2.雅
「おかえりなさい、ソウイチさん。あけましておめでとうございます」
「おかえりソウイチ、あけおめ」
不安な気持ちを抱えたまま自宅に戻った俺を迎えてくれたのは、いつもと違う装いに身を包んだシェリーとフラムだった。二人とも慣れない格好のせいかどことなくぎこちなくもないが、若干照れの見える笑顔で迎えてくれた。
「ど、どうですか? 似合ってますか?」
「私のはどう? 似合ってる?」
「あ、ああ……」
「どう、お兄ちゃん? 年末から少しずつ準備してたんだ。自分で言うのもアレだけど、アタシの今までの中でもかなり上位に入る出来だと思うよ?」
二人が恥ずかし気にくるりと回って見せると、長い袖がふわりと舞う。金髪に青髪という日本人にはない特徴を持ちながらも、違和感を感じさせないのは二人をよく見ている初美の技術のおかげだろう。
「二人ともよく似合ってる、綺麗な振袖姿だ」
素直にそう言うと、二人は顔を赤らめながらも嬉しそうな笑顔を見せた。そう、二人は振袖姿で出迎えてくれた。シェリーはえんじ色の、フラムは藍色の小さな花の染め抜きを施された振袖に、所々に金糸が施された帯を締めている。たぶん襦袢や足袋も初美の手作りなんだろうが、よくこんな小さな足袋を作れたと感心する。
「着物は加賀友禅、帯は西陣織。薄い生地を作ってもらうのに苦労したけど、これなら文句ないでしょ?」
「はい、とても肌触りがいいです」
「こんな上質な布は王族でも持っていないかもしれない」
加賀友禅に西陣織……高級和服の代名詞のような名前が出てきたな。言われてみれば二人の着物は確かに生地が薄い。本来なら振袖の類は生地が厚くなるものだが、それだと二人には重すぎるし動きにくいことこの上ない。だからといって特注で作ってもらうなんて、一体いくら使ったんだか聞くのが怖い。
「こんな高級なものを……無駄遣いしたんじゃないだろうな?」
「アタシもとっくに成人してるんだし、お金の使い道は言われたくないわよ。まあこれは今後の作品のための資料扱いということで経費で落とすからいいのよ、着せ替え用の衣装として、本物の絹生地の和服を出してみようかって思ってたんだから。ね、タケちゃん?」
「うん、この出来なら大丈夫みたいだね。となると武器も和風のものが必要になるか……和弓とか薙刀なんていいかもしれないね。きっと常連さんが喜んで買ってくれるよ、夏の即売会に向けて作ってみようか」
初美と武君が仕事モードの顔になって細かいことを話し始めた。先日の即売会でシェリーとフラムをモデルにしたフィギュアが即完売したことで自信を持ったんだろう。二人が始めたビジネスなので詳しいことは関与しないことにしているが、価格を聞いて正直驚いたものだ。だがそれでも一人一体と限定しなければ全部買うくらいの勢いの客がいるらしい。ただ製作の手間とモデルの存在を秘匿するという特性上、あくまでも即売会のみの販売にするつもりらしいが。
「この髪飾りはタケシさんが作ってくれたんです」
「……お姫様になった気分」
シェリーは長い金髪を纏め上げ、赤い小さな花の細工のついたかんざしを挿している。フラムは綺麗な青い髪を邪魔しないエメラルドグリーンの花を模した髪留めだ。見れば見るほど二人の魅力的な部分を消さないように配慮された着物や小物に、初美と武君の思い入れが強く感じられる。
「初美も武君も、ここまでしてくれてありがとう」
「何言ってんのお兄ちゃん、二人はもう家族なんだよ? 家族のためなら平気よ」
「彼女たちのおかげで今の俺たちがあるんです、この程度どうってことないですよ」
二人はそう言うが、素人の俺でもここまでするのに大変手間がかかっていることはわかる。どうしてそこまで、なんてことは敢えて聞かない。今後のビジネスにつながるということもあるが、それ以前に家族のために何かをするということに深い理由なんて必要ないからだ。
「ほら、早く座って。お兄ちゃんが今の我が家の家長なんだから。家長がいなきゃ始まらないじゃない」
「ああ、わかったよ」
初美に促されて座ると、待ち構えていたかのように茶々がやってきた。茶々には珍しく首輪をつけているのでよく見てみると、シェリー達と同じデザインのオレンジっぽい色の飾りがついている。それを見せつけるようにお座りする茶々。
「茶々だって家族なんだから、おめかししないとね」
「ワン!」
「よく似合ってるぞ、良かったな、お揃いで」
「ワンッ!」
シェリーたちとお揃いということがとても嬉しいのか、ついに我慢できなくなった茶々が尻尾を振りながら走り回る。竜核を食べて超常の力を得た茶々ではあるが、こうしてはしゃぐ姿は以前と全く変わらない。いや、変わるはずがないのか、茶々が竜核を食べたのは大事な家族を護るためなのだから。その意思が変わらない限り、茶々はずっとこのままの茶々だ。
さて、正月早々不安なことも調べなきゃいけないこともあるが、まずやらなきゃいけないことがある。居住まいを正して改めて皆に向き合うと、小さく咳払いをしてから口を開く。
「皆、あけましておめでとうございます」
「「「「 おめでとうございます 」」」」
「ワン!」
俺のあいさつに皆が応える。色々なことがあった去年、果たして今のこの状況を思い描くことが出来ただろうか。きっと茶々と二人で静かな正月を迎えることになると思っていた、いや、そんなことすら考えられないくらい孤独に毒されていた。家族が増え、笑顔の絶えない団欒を迎えることが出来るなんて、もう絶対に無理だと諦めていただろう。
突然の出会いが繋いだ縁は俺たちの生活を変えてくれた。誰一人としてそれを嫌悪する者はなく、むしろそれを心地よいと感じている。その心地よい暮らしは日々を充実させ、さらに絆が深まっていく。きっとこれからも様々な出来事が起こるのは間違いないだろうが、家族で力を合わせていけば必ず乗り越えられるはずだ。これまで何度も乗り越えてきたように、これから先もずっと……
読んでいただいてありがとうございます。




