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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
平穏の冒険者
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10.朝日の誓い

「お兄ちゃん、そろそろじゃない?」

「ああ、準備を始めようか。今夜は晴れてるから大丈夫だろ。寒くないようにしておけよ?」


 今日はオオミソカという、巨人の国では特別な日らしい。もう時間は明け方近くだというのに、誰もベッドに入ろうとしない。聞けば今日だけは子供が夜更かししても大目に見てもらえる日のようだ。毎日がオオミソカなら私が夜更かししてもシェリーに怒られないのに……でも私は子供じゃないから関係ないか。


「シェリーちゃん、フラムちゃん、寒くない格好に着替えてきて。皆で出かけるわよ」

「え? これからですか?」

「うん、今夜は特別な夜だから」


 ハツミに言われるがままに防寒着に着替えると、もうソウイチもハツミもタケシも厚着をして待っていた。チャチャは皆で出かけるのが嬉しいのか、尻尾を振って待ってる。


「シェリーとフラムは……茶々に乗るか?」

「私はソウイチさんのポケットがいいです」

「シェリーがそういうのなら私もソウイチのポケットがいい」


 最近ソウイチに対して自己主張することが多くなったシェリー。親友としてそれはとても嬉しいことなんだけど、ソウイチのポケットは私も狙っていた特等席、シェリーに負けてはいられない。


「いいいじゃない、ほかに誰が来るわけでもないし」

「うーん……わかった。そのかわり誰か来たらすぐに隠れろよ」


 少し渋っていたソウイチだけど、ハツミの言葉にようやく了解してくれた。ナイスアシスト、ハツミ。

 でもこんな夜更けにどこに行くつもりなんだろう、ハツミは目的地を知ってるみたいだけど、タケシは知らないみたい。ソウイチの感じからするとそんなに遠くじゃないみたいだけど。


「お兄さん、いいんですか? 僕は部外者ですよ?」

「タケちゃん、アタシと一緒になるつもりなんでしょ? それならもう家族も同然じゃない。シェリーちゃんとフラムちゃんはお兄ちゃんの婚約者だからもう家族だし」

「ワン!」

「茶々もそうよ、ていうか茶々は去年も行ったんじゃないの?」


 どうやらこれから向かう場所はソウイチの家族じゃないと入っちゃいけない場所らしい。そこで何をするのかわからないけど、悪いことではなさそう。


「皆懐中電灯と水筒は持ったな? じゃあ行くぞ」


 そう言うとソウイチは館の裏手の山へと踏み込んだ。チャチャが異常がないかを警戒しながら先導して、枯草の多い道を上っていく。この先に何があるんだろう。


「ソウイチさん、これからどこに行くんですか?」

「我が家に伝わる儀式のようなものだよ」


 そう言うと力強い足取りで山道を進むソウイチ。チャチャが斥候役を務めてくれているので、問題なく進むことができる。儀式ということなら何となくだけど理解できる。今日はオオミソカという特別な日、巨人の国では一年が終わる日だ。ということは新たな一年が始まるということであり、そこに儀式的な何かがあってもおかしくない。


「もしかしてこれがハツモーデという儀式?」

「当たらずも遠からずってところだな」


 進み始めてどのくらい経っただろう、明かりがないから分からないけど、たぶん山頂らしいところに出た。というのも、今まで木々に邪魔されてよく見えなかった星空が空いっぱいに広がっていたから。周囲には私たち以外の人影はなく、ここがソウイチたちにとって特別な場所だということがわかった。


「皆は熱い飲み物でも飲んで休憩しててくれ、俺は掃除する」

「掃除……ですか?」

「ああ、ここは我が家に伝わる特別な場所なんだ。新しい年を迎えるために、いつもこの時に掃除するんだ」

「これは……神殿?」


 ソウイチがしゃがみこんだその先には小さな建物。ソウイチの腰にも満たないくらいの大きさで、かなり古ぼけているけどテレビで見た神社という建物によく似てる。ソウイチは布でその建物を綺麗に拭いている。


「ここは我が家に伝わる年神様の社だ、といっても俺たちは年神様なんて会ったこともないから本当にここにいるのかわからないけどな」

「……なんだか不思議な感じです。精霊のような気配も感じますし……」

「うん、どこか懐かしい雰囲気もある」


 どうしてだろう、この場所に来たのは初めてなのに、不思議と落ち着く。周囲に何もないからこそ、私たちのいた世界を思い出させるのかもしれない。ハツミが淹れてくれたお茶を飲みながら暖をとり、ソウイチの作業を見つめる。この作業は家長のソウイチにしかできないことらしい。


「お兄ちゃん、そろそろ夜明けだよ」

「ああ、わかった」


 ソウイチとハツミが並んで同じ方角を見る。そして私たちもそれに倣う。やがて空と山の境目が白みを帯び、赤く輝く太陽がゆっくりと顔を出し始めた。それを見てソウイチとハツミは両手を合わせて目を閉じたので、慌てて私たちもそれに倣う。


「毎年初日の出に向かってこうして願い事をするんだよ、一年間無事に過ごさせてくださってありがとうございます、今年も無事に過ごさせてくださいって感謝の気持ちを込めてな」


 ソウイチの隣で手を合わせてるハツミはちらちらとタケシのほうを見てるし、タケシもハツミのことを見てる。願い事っていうのはそういうことでもいいの?


「願い事は良い事に限るのよ。誰かを傷つけたいとか、誰かが妬ましいとか、そういう気持ちの願い事はダメなの」


 そういう願い事なら……私たちにも家族として願う権利があるのなら……私はこの家族と一緒にいつまでも暮らしていきたい、そしてソウイチと……


 そう願った時、ふとシェリーと目が合った。たぶん彼女も同じことを願っているに違いない、だって一緒に幸せになるって誓ったんだから。私を見て優しく微笑んだから、きっと同じことを願ってるはず。でもその微笑みに僅かに陰りがあるのはなぜ?


「フラム、もしかしてソウイチさんを独り占めしたいって願った?」

「シェリー……」


 シェリーの微笑みを邪魔していたのは……不安の心。もしかして自分はソウイチに愛されないんじゃないかっていう不安。最近でこそ自己主張するようになったけど、それでもまだ気持ちを表に出せないでいるシェリーの弱い心。未だ心の奥底に抱えてるシェリーの過去のトラウマ。だから私に向かってそういうことが言えるんだ。


 馬鹿にしないでほしい。あなたの親友はそこまで自分を過大評価していない。大事な親友に辛い思いをさせてまで、自分だけ幸せになろうなんてこれっぽっちも思わない。


「シェリー、私は一人でソウイチを幸せにできるなんて一度も思ったことはない。私にはソウイチが必要、でもそれと同時にシェリーも必要。ソウイチのことが大好きで堪らない、シェリーというエルフの存在が欠かせない」

「フラム……」

「私とシェリーは二人で一人、どちらかが欠けても成り立たない。私たちは二人でソウイチのことを愛し、そして幸せになると誓った。それはどんなことがあろうとも変わることはない。だから今ここで再び誓う、我が親友シェリーと共にソウイチを想う、と」


 未だソウイチには話せていないシェリーの過去。私は既に自分の種族も故郷も捨て去った、そうされても然るべきことをあいつらはしたから、だから私はあの時に生まれ変わった。でもシェリーは違う、その心の奥底には大きな優しさがある。そのせいでどれだけ裏切られ、傷ついたか私には想像もできない。それでもまだ……自分の種族のことを完全に捨て去ることが出来ていない。


 それをソウイチに知られたら……そんな漠然とした恐怖がいつまでも残っている。それは賢者と呼ばれるようになった私でも取り除くことができない。そのためには……シェリーの心を癒すソウイチという存在と、ソウイチのために自分のすべてを見せるというシェリーの覚悟が必要だ。だから……私はシェリーとともにソウイチの妻になることを選んだ。


 私と一緒ならできるかもしれない。私のことを真似て、自分を見せることが出来るかもしれない。そうすることで、ようやくシェリーは悲しい過去と決別して新しい生き方を選択できる。


 森を彷徨い、死を覚悟した私を助けてくれた親友、あなたがいなければ私はここにいなかったんだよ? あの時私を見捨てたところで、誰も責める者はいないはず、でもあなたはそうしなかった。私に居住の場所をくれて、誰かと一緒に暮らすという歓びを与えてくれた。そんな親友を差し置いて、私だけなんてありえない。あっていいはずがない。


「シェリー、いきなりは無理だということはわかってる。だから一緒に、少しずつ心を開いていけばいい。私たちの愛した男はあなたのことを受け止めきれない弱い男じゃないはず」

「うん……うん……そうよね」

「ならシェリーも誓うがいい、私たちはいつでも、いつまでも一緒にいると。ソウイチと共に幸せになると」

「うん……なる……絶対に……なる……」


 ミルキアでの一件がシェリーの過去の傷を開かせたのは間違いない。でももうここにはシェリーの傷口を開く者はいない、ならば後はその傷を癒すだけ、そしてここにはその環境があるのだから。だから……


「お願いだよ、シェリー、もう一人で抱え込んだりしないで。あなたが苦しいと……私も苦しい」

「うん……ごめんね、フラム……ごめんね……」


 昇る朝日に輝くシェリーの涙。でもその顔は笑顔のままで、先ほどまでの陰りは小さくなっていた。いきなり過去全部を消すなんてことはできないし、そもそも消せるかどうかすら怪しい。でも、嬉しい思い出で塗り固めることはできるはず、死ぬまで絶対に思い出さないように、楽しい思い出で覆いつくしてしまうことはできるはず。だって冒険者だった頃の思い出を作っていた頃は、昔のことなんて思い出すことはなかったから。


 大丈夫、ここなら、この優しい人たちとなら絶対にできるよ。冒険者時代にも、森にいた時代にも私はシェリーのはにかんだ笑顔なんて見たことなかったんだから。たくさんの嬉しい事、楽しい事で自分の心をいっぱいにして、そしてその気持ちをソウイチにもわけてあげよう。私たちは今こんなに幸せなんだよ、だからソウイチにも幸せになってほしいって。そして一緒に幸せになろうって……

閑話を挟んで次章です。


読んでいただいてありがとうございます。

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