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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
天空の狩猟者
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3.酒宴

「初美、こっちの器を持って行ってくれ。俺はまだ準備があるから、武君には先に始めてもらってていいぞ」

「うん、わかった。まだ時間かかるかな?」

「あと二品ってところだな」


 新年のあいさつを済ませた俺は台所で酒宴の準備に入る。酒宴といっても家族だけで来客がある訳でもない。ただおせち料理といくつかの料理を出して、皆で囲むだけのことだ。ただそれだけなのだが、例年と全く違う雰囲気に準備する手に力が入る。去年までは出来合いのおせちを買ってきて、一人酒をあおるという寂しいものだったが、こんなに楽しいものになるなんて全く嬉しい誤算だ。


「私にもお手伝いできることはありますか?」

「せっかく綺麗な着物を着てるんだ、楽にしててくれ」

「はい、じゃあお言葉に甘えますね」


 気を利かせて手伝いを申し出てくれたシェリーだが、正直言って綺麗な着物を汚したら可哀そうだし、何より大きな皿を持ってもらうのは危険なので丁重に断った。厳格な料理人のように、素人が厨房に入るなとかそういったものじゃない。そのあたりを理解してくれているようで、にっこり笑って居間へと消えていった。


 小さい頃にお袋の手伝いでおせち作りをさせられたおかげで、ある程度のものは自作できる。とはいえおせち料理には好き嫌いも多いので、好まれるようなものしか多めに作ってはいない。昆布巻きや田作りなどは……俺と武君の酒の肴だろうな。初美の好物は数の子、シェリーの好物は金団と伊達巻、フラムの好物は蒲鉾だ。茶々は……とりあえずササミジャーキーを多めにやろう。いつもは一日一枚と決めているが、今日は正月だしお年玉がわりということで。


 俺一人なら缶ビールあたりで済ますところだが、武君も初美もいるのでとっておきの日本酒を熱燗でいこう。シェリーたちにはちょっときついので、甘めの低アルコールの缶カクテルで我慢してもらおうか。昼間から酒をと苦言を呈されるかもしれないが、そこは今日がめでたい正月だということで勘弁してもらおう。




**********



「改めて、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「「「「「 お願いします 」」」」」

「ワン!」


 乾杯の音頭のかわりに再度年始の挨拶をして宴を始める。といってもいつもより少しばかり豪華な食卓に酒が並ぶだけのことだが、普段は飲まない初美も今日だけはグラスにビールを注いでいる。その変化が嬉しいのか、茶々も尻尾を振りながら皆のまわりを物欲しそうに歩いている。きっと狙いは伊達巻か金団あたりだろう。


「ソウイチさん、美味しいです」

「…………」


 俺たちが座る炬燵の天板に置かれた小さな炬燵に座りながら、皿に山のように盛られた金団に顔を綻ばせているシェリー。その向かい側では無言で紅白の蒲鉾と格闘しているフラム。そばには初美に注いでもらったであろうカクテルが入ったカップもあるので、しっかりと楽しんでくれているようだ。


「本当にシェリーは甘いものが好きなんだな」

「甘味はとても貴重ですから。ね、フラム?」

「甘いものも貴重だけど、このカマボコという食べ物はとても不思議。これが魚から作られているなんて信じられない。この調理法を持ち帰れば漁業界に革命が起きる」


 そんな大層なものかと言ったら、真剣な顔で怒られた。というのも彼女たちの知る限りでは魚の料理法はそんなに多くなく、せいぜい焼いたり煮たりする程度らしい。揚げ物は油が高価なので富裕層の食べ物になっているそうだ。


「調理法が少ないから大漁の時は大きく値崩れする。中には折角獲った魚を捨てる者もいる」

「保存食はないのか?」

「干し魚はあるけど匂いが強いからあまり好まれない。それに出来上がるまで時間がかかるから、その間に盗まれたり獣に食べられることが多い。でもこうした加工品の知識があれば……あの頃のようなことにはならない」

「あの頃?」

「昔依頼で漁村の魔物を討伐したとき、手に入る携帯食が干し魚ばかりだったんです。五日目にフラムが我慢できなくなって……大規模な魔法で魔物を吹き飛ばしたんですけど、漁村の船が何艘かダメになってしまって……」

「あれは干し魚しかないあの村がいけない。せめてこのカマボコくらいのものは作れるべき」


 思いもよらず二人の昔の話が聞けた。いつもはクールぶっているフラムが干し魚に癇癪を起こす姿は是非とも見てみたいものだが、かといって彼女の食事を干物ばかりにするつもりもない。そういったレアな表情も見たいが、一番見たいのは嬉しそうに、楽しそうに笑う顔だけだ。


 珍しくフラムが饒舌だと思ったら、二人のカップは既に空いていた。色白な二人の肌がほんのり赤く桜色になっているから、もう酔いが回っているのかもしれない。


「ソウイチさんはわらしたひをいつめとってくれるんれふか?」

「ソウイチ、わらしたちのじゅんびはもうできてる」


 二人の言葉が少々怪しくなってきた。間違いなく酔ってるな、これは。以前にシェリーに梅酒を飲ませた時もそうだったが、どうも二人は酒が入ると箍がはずれる傾向にあるらしい。助けを求めようと初美と武君のほうを見るが、二人は昨日の疲れが残っていたらしく二人寄り添って眠っていた。炬燵で眠ると風邪をひきやすいなどと考えている場合じゃない。何とかしなきゃいけないが、果たしてどうしたものか……


「ソウイチさん! おかわりをくらはい!」

「ソウイチ! もっとのまへて!」


 次第に目が据わってきた二人。これはあまり刺激しないほうがいいかもしれない、そう思いつつ二人のカップにカクテルを注いだ。若干水で薄めたのはほんの心ばかりの抵抗だったと言っておこう。




 そして数十分後……


「おしぇり、よいではないか、よいではないかー」

「あれー、おフラムさまー、ごかんべんをー」


 何故かフラムがシェリーの帯を持って引っ張っている。所謂『帯くるくる』というやつだろうか。だが二人とも、そんなものを一体どこで覚えたんだ? ていうか『おしぇり』に『おフラム様』というネーミングはどうなんだ? だがそんな俺の心配などどこ吹く風だと言わんばかりに、楽しそうな二人。


 よく考えてみれば、二人が一緒にこんなにはしゃぐ姿はあまり無かった。シェリーは外に出たがるタイプで、フラムは引き籠って研究に没頭するタイプ、正反対の二人がこうして楽しい時間を共有できているのだから、この時間は決して間違いではないだろう。ほどけた帯を巻きなおして、何度も同じことを繰り返す二人。


 そしてその様子を部屋の隅のほうから超望遠レンズカメラで狙っている初美。お前、いつのまに起きてきたんだ? 


「こんな楽しそうな姿、残さない訳にはいかないじゃない!」


 そう力説する初美の手には大量の記録媒体が。まさかお前、それを全部使い切るつもりじゃないだろうな? そしてその残した画像は変なことには使わないでくれよ? それから……俺にもコピーしておいてくれ。


 

読んでいただいてありがとうございます。

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