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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
炎の守護者
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8.戦闘開始

『な、何だというのだ、あの力は……』


 フェンリルは目の前の巨大な獣の突然の変化に驚愕した。全く魔力を感じなかったその体から濃密な魔力が溢れてきたからだ。陽炎のように全身から魔力が立ち上る姿はまさにオレンジ色の炎を纏った獣、いや、炎そのものにすら感じた。そんな獣はフェンリルの記憶になく、魔物や魔獣の類でも近似したものはなかった。


 明らかな強者の気配、しかしフェンリルは疑問に思う。なぜこれだけの力を持ちながらあのような小さな者を護ろうとするのか、と。弱者は蹂躙されて叱るべき、という考えのフェンリルには到底理解できない考え方、そしてお互いの意見が全くかみ合うことなく平行線を辿るであろうことも理解した。


 ならば取るべき行動はひとつ、力を見せつけてやればいい。魔力の強さは確かに強者の気配だが、それだけで勝てるほど戦いというものは単純ではない。先ほどの獣のように魔法を乱れ撃って、じっくりと削り取ってやればいい。今までそうやって勝ってきたフェンリルにとって、いつもの延長線上の戦いが始まる……はずだった。



**********



 チワワ(フェンリル)が魔力を高めて魔法を放つ準備をしているのがわかる。たぶん今のチャチャなら大丈夫だと思うけど……


「バド! このままではバドが巻き込まれてしまいます!」


 カルアの悲痛な声。そうだ、バドはまだ動ける状態じゃなかったんだ。このまま魔法を使わせたらバドも巻き添えを喰らってしまう。バドはシェリーたちを助けてくれた恩人、こんなところで巻き込むことはできない。


「チャチャ! お願い、バドを!」

「ワンッ!」


 チャチャは一声吠えると、バドのそばに駆け寄って優しく咥えて運んできた。私たちのそばに横たえられたバドはまだ意識が混濁してるのか、虚ろな視線を泳がせていた。


「バド! しっかりしてください!」

「……カルア……」


 かろうじてそう答えるのが精いっぱいのバド。でも治癒魔法のおかげで体のほうは問題ないレベルまで回復してる。ただ問題なのは……私がチワワ(フェンリル)の魔法をすべて防ぎきれるかということ。チャチャに安心させようと無理してたけど、精密な治癒魔法を使ったせいで魔力がごっそり無くなった。ぶっつけ本番の魔法だったから、どのくらい魔力を使うのかがわからなかった。


『まずは小手調べだ!』


 フェンリルが魔法を放つ。火、氷、雷。岩、あらゆる魔法が私たちめがけて降り注ぐ。まずい、今の私じゃ全部を防ぐのは難しい。今張ってる防御結界は対人用のものを重ねているだけ、チワワ(フェンリル)クラスの魔法は単発でも対人の魔法をはるかに上回る。でもこれで何とか持たせるしかない。


『ほう、防御結界か。ならばこれでどうだ?』

「まずい……このままじゃ……」


 フェンリルが魔法の威力を高めはじめた。防御結界が魔法を受け止めるたびに嫌な音をたてて削り取られていく。万全の私だったらこんなことないのに……でもバドはシェリーの恩人、魔力を出し惜しんで死なせるなんて絶対にできない。


 ふっと私たちを照らしていた月光が遮られた。見上げればチャチャの柔らかな体毛、チャチャ、まさか自分が盾になるつもりなの? いくらチャチャでもたくさんの魔法を受け続けたら無事じゃすまない。でもチャチャは私たちを護ろうとしてくれてるんだ、いくら言ってもどいてくれないのはわかってる。


「チャチャ……ごめん……」


 チャチャの体に無数の魔法が降り注ぐ。しかも威力はさっきまでの魔法より格段に上がってる。チャチャに苦しい思いをさせるつもりはなかった……でも私にはどうすることも……


「……フラム、魔法ってもっと着弾したときの音が大きいはずですよね?」

「……何言ってるの、カルア?」


 カルアが突然そんなことを言ってきた。さっきの防御結界のように、魔法が当たれば必ず音がする。そんなのは基本中の基本、魔法を習い始めた子供でもわかること。まさかカルア、そんなことも知らななかったの?


「それにしては……静かすぎませんか?」

「!」


 魔法は相変わらず降り続けてるけど、不思議なことにチャチャの周囲だけ魔法が当たる音がしない。一体何が起こってるの? 慎重にチャチャの下から出て見上げると、何が起こってるのかを理解した。


「これ……チャチャがやってるの?」

「ワンッ!」


 チャチャのまわりだけ魔法が存在しなかった。どうして存在しないのか、見上げてはっきりと確認した。チャチャの体から立ち上る陽炎のような魔力が周囲にまで広がり、それに触れた魔法が……消滅してる。かろうじて残った魔法もチャチャの体毛に触れるとそこで消滅してる。これじゃ音が聞こえるはずがない。


 それは障壁の一種だと思う。溢れ出した濃密な魔力が周囲に広がり障壁のようになっているんだ。魔法が消滅してるのは……チャチャの放つ魔力がチワワ(フェンリル)の魔法を大きく上回ってる証。


『小癪な真似を!』

「ワンワンッ!」


 チワワ(フェンリル)がさらに魔法の出力を上げるけど、それでもチャチャの障壁を完全に貫くことができていない。でも待って、確かにチャチャはドラゴンの竜核を取り込んだけど、ここまで魔力を高められるなんて本当にできるの? チャチャは確かに基本能力が高いけど、それでもこの力は説明できない。この力はあの時のドラゴンをも上回ってる。


 もし仮定するなら……チャチャの護りたいという一途な思いが竜核の持つ力をより大きく引き出しているのかもしれない。ドラゴンですら知りえない更なる力を、更なる可能性をチャチャが呼び起こしているのかもしれない。そしてその力は竜核の存在した本来の地、つまりこの世界に来たことでそれに呼応しはじめた。そうでも考えなければこの状況が説明できない。


 ありがとう、チャチャ。私たちを、家族を護るためにそこまでしてくれて。私たちに力を貸してくれて。私たちを護ってくれて本当にありがとう。私たちはチャチャを信じる、どんなことがあってもチャチャのことを拒絶したりしない。だから安心してあのチワワ(フェンリル)をやっつけて!  


 私の思いを受け取ったのか、魔法を消し続けるチャチャはゆっくりとチワワ(フェンリル)に向かって歩き始めた。それはまるで王者の貫禄を見せつけるかのような、しっかりとした歩みだった。

読んでいただいてありがとうございます。

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