6.正月支度
畑のほうもハウスのほうもひと段落ついた師走のとある日、コートを着て茶々と共に縁側に座るシェリーとフラムの視線を受けながら、正月用のしめ飾りを作っている。一般的には購入するが、我が家では代々自作のものを使っている。なんでもうちの山ははるか昔は信仰の対象だったらしく、その影響らしい。といっても現在では集落でもその話を知っている人は少なく、ほぼうちだけで言い伝えてるものらしいが。
俺も初美も小さいころはいつも手伝わされていて、作り方はしっかりと体に染みついている。とはいえ一般的に知られる竹と松を使ったものではなく、うちは竹は使わない。山に入って松の若枝を採ってきて、それにしめ飾りをつけて門柱に飾るというもので、先祖代々このやり方らしい。
「その枝を採るために昨日山に入ったんですね」
「ああ、もうそろそろだと思ってな」
山から松を採ってくることをお「松迎え」というが、十二月十三日に行うのが正式なきまりらしいが、それ以降でも構わないとされている。こうして山から年神様をお迎えするという訳だ。そして松飾りをつけるのは十三日以降で末尾に九のつく日と大晦日以外と決まられている。だがそれも語呂合わせのようなもので、九は苦につながるのと、大晦日は一夜飾りといって年神様への不敬にあたるとされている。
「なるほど、この枝を取り込むことで神の祝福を得たと見做している。土着の信仰の一種」
「ああ、新しい年を迎えるにあたって、毎年新しいものを飾るんだよ」
「古いものはどうするんですか?」
「近くの神社で『お焚き上げ』してもらうんだ。燃やすことで神様に天にお帰りいただくんだ」
「神社……神殿のようなものですね」
「この世界の神を祀る神殿……興味深い」
さっきから松の枝ぶりを整えたり、しめ飾り用の藁を整えたりと地味な作業が続いているので飽きられるかと思ったが、意外にも二人は俺の作業を食い入るように見ていた。俺や初美は半ば強制的に見せられていたので全く面白いとは感じなかったが、考え方の違いによるものだろうか。
「こんな作業見てて面白いか?」
「その地域地域の信仰は大事ですから」
「冒険者のころは信仰を理解しなくて危険な目に遭ったこともある。フロックスの神獣崇拝もその一種、土着の信仰は知っておいて損はない」
俺たちが旅行をするのとはレベルが違うということか。迂闊な行動は自分たちの身を危険に晒すことにつながるので、彼女たちはこういった情報も大事にしているのかもしれない。この地域では聞かないが日本でも各地に土着信仰が残っている場所もあるし、明治時代あたりはその信仰によって凄惨な事件が起こることもあったと聞く。今でこそネットも繋がるしグローバルだなんだと開かれてはいるが、閉鎖的な環境が起こす予想外の出来事はかつての日本ではどこにでもあったことだ。
「よし、あとはこれを飾るだけだ」
親父や爺さんに比べればはるかに粗雑なつくりではあるが、そこは大目に見てほしい。こういう細かい作業は初美や武君のほうが向いているんだろうが、この作業は家長が行うものと我が家では決められている。年神様に来ていただくのに家長が関わらないのは不敬極まりないという考え方だが、それは俺も同意する。大事な家を、家族を見守ってもらうのにその家の代表者がいないのはあまりにも礼を失している。
まだ本格的に作り始めて数年、最初の頃はあまりにもみすぼらしくて飾るのが恥ずかしかったが、年々上達していくのが実感できる。そして何より、これからは年神様に護ってもらう家族が増えるんだ、必然的に作る手にも気合が入るというものだ。もしかすると今年起こった様々な危機を何とか対処できたのは、こうした信仰を途絶えさせなかったことがあるのかもしれない。
「素晴らしい魔除けですね」
「これならどんな邪な存在も恐れて逃げる」
「……一応、福を呼び込む飾りなんだがな」
二人の言葉は賛辞の延長線上にあるものだと信じたい。あるいは美的感覚の大きな相違、価値観の乖離だと信じたい。俺は決して魔除けのつもりで作ってはいないし、大体フラム、あれはそんなに恐ろしいものに見えるのか? ただの松の枝に藁縄をつけただけのものだろう?
「このトゲトゲした葉は魔除けに相応しい。何者をも近づけないという意思を感じる」
「こんな鋭い歯を持つ木は見たことありません」
なるほど、そういうことか。針葉樹を見たことがないのならその反応も致し方ないと言えるだろう。となれば節分の時に飾る柊も理解できない木になるのか? イワシの頭を飾るのも理解されなさそうだ。
「でもうちにはチャチャがいる、チャチャならどんな外敵からも護ってくれる」
「そうですよ、チャチャさんはすごいんですから」
「ワン!」
自分が褒められてることを認識した茶々が一声吠える。あの一件以降、茶々が我が家の近辺を見回る頻度が高くなり、それに伴い以前は我が家の近くで見受けられたイタチやタヌキ、野良アライグマの姿が見られなくなった。冬になり食べ物が少なくなって民家付近に出没しはじめるということを失念した茶々が徹底的に追い払っているんだろう。今の茶々ならどんな奴が近づいても十分威嚇だけで追い払えるはずだ。
自分が頼られている嬉しさを我慢できないとばかりに尻尾を振って喜ぶ茶々。こうして見ているとただの体格の大きいポメラニアンにしか見えないが、シェリーやフラムにとってはまさしく守護獣なんだろう。いや、『次郎』を相手にした時は俺を護ってくれたし、常に俺の畑を、佐倉家所有の山を護ってくれている。とても頼りがいのある家族だ。
きっと茶々にとってはシェリーとフラムは自分の子供、いや茶々に出産も交尾も経験ないから妹のように思ってるのだろう。もしかして俺のことも弟だと思ってるんじゃないかと不安になってくる。二人の話ではカルアが茶々の言葉が若干理解できるらしいが、あの時にそういうことを聞かれなくてよかった。もし弟扱いされていたと知ったら立ち直れないぞ……
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