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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
平穏の冒険者
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8、何気ない朝

 カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しの眩しさで目が覚める。ふかふかのベッドから身を起こして部屋を出ると、すぐにチャチャさんがそばに来てくれる。


「クーン」

「おはようございます、チャチャさん」

「ワン!」


 部屋を出るといつもとは違う寒さに驚いた。いつもならハツミさんがいるから部屋が暖かいけど、昨日からお出かけしてるんだった。慌てて部屋に戻って寝間着から着替えると、チャチャさんが背中に乗せてくれた。とっても温かくてまた眠りたくなっちゃうけど、そこはじっと我慢。


「フラム、朝食はどうするの?」

「……いらない、もう少し寝る」


 フラムの部屋に声をかけると、中から小さく恨めしそうな声が聞こえてきた。今までも部屋は暖かかったけど、タケシさんが暖かくなる道具を用意してくれたのでもっと暖かくなった。フラムがベッドから出たくない気持ちはわかるんだけど、ずっと甘えてばかりじゃダメよね。ソウイチさんは怒らないと思うけど、だからってだらけていいはずがないもの。


 チャチャさんの背中で揺られながら居間へと向かうと、ソウイチさんが朝食の支度をしてくれてるところだった。メニューはいつもの真っ白いパンに美味しい塩漬け肉、そしてフルーツは私の大好きなイチゴ。ソウイチさんが丹精込めて作ってくれた、とても甘くて美味しいイチゴ。ソウイチさんはいつも同じメニューで飽きないかって聞くけど、こんな美味しい食事を食べられるだけでも幸せなのに、巨人の国ってとても裕福だっていつも思う。


 実は、ソウイチさんたちが食べてるコメがちょっとだけ苦手だったりする。確かに美味しいんだけど、一粒が大きくて食べづらく思っちゃう。麦っぽいけど違う独特な食べ物で、モチの元になるものと同じように見えるけど、少し違うみたい。もっと私たちの身体が大きかったら、それこそソウイチさんたちと同じくらいになれたら美味しく感じられるのかな?


「おはよう、シェリー。朝食出来てるぞ」

「おはようございます、ソウイチさん。いつもありがとうございます」


 毎日朝食を食べられるなんて、冒険者時代でも依頼を受けているときはなかなかできなかったし、森にいたころは数日何も食べられないこともあった。毎日美味しい食事を摂れて、暖かい部屋に上質のベッド、つくづく今私がいる環境が素晴らしいものだって思う。


 確かに危険なこともあるけど、それ以上に優しい人たちが護ってくれる。ハツミさん、タケシさん、そしてチャチャさんとソウイチさん。皆それぞれ違う方面で私たちのことを護ってくれる、家族として優しく護ってくれる、私にはそれがとても嬉しい。


「ハツミさんはタケシさんとお出かけなんですよね?」

「ああ、毎年恒例の即売会らしい」

「ソクバイカイ、ですか?」

「ま、色々と持ち寄って売る市場みたいなもんだな。規模は市場どころじゃないが」


 ハツミさんは昨日からタケシさんと一緒にお出かけ。きっと楽しいですよって言ったら『楽しいなんて暢気なこと言ってられないのよ! 開始早々戦場になるんだから!」って真顔で言われてちょっと怖かった。でもフラムは初美さんの言ってる意味がわかるらしくて、色々と話をしてたみたい。本当は一緒に行きたそうな顔をしてたけど、私たちが他の巨人に見つかったら危険だからって渋々あきらめてた。


「もう今年もあと少しだし、ゆっくりしようか」

「はい」

「ワン!」

「おう、茶々も一緒にな」


 私たち専用のコタツに足を入れれば、私が来ることを見越していたかのように温めてあった。そしていつものように朝食が出される。朝早く起きる私だけが味わえる至福の時間、大好きなソウイチさんと一緒に朝食をとるという歓び。フラムも早起きすればいいのにって最初は思ってたけど、こうして二人きりの時間を味わえるならもう少し遅くまで眠っててもらってもいいかな。



**********



 朝食をとって、二人でテレビを見ながらまったりとした時間を味わう。画面の向こう側ではたくさんの巨人たちが忙しそうに動いてて、まるで別世界の光景を見てるみたいで実感がない。だってここはこんなにものんびりした時間が流れてるのに、画面の巨人たちは何かに追われるかのようだ。


「!」


 突然チャチャさんが起き上がると、部屋を出て行った。何をしにいったのかを考えるよりも早く、寝間着姿のフラムを背中に乗せて戻ってきた。彼女が目を覚ましたのに気づいて迎えにいってくれたんだ。私たちに万が一のことがないように、寒くないようにっていうチャチャさんの配慮がとても嬉しい。


「シェリー、ずるい。ソウイチと二人きり。何か嫌な予感がしたと思ったらこれだった」

「ならあなたも早起きすればいいじゃない」

「それはとても困難な試練、暖かい部屋とベッドの誘惑には抗えない」

「とにかく早くコタツに入れ、寒いだろ」

「うん」


 フラムがコタツに入ると、ソウイチさんがフラムのための朝食を用意してくれる。パンと塩漬け肉は私と一緒だけど、違うのはフルーツと一緒に小さなカップが用意されているところ。最近になってフラムがソウイチさんに頼むようになったもの。


「これでいずれシェリーに追いつく」

「何を言ってるの? ミルク飲んでるだけじゃないの」

「私の調べた情報では巨人の国ではミルクが女性の胸部の発育に効果があるという民間伝承があるらしい。これでいずれ私も……」

「……変な目で見ないでよ」


 フラムの視線が私の胸に刺さる。私だって好きで大きくなったわけじゃないんだからね。以前はちょうどいい服を探すのにとっても苦労したし、きちんと布で締め付けないと激しい動きもできなかったし。でも……今では違うけどね。ハツミさんが作ってくれた服のおかげで身体の負担は軽いし、何よりいろんな服を選べるっていうのがとても嬉しい。おしゃれなんて貴族様のたしなみくらいにしか思ってなかったけど、とっても楽しい。服を着て綺麗になった自分を……見てもらうのがとても嬉しい。


「……私ももうすぐシェリーと同じくらいの大きさになる。そうすればソウイチだってきっと喜ぶ」

「何を言ってるのよ、朝から」


 チャチャさんの食事の準備をしているソウイチさんの背中を見ながら、そんな他愛もない話にふけりつつ朝食をとる。フラムと二人で好きな人のことを話す日が来るなんて、全く想定してない未来だった。私たちは同じ境遇の者どうし、他者に受け入れられることはないと思ってた、それが同じ人を好きになって、その人のことを想って心弾ませて、その人の優しさと温かさに包まれて、味わったことのない幸せを感じてる。


「でも……どうなのかしら……」


 思わず口からこぼれた疑問、それはずっと考えないようにしていたけど、いずれ必ず突き当たる問題。今の私たちではどうすることもできない、あまりにも大きすぎる問題。


「大丈夫、私たちはきっと乗り越えられる」

「フラム……」

「今はわからないかもしれないけど、いずれ必ず見つけてみせる。だから待ってて、一緒に幸せになるって約束したんだから」

「そう……そうよね」


 私たちとソウイチさんとの間には、必ず乗り越えなければいけない問題がある。たぶんそれがあるうちは私たちの仲が進展するのは難しいと思う。でもそれでもいいじゃない、こうしてフラムが頑張ってくれて、私がソウイチさんたちのお手伝いをして、そうやって少しずつ重ねていけばいいんだから。そしていつか、私たちのすべてを受け止めてもらえるその日のために……


「いけない、ハツミにシェリーより大きなサイズの胸当てを頼んでおかないと」


 うん、台無しだよフラム。でも……ソウイチさんが喜んでくれるなら、私もミルク飲んでみようかな……


 

読んでいただいてありがとうございます。

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