11.秘策?
イタチがついに勝負に出やがった。このままいけばジリ貧で勝ち目が薄くなることを理解してるんだろうな、一か八かでまだ全力が出せるうちに仕掛けてきた。その証拠に速度が今までとは段違いだ。フェンリルも警戒しているようだが、この速度は想定外だろう。まさに最後の一撃ってやつか。
だがそれにしちゃ無防備に突っ込みすぎじゃないのか? フェンリルに魔力の障壁があるのはもうわかってるはず、なのにまっすぐ進んでいやがる。何か策があるのか、それとも本当に手の内が尽きて馬鹿みたいに突っ込むしかなくなったってのか?
一方のフェンリルはじっと構えて魔力を高めてるな。しかもあの様子は……ブレスを溜めてるかもしれねえ。となれば奴が狙ってるのはイタチの足止めか、確実にブレスを当てるために使う方法と言えば……
もし俺の想像通りであれば、この交錯で決着する。だが当然イタチもそのくらいのことは感じ取ってるはずだ、にもかかわらずイタチはまっすぐにフェンリルに突っ込んでいく。その様子に小さな胸騒ぎが起こる。このまま戦えば間違いなくイタチは負ける、なのに感じるわずかな違和感は一体どういうことだ? まさか戦いはまだ終わらないとでも言うのか……
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イタチがフェンリルに向かって走る。手の内はもう無いはずなのに、まさか死ぬことを覚悟して突っ込むつもりなの? イタチは狡猾だから、私たちの常識では考えられないようなことを平然とやってくる。でもこの状況でイタチに出来ることなんて……
ううん、ある。ソウイチさんに教えてもらったイタチの怖さの一つがまだ残ってる。フラムと一緒にその動画を見て改めてイタチの怖さを再認識したんだ。その手段は戦いに勝つためのものじゃないってソウイチさんは言ってたけど、まさかこの状況でそれを使うつもりなの? 確かにそれを使えばフェンリルの動きを止めることができるはずだけど、もし本当にそれを狙ってるのなら……何としても阻止しなくちゃ。
イタチの脅威はここで終わらせないといけない。こんな狡猾な獣を野放しにしたら、皆が安心して暮らせない。そのためには不本意だけどフェンリルの手助けをしないといけない。もしイタチの秘策をまともに喰らったら、フェンリルどころか私たち、ミルキアの街にまで被害が及んじゃうから、絶対に阻止しないといけない。
「……精霊よ、我が願いに応えて」
誰にも気づかれないように小声で精霊に助力を乞う。幸いに皆がイタチとフェンリルの戦いに夢中になっていて、誰も私のしてることに気づいてない。もし私の予想の通りなら、イタチの動きに大きな変化があるはず、私の狙いもその一瞬。そのチャンスを逃せば状況は最悪のものになってしまうはずだから、絶対に失敗できない。
巨獣どうしの苛烈な戦いに誰もが息をのんでいる中、私は静かに準備を続けた……何としてもこの戦いを無駄なものにしないために……
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『奴め、ついにおかしくなったのか。もう奴の手の内は無いというのに』
フェンリルはまっすぐに正面から突っ込んでくるイタチに半ば落胆したような口調で呟いた。魔力を持たない獣の強さを実感し、自分が全力を出す相手として認めたのだ、何の手段もなく突っ込んでくるイタチの姿に若干の哀れみを感じていたのかもしれない。
もしイタチが魔力を纏い、独自の魔力攻撃を持っていたのなら戦況がどちらに傾いていたかわからない。ここまでの強敵はドラゴンや他の神獣と呼ばれる獣たちと戦って以来現れていなかった。自分たちとは対極にあるであろう異質な獣の純粋な強さを感じ取ったからこそ、こんな最後の足掻きのようなものは見たくなかったのだ。
自分が認めた強敵だからこそ、最期はひと思いに仕留める。そんな思いの表れか、フェンリルは自分の持つ最大の攻撃でイタチに引導を渡そうとしていた。最大出力のブレス、そしてそれを確実に当てるための魔法、すでにどちらも準備は出来ている。あとはイタチが突っ込んでくるタイミングに合わせて発動させるだけだ。
イタチの走ってくる速度、お互いの距離、そしてタイミング、フェンリルの読みは的確だった。外すことなど万が一にも考えられない最高の攻撃を放つ……はずだった。イタチがその行動をとるまでは。
フェンリルが魔法を放つ直前、突如イタチが急停止した。四肢を踏ん張りそれまでの勢いを殺すと、残った勢いに乗るようにして己の身体を反転する。突如背を向けられたフェンリルは攻撃のタイミングを外されて一瞬だけ無防備になってしまった。強敵を前にして到底信じることができないその隙、しかしイタチは背を向けているので攻撃ができない。一体何が起こっているのか、これから何が起こるのか、理解できないフェンリル。そして次の瞬間……
『ぐおおぉぉぉ!』
フェンリルはその巨体をなげうつように、大地を転がりまわった。何が起こっているのか周囲の者たちはもちろん、フェンリル自身にも理解できていなかった。強力な毒や呪いの類かとも考えたが、イタチは魔力を持っていない。魔法の発動を全く感じさせないような高度な技術を持っているとは思えない。
いつの間にか背後から吹いていた風のせいで詳しい状況を確認しようにも、獣人族の優れた嗅覚でもわからない。しかしフェンリルは未だのたうち回っていることから、イタチが何かを仕掛けたということだけはわかる。当のイタチはその様子を距離をとって眺めていた。
「……おい、何の匂いだ?」
群衆の中から一段と優れた嗅覚を持つであろう誰かが呟いた。風上に位置しているために微かにしか感じ取れないようだったが、思い切り顰められた顔からは芳しい匂いではないことは確かだ。その匂いが何を意味しているのかを確認するまもなく……
『く、臭いーーーーーーー!』
フェンリルが自分の鼻を押さえてその場に蹲った。
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