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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
炎の守護者
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12.神獣の加護

 チワワ(フェンリル)と茶々の戦いは茶々の圧勝で決着した。どうなるかと思ったけど、モニターに映るチワワ(フェンリル)の姿を見て少し引いちゃった。だって自分が漏らしたオシッコやウンチに塗れて逃げていく姿がとても哀れでさ、シェリーちゃんを食べようとしたんだからこのくらいは当然といえば当然なんだけど、まあとにかくシェリーちゃんを無事に助け出せてよかった。


 と思ったらもっと面倒なことが待ってた。それは今までチワワ(フェンリル)を神獣と崇めてた人たちの処遇について。アタシ達とすればそんな面倒なことは放っておいて、早く帰ってきてもらいたいんだけど、そう簡単にはいかなかった。


「神獣様! 神獣様!」

「あなた達、その態度はあんまりじゃありませんの?」

「あの獣は神獣の名を騙った偽物だったんだ! 我々は騙されていたんだ!」

「そんな言い訳が通用するとお思いですの?」


 今までチワワ(フェンリル)を神獣と崇めてた人たちが揃いも揃って手のひら返しした。そもそもあんなチワワ(フェンリル)を崇めてた時点でどうかと思うけど、今度は茶々を神獣だって言い始めた。シェリーちゃんにした仕打ちといい、ちょっと腹に据えかねたよ。腰を抜かしたり漏らしたりしてる姿を見て可哀そうに思った自分がバカみたい。


 しかもカルアちゃんに反抗したことを棚に上げて、だよ。領主の娘さんを敵に回してただで済むと思ってんのかな? そこが一番面倒くさいことになったんだけどね。


「お前たち、覚悟はできてるのか?」

「やめてフラム! 彼らはフェンリルに騙されていただけですわ!」


 勝手な言い分に腹を立てたフラムちゃんが住人達を断罪しようとすると、カルアちゃんが護ろうとする。だけど住人たちはカルアちゃんの思いなんて関係ないとばかりに茶々に縋りつこうとする。困る茶々、そしてシェリーちゃん。状況は混乱しきって収拾がつくかすらわからない。


「……もう放っておいていいんじゃないか? これ以上面倒事に巻き込まれるのはゴメンだぞ?」


 お兄ちゃんはそう言うけど、それは私だって思ってる。すぐにでもみんなに帰ってきてほしい、無事な顔を直接見せてほしいって。正直に言えば彼らはアタシらとは無関係、どうなろうと知ったこっちゃない。確かにそうなんだけど、カルアちゃんの言葉に耳を貸さない状態というのはよろしくないと思う。


「そうはいかないよ、お兄ちゃん。カルアちゃんはアタシ達の迷惑になる行動は極力控えてくれると思うけど、あの連中はきっとまた勝手に動くよ? もしあいつらが勝手にゲートをくぐってこっちに来たりしても、アタシらは護る義務なんてないんだよ? でもそうすると今度はカルアちゃんの統率力というか、人望というか、そういうのが無いって判断されちゃうかもしれない。その結果他の貴族に付け入る隙を与えちゃうかもしれないんだよ」

「そこまで考えなくてもいいんじゃないか?」

「アタシが困るの! かわいい女の子やかっこいい男が来るならともかく、むさいおっさんとか来られてもアタシが困る! そんな創作意欲を掻き立てない連中にはここに来てほしくないの!」

「お、おう……」


 お兄ちゃんはわかってない。確かにシェリーちゃんやフラムちゃん、カルアちゃんは見た目が良かった。だけどさ、ひげ面のおっさんとか腹の出た偉そうなおっさんとかが来るなんて許せないの。カルアちゃんの言葉にきちんと従ってくれればこっちも安心できるんだけど、そうじゃなかったらアタシの精神衛生上よくない。


 だからここはきちんと処理しておかなくちゃいけない。きっとあいつらは茶々の言うことなら従うはず、でもそれじゃ意味がない。あくまでカルアちゃんに従ってもらわなきゃ困る。それにはどうしたらいいかな……


 ふとアタシの頭の中に閃いた。そんなに強い者を崇めるなら、強い者の言うことに従わせればいい。でもカルアちゃんじゃちょっと力が足りない。なら神獣様の言うことなら聞くはずよね?


「フラムちゃん、ちょっといいかな?」


 モニター越しにフラムちゃんと打ち合わせをすると、彼女もその方法ならと納得してくれた。さて、茶々には悪いけど一芝居うってもらおうかな。




**********



 ハツミの危惧してることは私も理解できた。あの連中の信仰はあくまで神獣に向いてたものであって、領主に対してじゃない。あいつらにとって大事なのは神獣への妄信と日々の生活、領主への忠誠心なんて二の次三の次、ならここでいくらカルアが言い聞かせてもすぐに制御できなくなる。もしかしたらあのゲートにも気づくかもしれないとなると後々に危険の芽を残すことになる。


 その証拠にカルアが説明してるけど、誰一人聞いてない。それどころか茶々に近づいてこようとしてる。領民なんていつの時代もこんなものだって理解してるけど、それじゃあまりにもカルアが可哀そうだ。カルアはあのチワワ(フェンリル)の本性を見抜いて街を護ろうとしていたのに。


 もっと考えれば、あいつらはまたシェリーを狙うかもしれない。茶々が受け入れるはずがないのはわかってるけど、生贄として差し出そうとするかもしれない。またシェリーを傷つけようとするかもしれない。それだけは何としても阻止しなくちゃ。


『……聞け、小さき者共よ』


 チャチャのハーネスに着けられたカメラに内蔵されてるスピーカーから低い声がする。ハツミが無理矢理声を低くして話してるんだけど、仕組を知らない連中から見ればチャチャが話してるように聞こえる。その声を聴いて一斉に跪いて頭を下げる群衆、カルアも一緒に頭を下げそうになるのを慌てて止める。


「カルアは私の言う通りにして」

「で、ですが……チャチャ様が……」

「いいから私の指示通りに。シェリーは私のそばに来て」


 まだ群衆の熱狂ぶりに恐怖が抜けてないシェリーをそばに来させて、カルアをチャチャの前に立たせる。カルアには詳しいことは説明してない。事前に内容を知ってたら真実味が薄れるかもしれないから。うまくいくかどうかは私の指示のタイミングが重要だ。


『ここにいるエルフは我が同盟者なり、あのような獣の生贄にしようとするなど許してはおけん』

「お、お待ちください! 彼らはフェンリルに騙されていたも同然なのです! 是非とも御容赦を!」


 カルアが跪いたまま顔を上げて叫ぶ。カルア、ハツミに会ったはずなのに気付いてないの、もしかして? ま、まあそれはカルアらしいといえばらしいんだけど、ちょうどいい具合に乗ってきてくれた。


『何故庇う? 貴様とて差し出されることが決まっていたのだろう?』

「私がどうなろうと構いません、私の命でこの街が護れるのなら喜んで差し出されます」

『ほう……』


 チャチャはこの状況を理解してるのか、じっと黙ってカルアを見つめてる。ハツミはカルアの言葉を聞いて黙り込んだ。うん、ここまでは私たちの筋書き通りだ、カルアなら絶対にそう言うだろうと思ってた、だってそうじゃなきゃフェンリルを討とうなんて考えるはずがないから。


『・・・・・・それを我に向かって誓えるか?』

「は、はい! もちろんです!」

『ならば……その剣を抜くがいい、天に掲げよ』

「け・・・・・・剣をですか?」

(カルア、言う通りにして)


 カルアが不思議そうな顔をしたから小声で指示を出す。カルアが剣を抜くと、剣に刻まれた赤の装飾がより一層鮮やかなものになっていた。その綺麗な色にカルアは言葉を失い、様子を見ていた一部の群衆から驚きの声が上がった。私もハツミから聞いてなかったら驚いてたと思う。


 ハツミの説明では、カルアが一度剣に魔力を通して炎を使えば、その熱でタケシの施した染料が化学反応を起こしてもっと綺麗になるとのことだった。カルアも知らない剣の変化、それはまるで神秘の力のように見えるだろう。それを利用させてもらうんだ。


「え……こんなに鮮やかな色に……」

『剣に魔力を通してみよ、全力でな』

(カルア、魔力を)

「は、はい……」


 カルアが言われるままに剣に魔力を注げば、剣から鮮やかなオレンジ色の炎が噴き出した。生き物のように剣に纏わりつく炎にカルアが息をのむ。


「こ・・・・・・こんなに美しい炎が……。」


 きっとカルアはこの剣を使ったんだろうけど、その時はまだ全力じゃなかった、というか全力を出せなかった。魔力を流すことが前提で作られた剣は慣らしが必要で、カルアが数回使ったのはまだ慣らしの状態だった。そして慣らしが終わった目安が、剣の装飾の色合い。私もカルアの剣は見ていたけど、その時より鮮やかな赤であれば慣らしが終了というわけ。私とタケシが協力して作った、この世界に同じものが存在しない特別な剣だ。


 剣から噴き出す炎に誰もが見とれる中、再びハツミの声がする。


『この剣こそ我が加護を与えた証、この者は我が加護を得るに相応しい。この炎は我が分け身、この者の言葉は我が言葉と心せよ。もしこの者の言葉を蔑ろにしようものなら、我が炎が貴様らを焼き尽くすと思え』

「は……はい! ありがとうございます!」


 カルアの表情が明るくなり、群衆は一斉にカルアに向かって跪いた。チャチャはフェンリルすら遥かに凌駕する圧倒的強者であり、群衆にとっては神獣と同然かそれ以上の存在だ。そんなチャチャが加護をくれたカルアに従わないという選択肢はないはず。


「我がミルーカは神獣チャチャ様の加護を得ました! この剣を、この身命をチャチャ様に捧げましょう!」

「「「「 おおー! 」」」」


 気持ちが高揚したカルアが剣を掲げて声を上げれば、群衆からは歓声が沸き上がる。中には手を組んで拝んだり、感激の涙を流す者もいる。フェンリルがどんなことをしたのかは知らないが、彼らの目にははっきりとチャチャが神獣の力を使ったと見えているだろう。これでとりあえずこの街でやるべきことは終わった。


「シェリー、帰ろう。みんな待ってる」

「……うん、帰ろう」

「あ、でもその前にまだやることが残ってた。それだけは付き合って」

「え? いいけど……」


 ここまでしたんだから、あと腐れのないようにしておかないといけない。だからシェリー、そんなに不機嫌な顔をしないでほしい。私だって一刻も早く帰りたいんだから。でもシェリーのことを命がけで護ろうとしてくれたカルアのためだから、もう少しだけ我慢してて。そしてチャチャ、もう少しだけ力を貸して。


 それから……この胸のモヤモヤを晴らすためにも力を貸して。どうしてモヤモヤするのかって? それはもちろんカルアに庇ってもらったことをもう忘れてる連中に対してだ。少しくらいは鬱憤を晴らしてもいいだろう。


「チャチャ、吠えて」

『ウォンッ!』


 チャチャが威圧を込めて吠えると、浮かれてた連中が一斉に失禁や失神した。シェリーが感じた恐怖はこれくらいじゃ釣り合いが取れないけど、シェリーがあたふたしてる街の連中を見て少しスッキリしたみたい。そして私も……少しはスッキリできたかな? これも全部チャチャがいてくれるおかげだね。


「ワン!」


 うん、ありがとう、チャチャ。

読んでいただいてありがとうございます。

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