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天空を駆ける者

閑話です。

 光などどこにも見当たらない闇の中、チャチャは視えているかのように疾走する。ううん、視えていないのは私だけであって、もしかするとチャチャには視えているのかもしれない。


 急がなきゃ。その思いが私を焦らせる。まさかイタチがシェリーを連れて逃げるなんて、それもゲートの中に逃げるなんて誰が思うだろうか。私たちでも足を踏み入れることが躊躇われる漆黒のゲートに逃げ込むなんて通常じゃ考えられないけど、あの場にはチャチャもいたしソウイチたちもいた。窓も扉も閉まってたから逃げ場もなく、唯一の逃げ場はあのゲートしかなかった。そしてあいつはカルアが入っていくのも見ていたはず、そこであのゲートが安全かもしれないって確信したんだ。そのうえで皆の意識がゲートに集中した瞬間に行動を起こすなんて、恐ろしいほどの狡猾さだ。


 シェリーの身がとても心配だけど、ソウイチに聞いて調べた情報によればイタチがその場で獲物にありつくのは滅多にないことで、安全が確認できる住処に持ち帰ってから食べるらしい。とすれば私たちのいた世界はイタチにとって初めての環境、きちんと安全が確認できる場所を見つけるまでシェリーが無事でいる可能性が高い。さらに言えば自分が満腹になるだけの獲物を集めてから食べるらしいから、シェリー一人食べたくらいじゃ満足しないと思う。シェリーが生き延びる可能性はさらに高まった。


 イタチの行動範囲とイタチが空腹だという条件から考えて、決して遠くには行かないと思う。あのダンジョンの位置から考えてアキレアかミルキアのどちらかを餌場に狙うはず。イタチのような大きさの魔物も魔獣も目撃例のほとんどない場所だから、安心して移動できるはず。


 大丈夫、シェリーは無事。そう言い聞かせても不安で胸が押しつぶされそうになる。とにかくシェリーが無事でいると思える情報を思い出しては自分を納得させるけど、それでもこの不安は拭い去ることができない。いくら情報が多くてもあのイタチがその通りに動いてくれるかどうかなんてどこにも確証がないのだから。


『……フラム、フラム無事か? 問題はあるか?』

「大丈夫、私もチャチャも問題ない」

『そうか……俺にはこのくらいしかできないが、くれぐれも気をつけてな』

「うん、任せて」


 スピーカー内蔵のカメラからソウイチの声が聞こえる。こんな闇の中を進んでいるのに取り乱さないでいられるのはソウイチの声を聴くことができるおかげだと思う。ソウイチは偶然通信が出来ているくらいにしか思っていないかもしれないけど、私は必然だと思ってる。このゲートはチャチャが繋げたもの、とすればチャチャの望んだことが出来るようになっていても不思議じゃない。チャチャがソウイチの声を聴きたいと願えば、それに応えて通信がつながっても全く不思議じゃない。


「チャチャ、ありがとう。チャチャのおかげでソウイチのことをすぐ近くに感じる」

「ワンワン!」


 チャチャはまっすぐ前を向いて走りながら返事をしてくれる。チャチャは自分がシェリーのことを護れなかったから、真っ先に助けに行こうとしてくれた、その優しさが私に心強さを与えてくれる。大丈夫、シェリーは一度イタチと戦っているし、どんな行動をとるかは私と一緒に調べたこともあるから知ってる。イタチがどう動くかを知っていれば、生存率はもっと高くなる。


「ワンッ!」

「うん、そうだね。シェリーは絶対に生きてる、だから助けに行かなくちゃ」


 チャチャが私の気持ちを察して励ましてくれているのがわかる。そう、諦めちゃダメなんだ。シェリーだって銀級冒険者だし、エルフならではの精霊の加護だってある。それを使えばイタチから逃げるくらいなら出来るはず。あとはチャチャと一緒に探し出して、一緒に帰るんだ。ソウイチのところに一緒に帰るんだ。


「ワンワン!」

「光……出口だ!」


 小さな星のように見えた光がどんどん大きくなっていく。きっとチャチャが頑張ってくれたから、こんなに早く辿り着けたんだ。私だけではもっと長い時間がかかっていたはず。きっとこれは運命の神が早くシェリーを助けろと言ってくれているに違いない。どんどん大きくなっていく光とともに、懐かしい魔力の感覚が戻ってくる。


 戻ってきた、戻ってきた。大事な親友を助けるために、同じ婚約者を持つ者を助けるために。やがてチャチャと私は光のゲートに向かって飛び込む。危険かどうかなんて知らない、そんなことに構ってる場合じゃない。


「ワンッ!」


 チャチャが突如現れた岩壁を蹴り、広い部屋の中心部に着地する。見上げれば大きく丸く開いた空から大きな丸い月が光を放っている。間違いない、今は夜だけど、あの時のあの部屋だ。あのダンジョンの最奥の部屋だ。


「クーン……ウウゥ~」

「チャチャ、シェリーの匂いを見つけたんだね、それに……イタチの匂いも」


 チャチャが部屋の中を嗅ぎまわり、シェリーの匂いを見つけたらしい、それにイタチの匂いも。明らかな敵意を見せるチャチャを撫でて宥める。チャチャ、その怒りはここで発散させるべきじゃない。もっとそれに相応しい場所がある。


「チャチャ、外に出よう。出来るよね?」

「ワンッ!」


 チャチャは力強く吠えると岩壁を駆け上がる。そして天辺から飛び出すと、すぐそばの草むらに降り立った。チャチャは匂いを確認すると一点を見つめて止まった。それはアキレアとは反対の方向、獣国フロックスの方角。その視線の先にあるのは……


「この方角は……ミルキア! イタチはきっとカルアの後を追いかけていったんだ!」


 ならばイタチの習性から考えてシェリーが無事の可能性はもっと高くなった。ミルキアの街の住人を狙っているのならそこで満腹になれるだけの獲物を調達するはず、それまでシェリーに手をつけない可能性があるから。多少の怪我なら治癒魔法で何とでもなる、だから何としてでも生き延びてほしい。


「チャチャ、行けるね?」

「ワンッ!」


 一段と力強く吠えたチャチャは大きく跳躍すると、そのまま天空を駆け出した。満月の淡い光に照らされながら天空を駆けるチャチャはまるで伝説の神獣をそのまま体現しているようだった。はるか高みを駆けるチャチャにしがみついていると、カメラについているスピーカーから声がした。


『フラム、聞こえるか? こちらに画像が来た、そっちは夜なのか?』

「ソウイチ! 無事にゲートを通過した! 何が見える?」

『今のところ空だけだが、かなりはっきりした画像が来てる』

「それはきっとチャチャのおかげ。戻ったらいっぱい褒めてあげて」

『ああ、わかった。くれぐれも気を付けてな』


 ここでソウイチの声を聴けてよかった。おかげで私もチャチャも安心してシェリーを助けに行ける。この心強さがあればどんなことがあっても大丈夫、だから安心して私たちの帰りを待っていてほしい。


 やがて遠くにミルキアの街が見えてきた。時折見える光は一体何だろうか、そんな疑問は街に着いてから考えればいい。とにかく一刻も早く街に着かないといけない。シェリーを助け出さなきゃいけない。


「チャチャ、急いで!」

「ワンッ!」


 チャチャは力強く吠えると、天空を駆ける速度をさらに上げていった。シェリー、待っててね、今行くから!

次章でフェンリル戦決着の予定です。


読んでいただいてありがとうございます。

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