4.鳥
「そういえばお兄ちゃん帰ってきた時険しい顔してなかった? 渡邊さんのところで嫌なことでも言われたの?」
宴会が終わった後、炬燵でくつろいでいた初美が不意に切り出してきた。出来るだけ心配かけないようにと気持ちを静めていたつもりだったが、どうやら顔に出ていたらしい。嫌なこと、といえば嫌なことではあるが、まだ不確定要素の多すぎる問題なのでここで話をするのは躊躇われたが、既に気付かれているのなら隠し立てしても意味を為さないだろう。初美の言葉に武君も体を乗り出してきたので、今朝聞いた話をそのまま伝えた。
「鳥ね……またドラゴンなのかな」
「でもゲートはフラムちゃんが結界を張ってるから通り抜けは難しいんじゃない?」
「でもさ、大きな鳥ってどんなのがいると思うの?」
「……アホウドリとか?」
「何言ってんのタケちゃん、アホウドリは海鳥の仲間だからこんな山奥になんて来ないわよ」
確かにアホウドリなら『でかい鳥』という表現があてはまるが、初美の言う通りアホウドリは海鳥だ。日本では小笠原あたりの南方の島々で繁殖が確認できているが、当然ながらこんな山奥に飛んでくるような鳥じゃない。そもそもあんな白くて目立つ鳥なら『白くてでかい鳥』と表現するはずだ。
「ソウイチ、何の話?」
「近所で『でかい鳥』をまた見たっていう話を聞いたんだよ。もしかして、と思ってな」
「ゲートの結界には何の反応もなかった。ここを何かが通ったという形跡はない」
「そうか……ところでシェリーはあんな隅のほうで何してるんだ?」
フラムが話に参加してきたので、ふとシェリーを探せば部屋の隅で壁のほうを向いて体育座りしている姿が目に入った。ちなみにもう振袖姿ではなく、フラムはジャージ、シェリーはセーターにロングスカートだ。それにしてもどうしてシェリーはあんな場所で壁ばかり見ているんだ?
「シェリーはさっきの『帯くるくる』を思い出して恥ずかしがってる」
「フラム! それは言わないで!」
どうやらさっきのアレが相当恥ずかしかったらしい、というよりも初美に動画を見せてもらってからか。さっきは本人もノリノリだったから、酔った勢いというやつなんだろう。たぶんこの様子だとしばらく酒を飲むことはないだろうが、とりあえず今はあの鳥の放についてだ。出来ることならシェリーの意見も聞いておきたいところだ。
「心配するなシェリー、すごく可愛かったぞ」
「え……そ、そうですか? それなら……」
そう言うと顔を赤らめながらやってきた。シェリーは気にしてるようだが、俺としては普段とは違う彼女の一面を見ることが出来て嬉しい限りだ。だが今は伏せておこう、話してる内容が決しておちゃらけていいものではないからな。
「シェリー、最近精霊が騒いだりしなかった?」
「え? そんなことは無かったと思うけど……」
「ドラゴン級の異質な存在であれば精霊たちが騒ぎ出すはず、それは存在の薄いこの世界の精霊でもかわらない。となれば新たな何かがやってきた可能性は低いと思う」
とりあえず俺が危惧していた最悪の状況にはなっていないようだ。最悪の状況というのはドラゴン級の力を持った何かが大挙してやってくること、そしてそれと同列に考えていたのが、ドラゴンが繁殖してしまうことだ。だが繁殖についてはあのドラゴンを倒した後で茶々に匂いをもとに探してもらっていた。幸いにも茶々がドラゴンの残滓を嗅ぎつけることはなかったので、その可能性はかなり低いものだと思ってはいたが。
となれば想定するのは鳥、しかし大きな鳥となればこの辺りに生息している可能性のある種類は限られる。オオワシ、イヌワシなどが挙げられるが、こんな人里に現れる鳥だとは思えない。そのくらい希少な鳥であれば、もっと周りが騒いでてもおかしくないはずだから。それに最近カラスが増えていると渡邊さんは言っていた。猛禽はカラスの天敵、もし本当にいるのならカラスも少なくなっているはずだが、どうやらその様子もないようだ。
「武君はドローン飛ばしてないよな?」
「先日の一件でカメラを外すために分解したままですよ」
「そうか……」
「茶々が飛んでるところを見られたんじゃないの?」
「茶々が飛んでるのはうちの山と畑周辺だろ? 見かけたのは支所のあたりらしいから違う」
茶々にはうちのまわり以外では飛ばないように強く言ってある。それをしっかり理解できてるらしく、うちのまわりでも滅多なことがなければ飛ばない。飛ぶことが出来るようになったとはいえ、まだまだ空は未知数の領域らしく、相変わらず見回りは地を歩いているらしい。いくら茶々でも空では匂いを判断することが出来ないからだろう。
ドラゴンでもない、かといって該当するような鳥もいない。未だイメージできない何者かが俺の不安を掻き立てる。そいつが一体何の目的で現れたのか、その理由が全くわからない。そもそも俺たちの考えていることがそいつに当てはまるかどうかすらわからないが、とにかく嫌な予感がする。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。何かあったら茶々がやっつけてくれるものね?」
「ワンッ!」
「ほら、茶々もこう言ってるし、あまり深く考えないほうがいいわよ?」
「あ、ああ……」
茶々は竜核を食べて確かに強くなった。だがそれでも敵わない存在がまだまだいるはずだ。もしそんな奴が現れたら、そしてシェリーとフラムに的を絞られたら、果たして俺は護りきれるだろうか。俺の銃の腕でそいつを仕留めることができるだろうか。めでたいはずの新年早々、俺の心にはどうしようもないわだかまりが残ってしまった。
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