9.戦果
いつもより静かな夕食を終えて、食後のまったりとした時間を楽しんでいると、庭先から大型バイクの重低音のエンジン音が聞こえてきた。茶々がそれに反応して尻尾を振りながら玄関まで出迎えに行く。たぶん初美と武君だろうが、もしそこに部外者がいた場合は激しく吠えてくれるはずで、それが聞こえたら二人を隠せばいい。
「茶々、ただいまー」
「ただいま戻りました」
尻尾を振って喜びを露わにする茶々に先導されて、いくつもの紙袋の入った段ボール箱を抱えた初美と武君が入ってきた。てっきり即売会の後打ち上げに参加してくるものだと思っていたが、まさかその日のうちに帰ってくるとは思わなかった。即売会が終わるのが夕方だとしても、ほぼノンストップで戻ってきたということか?
「あー疲れた」
「お前は一緒に乗ってただけだろ、疲れたのは運転してた武君だ。ずっと一般道で来たんだろ?」
「いえ、側車つけたんで規制の対象外ですから高速道路できました。後部シートには荷物を括りつけてきたんで」
若干疲労の色が見える武君とは裏腹に、疲れたと言ってはいるが疲労の色がほとんど見えない初美。とりあえず武君には風呂に浸かって休んでもらうとしようか。初美のほうは……それどころじゃなさそうだな。
「ハツミ! 頼んでたものは買えた?」
「もちろんよ! ぬかりはないわ!」
フラムが興奮して初美のそばに駆け寄ると、初美は勢いよく段ボール箱の中身をぶちまけた。箱から出てきたのは妙に薄い本、フラムはそれを見て喜びはしゃいでいる。
「ありがとうハツミ! 私の狙ってたサークルの新刊が全部ある!」
「意外と他のサークル見て回る時間があったからね、受付をタケちゃんに任せてアタシは……ハンティングよ!」
「やっぱりハツミは頼れる女!」
妙な熱気に包まれて盛り上がる二人。シェリーなんて口を開けてぽかんとしている。俺はまぁ……初美が高校生の頃にも同じようなことをしていたので免疫がある、とはいってもあの頃は両腕にいっぱいの紙袋だったが。
「これ……全部フラムが頼んだの?」
「そう、本当は最終日のものも欲しかったけど、そこはハツミが頑張ってくれた」
「大概は顔見知りのサークルだったし、付き合いなくても伝手はいくらでもあるからさ。後で送ってくれるって」
「やった! これで勝つる!」
フラムは自分のモデル代のほとんどをつぎ込んだらしい。まぁ彼女にしてみればバイト代をもらったところではっきりとした使い道がある訳でもないし、自分の趣味に使うのも有りだと思う。最終日という言葉の意味がよくわからないが、直感的に追及してはいけないような気がする。
「お兄ちゃん、お腹すいた! 何か食べるものある?」
「食べてこなかったのかよ」
「トイレ休憩以外は走りっぱなしだったからね、食べてる暇なんかなかったわよ」
初美はそう言うが、その煽りをまともに喰らってるのは武君だろう。風呂上りに冷たいビールでも出して労ってあげないといけない。まずは……そのツマミと初美の夕食を作るとするか……
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「でさ、うちのフィギュアは数分で完売しちゃったのよ。基本完全手作りだし、そんなに数は用意してなかったんだけど嬉しい誤算ってところかな。ある程度の予約は受け付けたから、しばらくはそっちにかかりきりになると思う」
初美と武君の合同サークルはほとんど事前の情報を出していないにもかかわらず、かなりの盛況だったらしい。武君のサークルは以前から小物の精巧さで有名だったそうだし、初美の作るフィギュアもファンが多かったと聞く。その二人が合同で作った「オプション装備キット付きフィギュア」は開始直後から客が殺到する勢いだったそうだ。金額は……俺には人形一体にそこまで出すかという価格だったが、ファンにとっては是非とも手に入れたいものなんだろう。
「一番人気は……シェリーちゃんがモデルになったエルフの女戦士のフィギュア! フラムちゃんモデルの魔導士の女の子フィギュアは惜しくも二位! でも二人のフィギュアは真っ先に売り切れたから、二人とも自信持っていいわよ」
「くっ……やはり胸の差か……」
「人形なんだから、それは関係ないんじゃ……」
「いいところに目をつけたわね、フラムちゃん。一般的に私たちの間ではエルフはスレンダーだっていう認識があるんだけど、そこにきてアンバランスな巨乳エルフ! 目を引かないはずがないじゃない!」
「ハツミさんまで……」
夕食の残り物で適当に作ったチャーハンをぱくつきながら、今日の様子を語る初美。フラムはもちろん興味津々で聞いていたが、シェリーも自分がモデルになったフィギュアが売れたということに満更でもないようだ。
「装備の取り外しも自由で、ポーズも好きに変えられる。さらに武器類のほかに着せ替え用の服もセットでとなれば、欲しがる人も多いですから。もともと初美ちゃんのフィギュアの完成度は知られてましたし、全部手作りというのもマニア心をくすぐるんでしょう」
二本目の缶ビールを開けながら、感慨深そうに話す武君。二人の合同作は以前から考えていたことらしいが、初美の元カレの存在があったので遠慮していたらしい。当時から武君の小物のファンからは合同作の希望があったらしく、初美も自分のフィギュアに武君の小物を合わせていた時期があったそうだから、こうなるのは必然といえば必然だったんだろう。
今回の成功で確かな手ごたえをつかんだらしく、初美はデザイナーの仕事を少しセーブしてフィギュアのほうにも力を入れる方向のようだ。初美宛に来たデザインの仕事は、会社が潰れたのを契機に独立した後輩たちを紹介するつもりのようだ。
「アタシから見ても実力のある後輩たちだから、安心して任せられるわよ。でも嬉しかったな、みんなシェリーちゃんとフラムちゃんのフィギュアを買っていくんだから。よくここまでエルフや魔族を表現できましたねって言われたんだけど、当然よね。だってこんなに間近にモデルがいるんだから」
空想上のものを作ったのならともかく、こうして本物を見てるんだから反則じゃないかと思える部分もなくはないが、あくまでも同人サークルだからそこは大目に見てもらいたいものだ。これが金型まで作って大量生産となれば違うんだろうが、幸いにもそこまでのことは全く考えてないようだし。
「機械で大量生産なんて、モデルになってくれたシェリーちゃんとフラムちゃんに失礼でしょ。きちんと丁寧に仕上げるのは作り手の誇りでもあるし」
「僕たちが相手にしているのは、手作りの良さをよく理解してくれている人たちだけですよ。大量生産のものを売るつもりはないですから」
真面目な顔でそう言う二人。お互いがそれぞれ理解しあい、その結果生み出されたものを客も理解して買う。決して大量生産は望めないけど、そのぶん一体にこめられた思いを感じ取ってくれる、とても理想的な関係だと思う。
「それにさ、今後は着せ替えキットも種類を増やしていくし、これからの展開もきちんと考えてるわよ」
「僕のほうの小物も、実際に使って意見を出してくれる協力者がいますからね、これからもどんどん作っていきますよ」
「えへへへ……」
初美と武君に褒められて嬉しそうなフラムが喜びを噛みしめるように笑う。だがそこにシェリーの姿はない。一体どこに行ったのかと恩えば、初美が持ち帰った戦利品の山の片隅で、一冊の本を食い入るように眺めていた。何がそこまで彼女を引き付けるのだろうか……
「ああ、あれはエルフの女の子と人間の男の子のラブストーリー漫画ね。種族の違うどうしの禁断の恋、だって」
「シェリーが好きだろうと思って買ってきてもらったけど、とても気に入ったらしい」
初美とフラムの声も耳に入らないのか、顔を耳まで真っ赤にしたシェリーが本を見つめていた。時折「うわぁ」とか「素敵」とか「え? 何? 何するの?」とか聞こえてくるが、あくまでも健全なラブストーリーものだと信じたい。まさかフラムのように海外アダルトサイトを閲覧しまくるようなシェリーにはならないだろうとは思いながらも、少し不安になってしまう夜だった。
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