1.追憶
新章です。といっても前章の決着ですが。
フラムが茶々に乗ってゲートを潜ってから数時間、パソコンのモニターは相変わらず真っ暗だったが、フラムと茶々の声が時折聞こえてくるのが救いだった。フラムの報告では問題なく進んでいるとのことだったが、カメラが全く画像を送ってこないのは不安になる。通信については賭けだったが、うまくいってよかった。
やがて画像に変化が出た。突然岩のような映像がモニターを埋め尽くし、突如反転して部屋のような映像に切り替わった。部屋の様子とシェリー、フラム、カルアから聞いた話の内容から考えると、ここがゲートの先にあるダンジョンの部屋なのだろう。しばらく映像は部屋の床を映し出していたが、やがて岩壁とともに満点の星空と巨大な満月が映った。一体何が……
「……こいつは凄いな」
再び画像が急変し、改めて映し出されたのは月光に照らされる野山の風景。まるで精巧に作られたミニチュアジオラマのような光景だが、そこには作り物では絶対に出すことが出来ないリアリティがあった。画像が高い場所から撮り下ろしているように見えるのは、茶々が大きすぎるから首に提げたカメラではどうしても見下ろすような画角になってしまうからだろう。
やがて再び画像は切り替わり、再び夜空だけが映った。フラムとの通信状態も良好で、どうやら茶々は空を駆けているらしい。場所も特定できたようで、今はそこに向かって疾走中のようだ。
「お兄ちゃん、ここがシェリーちゃんたちがいた世界なんだね。タケちゃん、録画は出来てる?」
「うん、ハードディスクも大容量の外付けを二つ付けてるからカメラのバッテリーが許す限り大丈夫だよ」
その録画が何の役に立つのかわからないが、シェリーの救出の邪魔にならなければ構わない。とにかく今はシェリーの無事を祈るしかない。イタチの性質上すぐに喰われるということはなさそうだが、いつ変わるかなど誰にも予想できない。ならばできるだけ早く救い出してやらなきゃならない。
「お兄ちゃん、何か見えてきたよ。あれは……街?」
初美の言葉にモニターを凝視すると、ぼんやりとした灯りが点在する集落らしきものが見えた。集落と呼ぶには建物の数は多く、まるで城塞都市のように壁が取り囲んでいる。明らかに日本では見られない様式の街に、白い何かがいた。まだ離れた距離にも関わらず視認できるということは、それなりの大きさを持つ何かだろう。色からしてイタチではないことは明らかだ。
果たして何が起こっているのか、それをこの目で直に確認できないのがとてももどかしいが、この場はフラムと茶々に任せるしかない。二人が無事にシェリーを助け出すことを祈りながら、手に汗を握りながらモニターを食い入るように見つめていた。
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『鬼人族の小僧、我を楽しませてくれるのだろうな?』
「ぬかせ、余裕こいたまま死んでも文句言うんじゃねえぞ」
『ふ……面白い!』
フェンリルの奴はたった一人で向かっていく俺のことを完全に見下してやがる。いや、実力差から言えば見下されて当然といえば当然だが、何が起こるか予想できねえのが戦場だ、余裕ぶっこいて木っ端兵士に討ち取られた連中を腐るほど見てきたからな。この状況じゃ俺が木っ端兵士になってるってことが気に入らねえが、そこで文句言っても仕方ねえ。実際にそれだけの差があるんだからな。
全く、どうしてこうなっちまったんだろうな。傭兵なんざ国が平和になればお払い箱、路銀も尽いて仕方なく冒険者でもやろうかとギルドに登録したとき、偶然その場所に居合わせたのがカルアだった。今でこそ丸くなって民のためになんて言ってるが、あの頃はいけすかねえ貴族のお嬢様そのものだったからな。腕はなかなか立つようだったが、実戦経験がないってのがすぐにわかった。
そんでもってお約束通りに質の悪い冒険者にちょっかい出されて、一触即発の状況になっちまった。一対多の喧嘩なら俺も見過ごすが、その冒険者は痺れ薬を使おうとしやがった。あの頃からカルアの見た目は良かったから、うまいこと生け捕りにして売りさばくつもりだったのかもしれねえが。
軽い助太刀のつもりで助けに入ったまではいいが、そのトラブルを収めてからずっと付き纏われる羽目になった。自分はミルーカの領主の娘で、実戦経験を積んで領地のために働きたい、そのためには一人では危険だから、と勝手な理由でくっついてきて、最初はどこで撒いてやろうかといつも考えてたっけな。実際撒こうとしたが、俺が獣人の嗅覚を舐めていたせいで、毎回いつの間にか戻ってきやがった。
それがしばらく続いて、諦めて一緒に仕事を請けるようになってから、カルアの剣の腕はみるみる上がった。元々素養はあったし、足りていないのは経験だけだったんだ、仕事をこなすうちに足りないものを補っていったんだろう。ギルドでも俺たちコンビはそれなりに名が知れるようになっていったんだ。
幾度死線を超えたかわからねえが、その都度俺たちは生き延びてきた。俺が安心して背中を預けられるのはカルアしかいない、そう感じられるようになった頃、俺たちはシェリーとフラムに出会ったんだよな。近接戦闘が主体の俺たちには欠けている魔法主体の仲間、そのころの二人は何故か採取依頼と狩りなんて低ランクの冒険者がする仕事しかしてねえ不思議なコンビだったが、その理由はすぐにわかった。エルフと魔族のコンビだったんだ。
エルフと魔族が冒険者をしているなんて聞いたこともなかったが、そのせいかギルドでも初心者しかしないような仕事ばかり押し付けられて、難度の高い仕事は全く回してもらえてなかった。そんな二人を見かねて俺たちが声をかけて、そうしてパーティを組むようになったんだ。
シェリーは美人だし、フラムは可愛い。でも俺はカルアにしか魅力を感じなかった。決して種族が違うからとかそういった理由じゃない。何度もお互い助け合ってきて、極限の状態を見せ合って、そしてカルアの本音を知って、そこからはもうあいつ以外の女には目も向かなくなったんだ。つんけんした態度の下には、自分の領民を心から思っている本当の姿。そのために戦う力が欲しいという理由で冒険者稼業に足を踏み入れた。貴族の姫様ならいくらでも権力で部下を使えそうなものだが、それを良しとしない高潔な本質に惚れちまったんだから仕方ねえ。
本当はミルーカまで送ったら一人で旅に出るつもりだった。いくらなんでも流れの元傭兵と貴族の姫とじゃ釣り合いが取れないだろ、それに俺は鬼人族、種族が違う。だがあいつがアキレアとの小競り合いで大将として出るっていうなら、その盾がわりにはなれるだろうと思って参戦したんだ。それがどういうわけかフェンリルに目をつけられ、そして俺が戦う羽目になった。
だが決して嫌で戦う訳じゃねえ。そもそも傭兵なんざ死ぬことなんてこれっぽっちも恐れてねえ。勝つか負けるか、そして負けた結果死ぬことになるってだけのこと。そして……惚れた女の死ぬとこを見たい男なんているはずがねえだろ? この戦いが終われば俺はカルアに自分の気持ちを伝えてこの地を離れるだけだ。いくらなんでもカルアが俺の申し出に首を縦に振るはずがねえからな。
カルアにはこの地を収める貴族としての生き方がある。俺みたいな血なまぐさい傭兵がどうこうできる存在じゃねえ。だがここで俺が負ければ全部台無しだ、だからここは俺も全力、いや死力を尽くさせてもらう。後のことなんざ考えねえ、とにかく勝つために、そして……惚れた女に未来を残すために……とっておきの最後の手段を使わせてもらう!
背中の剣を両手で構え、空高く掲げるように持つ。体中の魔力を高め、逸る心を押さえつけて精神を集中する。これから見せるのは鬼人族でも俺の一族しか使えねえ特別な技、格好よく言えば奥義ってやつか。こいつを使うと身体にかかる負担は想像を絶するが、ここで負ければ全部終わるんだ、出し惜しみしてる場合かっての。
俺の周りの空気が張り詰める。それを確認すると、静かに、だが力強く言葉を放つ。
「……剛雷、迅雷」
そして掲げた剣から走る雷が俺の身体を貫いた……
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