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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
炎の守護者
218/400

11.格付け

 しまった、これは完全に私の落ち度だ。

 ソウイチのところでは獣がここまで執着することは滅多になく、ある程度のダメージを受ければ逃げることを優先する傾向がある。だからそれと同じに考えていた。しかし相手はフェンリル、意思を持った魔獣だ。その誇りを傷つけられた怒りを晴らすための行動をとるくらいは考えられたことだ。それを見落としてた私の落ち度だ。


 閃光のブレスが迫る。いくらチャチャでもこれは防げない。さっきまでの魔法とは明らかに威力が違う、まさにフェンリルの必殺の攻撃。これで全て終わってしまう、ここまで来たことが水の泡になってしまう。


 ソウイチ、シェリーを連れて帰れなくてごめん。チャチャを帰してあげられなくてごめん。……先に逝ってしまってごめん。いくら謝っても許してもらえないのはわかってる、だけど……私にはこうして謝るしかないんだ。傲慢であってもやはり神獣、私たちが敵う相手じゃなかったのかもしれない。


 チャチャは私たちを庇うように立つ。チャチャ、もういいよ。できればチャチャだけ逃げてくれれば嬉しいけど、チャチャは絶対にそうしないでしょ? 最後まで私たちを護ろうとしてくれるでしょ? ありがとう、私たちの優しい守護獣。


 チャチャの身体にしがみつき、きつく目を閉じる。閃光のブレスを喰らって生きていた者の話なんて聞いたことないから、痛いのか苦しいのか全くわからない。ただできるなら……苦しまずに一瞬で終わりにしてもらいたい。


『ウォンッ!!』


 いつもとは違うチャチャの声がする。身体の奥底まで響く、というよりも体を貫くような鋭く強い声。どうしたのチャチャ? もしかしてソウイチのことを呼んでるのかな? もしかしたらソウイチに向かって謝ってるのかな? 私たちを連れて帰れなくてごめんって……私たちいつもチャチャに甘えてばかりでごめん、チャチャがすごく優しいから……




 閃光のブレスを受けるとこんな感じなのかな、全然痛くない。もしかして一瞬で消し飛ばされたから痛みなんて感じないのかな。でもそれにしては……チャチャにしがみついてる感覚が妙にはっきりと感じる。周りの音も、チャチャのお日様のような匂いもはっきりと感じ取れる。


『き……貴様……一体何をした……』


 フェンリルの動揺する声が聞こえる。恐る恐る目を開けると……私の身体は……ある。チャチャもいる、それも無傷。シェリー、カルア、バドも無事で異常はなさそう。もしかして……


「チャチャが護ってくれたの?」

「ワンッ!」


 チャチャが嬉しそうに私の顔を舐めてくれる。でも一体どうやって? あのブレスがまるで無かったことのように私たちは無傷だ、でもそんな高等な防御魔法をチャチャがいつ覚えたの? ドラゴンだって貫くと言われてる閃光のブレスを防ぐ方法があるなんて……


『くっ……ならばもう一度食らわすだけのこと! どうやって防いだか知らんが立て続けに奇跡など起きまい!』


 フェンリルが次のブレスを吐こうと準備してる。この隙に逃げようかと考えたけど、今からじゃ間に合わない。私だけなら逃げられる? そんなことはありえない、私がシェリーを置いて逃げるなんて絶対に無い。それに……チャチャが何をしたのかがとても興味がある。


「……チャチャ、大丈夫なの?」

「ワンッ!」


 チャチャが力強く吠える。きっとチャチャには何か手段があるんだ、だから私たちの前に立ったんだ。ならそれを見てみたい、チャチャの持つ力の一端をこの目で確かめたい。だから今度は絶対に目を閉じない、何があっても全部見届ける。


 フェンリルが再び閃光のブレスを放つけど、やっぱり連発ができないみたいで、僅かだけど威力が落ちてるように感じる。それでも私たちにとってはどうすることもできない威力だ、万全の私なら防御結界で防げるかもしれないけど、それを試すつもりはない。そんな危険なことをしたらソウイチに怒られるから。


『ウォンッ!!』


 チャチャがさっきみたいに力強く吠えた。そしてその直前、チャチャの身体の中で大きな力が膨れ上がった。その力の正体は私にもわからない、感じたことのない力。炎でも風でも雷でもない、ましてやドラゴンの力でもない、感じたことのない力。でもその力は私にとっては少し心地よいものに感じられた。


 そして迫っていた閃光のブレスが霧散した。きっとさっきもチャチャはこうして私たちを護ってくれたんだ。でもこの力は一体どこから……


『ば、馬鹿な……我が閃光のブレスを……気迫だけで消し飛ばすなど……あり得ん、あり得んぞ……』


 フェンリルは自分のブレスを二回も防がれて呆然としてるけど……小さく震えてるその姿はやっぱりチワワだ。違う、そんなことはどうでもいい、あいつはチャチャの攻撃を気迫だって言った。


 何が起こったのか、何とか思考を纏めて導き出す。今のチャチャの攻撃にはドラゴンの力はほとんど感じられなかった。ゲートを繋ぐのも空を駈けるのも、防御の魔力を纏うのもドラゴンの力がベースになってる。じゃあどうやってあの力を?

 そして一瞬だけチャチャの体内で膨れ上がった謎の力、フェンリルは気迫って言ってたけど、気迫って……実体を伴うものじゃなかったはず。


 そうか、そういうことだったんだ。チャチャが今まで使ってたのは竜核の力、でもそれを竜核に刻まれた記憶を辿ってそのまま使ってたんだ。そしてチャチャは……自分の力を竜核で増幅させることを考え付いたんだ。そのきっかけはたぶん、防御の魔力を身体に纏ったことだと思う。ドラゴンなら竜鱗に魔力を流せば強固な防御ができるけど、チャチャには竜鱗なんてない。だから自分の体毛を使うように変えたんだ。そして……竜核を増幅器として使うことに行き着いたんだ。


 爆発的に増幅されたチャチャの気迫は実体を伴ってブレスを消し飛ばした。そう、言わば今のはチャチャなりのブレスだったんだ。そして今のブレスを私が心地よいと感じたのは、その源が私たちを護るという思いだからだ。


 そして今のブレスは防御だけじゃなく、しっかりと攻撃の役割も果たしてた。その証拠に、フェンリルは小さく震えてはっきりと怯えの表情を浮かべてるから。もう立つこともできないのか、お座りのような姿勢でチャチャを見てる。


「グルルル……」

『や・・・・・・やめろ・・・・・・来るな……』


 チャチャが唸り声を上げながらゆっくりと近づくと、お尻を地面につけたまま後退りするフェンリル。もうそこにはさっきまでの傲慢さも、戦うという意思もなかった。ただ子犬のように震えて逃げようとしてるだけだ。

 チャチャのブレスはとてつもない攻撃力だ。今のブレスでチャチャはフェンリルの戦意を粉々に打ち砕いたんだ。ブレスを消され、そして叩きつけられた強烈な気迫はフェンリルの心をずたずたに引き裂いたんだ。


『や、やめろ・・・・・・来ないでくれ……』


 なおも近づくチャチャにフェンリルは懇願する。そしてフェンリルのいる場所が濡れてるのは……恐怖のあまり失禁したんだ。


「ワンッ!」

『ひいっ! 許してくれぇっ!』


 チャチャが一声吠えると、フェンリルはついに堪えきれなくなったのか、その場に寝転んで腹を見せた。自分が粗相した場所にも関わらず、だ。追い詰められたフェンリルは形振り構わず負けを認めた、圧倒的な力を持つ強者に敗北の意思表示として腹を見せるという屈辱を受け入れたんだ。


「ワンッ!」

『ひいぃっ!』


 さらにチャチャが吠えるとフェンリルはよろよろと立ち上がり、弱弱しく空へと昇っていった。自分の粗相した汚物に塗れて汚れた身体には神獣としての威厳なんてどこにもない、ただの敗者の姿があった。チャチャも勝負が決したことを理解して追い打ちをかけるような素振りを見せない。きっとこれでフェンリルはここを攻撃しようなんて二度と思わないだろう。


 チャチャのブレスによってフェンリルとチャチャの間の格付けが決まったんだ。もうチャチャには敵わないとフェンリルの心に強く刻み付けたんだ。だって攻撃のすべてが意味を為さず、自分の奥の手すら通用しない。そして圧倒的な力、心を折るには十分すぎる。


「チャチャ、ありがとう」

「ワンッ!」


 戻ってきたチャチャに感謝の言葉を伝えれば、嬉しそうに一声吠えるチャチャ。その背後から、ようやく夜が終えたとばかりに朝日が覗く。朝日に照らされて輝くチャチャの姿は炎の化身のようにも太陽の化身のようにも見えて、神々しさすら感じられる。


「チャチャさん……」

「チャチャ様……」


 振り返ればシェリーとカルアが涙を流してチャチャのことを見てる。シェリーは感謝の涙、そしてカルアのは……うん、チャチャのことを神獣認定した涙だね。フェンリルに差し出されるはずのところを助けられたんだ、それも仕方ないか。でもそれよりも……解決しなきゃいけないことがある。


 周囲を見回して私は大きくため息をつく。遠巻きに見ていた街の住人たち、兵士たちが……一様に腰を抜かしたり失神したり……失禁して無様な姿を晒してたから。

読んでいただいてありがとうございます。

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