5.イチゴ
「よしよし、順調だな。この様子だと直売所の初荷にも出してもいいかもしれない」
ビニールハウスの中で着々と赤く色づきはじめてるイチゴの苗たちを見て、思わず顔がほころぶ。せっかく親父が残してくれたハウスを育苗だけに使うのはもったいないと始めたイチゴ栽培、試行錯誤の甲斐あっていまでは数種類の品種を実験的に育てるまでになった。
「これが夏に生まれたイチゴの赤ちゃんたちなんですね」
「この栽培方法は非常に興味深い」
シェリーとフラムはずらっと並んだイチゴの旺盛な姿を見て感慨深げだ。今育てているのは一季成りのイチゴ、つまり一年に一度実をつけるイチゴである。一般的に流通しているイチゴはほぼこの一季成りで、自然界では春に開花、結実する。しかし今はもう師走に入った頃、なぜこんな時期にイチゴが実をつけるのか。
「暖かくしただけじゃダメなんですね」
「植物のことを理解しているからできる方法」
いくらビニールハウスでも、簡単に育つものと育たないものがある。イチゴは簡単じゃないものにはっきりと分類される。もちろん通年で開花、結実する四季成りという品種もあり、シェリーたちが喜んで食べているイチゴはそちらのほうだ。
一季成りのイチゴは寒さに当たったり、栄養状態が不足したりすると新しい芽を出す準備をする。現在のイチゴは種から育てるのではなく、ランナーと呼ばれる新しい芽を移植することで増やすが、そのままでは春からの期間しか収穫できない。
そこで俺が選んだ方法は、今年の夏前に分化したランナーを別鉢に取り、わざと肥料を与えないで飢餓状態にした苗を秋にハウスに移植するという方法だ。他にも新しいやりかたとして大きな冷蔵庫で冷やす方法もあるが、大型の冷蔵倉庫が準備できないので仕方ない。だが目の前のイチゴの様子を見れば、うまくいったと自信を持ってもいいだろう。
「あ、あの……これ本当に食べていいんですか?」
「ああ、そのために連れてきたんだからな」
「この試食が今後の方針を決める、とても重要な試食」
一般的に知られる品種のものばかりだが、奮発して入手してよかった。色々と試したことがうまくいってくれたおかげで、赤く色づいているイチゴは皆大粒だ。イチゴというのは大粒のほうが甘くて美味しい。果たしてこのイチゴの味はいかがなものか……
「すごく甘いです! いつものも甘くて美味しいんですけど、これは全く違います!」
「この味は素晴らしい。こんなものを味わえる私たちは幸せ」
イチゴ好きのシェリーはもちろん、いつもは冷静なフラムでさえ興奮を隠しきれない。試しに俺も食べてみると確かに甘い。手前味噌ではあるが、高級フルーツ店でも十分通用する味だ。これなら限定品として直売所に少量出せるかもしれない。
何故こんなに順調なのに少量しか出さないのか、それはこのイチゴを育成するにあたって、特殊な肥料を使ったからだ。特殊も特殊、おそらく俺たちにしか絶対に手に入らない特殊な肥料が。そしてその功労者に一番の味見をさせるために連れてきたということだ。
「こんなに効果が出るなんて……」
「やはりドラゴン、あらゆる面で研究されていないことがたくさんある。その僅かでも紐解けたことはとても嬉しい」
事の発端はドラゴンを倒した後、ミヤマさんを失ったフラムがドラゴンの血を持ち出してそこいらのクワガタにかけようとした、いや、かけたことが始まりだった。結果は惨憺たるもので、一匹としてミヤマさんやカブトさんのように大きくならず、当然知能も低く、うっかり触ろうとしたフラムが挟まれかけるという事故まで起こった。
そもそも成虫にかけたところで変化が望めるとは思えなかったし、幼虫がどういうものを摂取したかを再確認して出た結論。
【ドラゴンの血肉が微生物に分解されて、成長を促進させる何らかの物質が残った】という可能性だ。カブトさんたちはドラゴンの血液が染み込んだ腐葉土を、ミヤマさんは血液が染み込んだ朽木を食べた結果じゃないかという推測はもう立っているので、その可能性が非常に高い。だが迂闊に昆虫類で試すとあのスズメバチのようになってしまう可能性がある。なので実験としてここのイチゴにドラゴンを使った肥料を与えてみた。
といっても複雑なことは何もしていない。バケツに水を溜めてドラゴンの骨を放り込んで数日放置したものを堆肥に混ぜて使っただけだ。血液直接だと強すぎる可能性があるので、できるだけ希釈したものを使ってみたんだが、その結果は上々のようだ。
「ドラゴンの骨は長持ちする。まだドラゴンの魔力は減衰していない。きっと百年くらいは大丈夫」
とのフラムの話なのでこの調子でいけば自宅消費用の他の作物にも使えるんじゃないかと思う。流石に育苗には使うわけにはいかない。うちで育苗しているうちはいいが、出荷すれば潅水はただの水だ、その変化で枯れるかもしれないからな。味のほうは……最近フルーツの味に厳しくなりつつあるシェリーの満足げな表情を見れば間違いはないだろう。
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「お兄さん、このイチゴ美味いですね! これは都内の高級フルーツ店でも十分、いや間違いなく通用しますよ!」
「タケちゃんこんないかつい顔してイチゴ大好きなのよ。でも美味しいもの食べなれてるタケちゃんがここまで言うんだから本物だと思うわよ、確かに甘さも強いけど、しっかりとイチゴらしい酸味も残してるしね。これって品種は〇〇〇〇でしょ?」
「ああ、それと×××××、それからそっちのは△△と□□だな」
持ち帰ったイチゴを初美と武君にも試食してもらったが、反応はこちらが予想していたものよりずっと良かった。品種としては広く知られたものばかり、だが味は数段上。間違いなくドラゴンの力が良い方向に出てるんだが……
「これは出荷できないな……初荷に出そうとしたが、やめておこう」
「そうですね、これはちょっと……」
「えー? こんなに美味しいのに?」
初美は意外そうな顔をしているが、俺と武君の意見は一致していた。確かに美味い、それは間違いない事実なんだが、売り物にするとなればそれだけでは済まされない。有機農法を謳うには、過去にさかのぼって化学肥料や農薬の類を使っていないことを証明する必要があるし、減農薬でもどんな薬品を使ったかはわかるようにしておかなければならない。はっきりと生産者の名前を出して。
「まさかドラゴンの骨のエキスを使いましたなんて誰が言えるか」
「あ……そうか」
うちの家族はフラムの分析の結果、問題がないことは知っている。だがそもそも存在しないはずの生き物のことを持ち出したところで誰が理解するのか。そんなものを公に流通させることの危険性は昨今の生産者にとって死活問題に繋がる。怪しげなものを使ったことが知られれば、影響は俺だけに留まらないかもしれない。初美の仕事にも影響が及ぶことだけは何としても避けたい。それは兄として何としても避けなければ。
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