、最近じゃ全く見なくなったからここいらにはいなくなったと思っていた、里山の空の王者。まだ腹の羽毛が白かったから若い個体だと思うけど、それでも脅威には変わりない。フラムちゃんたちの大きさはあいつらにとっては野ネズミと同じくらい、獲物と思われたんだ。
ここで茶々を責めてもどうしようもないこと。茶々が飛べるようになったのはつい最近、はっきり言って空をどうやって警戒したらいいのかわかってない。
茶々がクマタカを追跡するべく空へとい駆け上がる。戸惑っていないのはフラムちゃんの匂いをしっかり把握できてる証拠だと思う。どうしよう、お兄ちゃんに連絡して銃で……いや、ダメだ。もし銃を使って狙いが外れたりしたら……それに鳥撃ちは散弾を使うって聞いたことがある。とすれば流れ弾がフラムちゃんに当たる可能性だってある。もしかするとクマタカに当たっても着弾の衝撃を受けるかもしれない。
「どうしたの! 初美ちゃん!」
「フラムちゃんがタカに攫われた! どうしよう、タケちゃん!」
「まず落ち着いて! 僕はタカのことはわからないけど、茶々ちゃんは追いかけているの?」
「うん、すぐに追わせたけど……」
「ならここは茶々ちゃんに任せよう、僕らじゃ鳥を追いかけても追いつけないよ、それより……」
タケちゃんがアタシの横を見る。そこには呆然とフラムちゃんの名を呼び続けるシェリーちゃんの姿があった。
「どうしよう……フラム……食べられちゃう……ああ、フラム……」
「大丈夫よ、シェリーちゃん。茶々が追いかけてるから」
「でも……でも……」
「タカは獲物を空中で食べたりしないわ、必ずどこかに留まってから食べるの。だから……絶対に茶々は間に合うわ、それにフラムちゃんは賢者様なんでしょ? 魔法で何とかできるかもしれないわ」
シェリーちゃんを見てアタシは冷静さを取り戻した。そうだ、猛禽類は空中で獲物を食べるなんてことは絶対にしない、というかできない。だから茶々が全力で追いかければ間に合うはず。それにフラムちゃんはドラゴンの攻撃すら防いだ魔法を持ってる、それを使えば茶々が追いつくまでの時間稼ぎくらいはできるはず。我ながら出まかせの言い訳だと思うけど、今シェリーちゃんを混乱させないためにはこのくらいのことは許されるよね?
「フラム……大丈夫でしょうか……」
「フラムちゃんは親友なんでしょ? なら信じなきゃ。それに……これからアタシたちも向かうんだからね」
「え? 初美ちゃん?」
「茶々が追いかけてった方向とこのあたりの地形から考えて、大体の予想はついたから。タケちゃんももちろん一緒だから」
「わかった、準備する」
「ほら、シェリーちゃん。今度はアタシたちがフラムちゃんを助けに行くんだから」
「……はい!」
ようやくシェリーちゃんの瞳に力が戻った。クマタカが獲物を捕る方法は、少し高い場所から獲物を見つけて滑空して捕らえる一撃離脱方式、となればうちの庭が見えるような場所で、フラムちゃんの存在を視認できる場所に塒を作ってるはず。となればそんな離れた場所じゃない。せいぜい離れてても一キロメートルはないはず。
「行くよ、二人とも!」
「はい!」
「うん!」
突然のことに動揺しながらも、アタシたちは茶々が駆けていった方向目指して山に入る。これでも昔はこのあたりを庭がわりにしてたんだ、正真正銘の山ガールの実力、見せてあげようじゃないの。
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迂闊だった。ソウイチが注意するように話をしてくれていたのに、チャチャがいるからって油断してた。
まさか空から来るなんて思わなかった。しかもこいつは大きい、だからチャチャのことを恐怖に感じていなかったのかもしれない。これまでカラスという鳥がちょっかいを出してきたことはあったけど、いつもチャチャの姿を見ると逃げて行ったから安心しきってた。
見上げるとそいつは巨大な鳥だった。まだどこか幼さを残す顔つきは巣立ちして間もないのかもしれない。でなければチャチャのことを知らないはずがない。私をがっしりと掴む鋭い爪が障壁に食い込んでいるけど、突破することはできていない。咄嗟に障壁を張ることができたのは、常に自分を護る障壁の魔法を発動できる状態にしているおかげだ。ハツミとタケシが作ってくれた杖のおかげでそんなことも出来るようになった自分を褒めてやりたい。
さて、こいつはどこに私を連れていくんだろう。まだ若いから子供の餌という訳ではなさそうだし、となるとどこか落ち着ける場所まで行くつもりか。きっとチャチャが追いかけているはずだから、それまで私は防御に専念していればいい。
しかし見れば見るほど綺麗な鳥だ。極彩色には程遠い地味な色使いだけど、その模様がとても綺麗。きっと羽根を装飾品にしたら素晴らしいものが出来ると思うけど、それにはまず仕留めなきゃいけない。でもそれは今じゃない、今攻撃したら私を離してしまうだろう、いくら私でもこの高さから落ちた衝撃を障壁で防げるとは思えない。
たぶんこの鳥は猛禽と呼ばれる種類の鳥だろう。ソウイチから話を聞いた後、自分でもネットで調べてみたけど、とても貴重な鳥だという。そしてこの近辺では見られなくなったということも。私のことを獲物としか認識していないのは腹立たしいけど、この体格差からすれば当然のこと、私たちはこの国では弱い部類に入ってしまうのだから。
大丈夫、きっとチャチャが来てくれる。こいつをやっつけてくれる。チャチャの強さはこいつを遥かに上回る、だから私は心配してない。きっとシェリーたちも来てくれる、だってシェリーは親友だし、ハツミはとても心配症だからいてもたってもいられないと思う。付き合わされるタケシが気の毒だけど。
冒険者の頃は誰かが助けに来てくれることなんて有り得なかった。もし助けを求めても、やってくるのはずっと後。すぐに出発すれば間に合う場合でも、ギルドに依頼された冒険者は遅く来ることが多い。それはなぜか、死んだ冒険者の持ち物を自分のものにするため、そしてもし助ける者が女性だった場合……想像もしたくないことになる。幸いに私はそんなことにはならなかったけど。
だけど今は助けに来てくれる人がいる。何が何でも助け出そうと頑張ってくれる人がいる。だから私は全然不安じゃない。こうして私が無事でいれば、必ず助けの手が差し伸べられることを知ってるから、私の大切な家族が温かな手を差し伸べてくれると信じてるから。
読んでいただいてありがとうございます。




