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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
強欲なる捕食者
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9.三つ巴?

 『一体我はいつまで待てばいいのだ』


 フェンリルは自分の住処で体を横たえながら、苛々した感情のぶつけどころを探していた。獣人族の小娘との約束まで残り三日ほどだが、フェンリルはもう我慢が出来なくなっていた。


『ふん、なぜ我があのような虫けらとの約定を守らねばならんのだ。我をここまで待たせることは万死に値するものだと知らしめてやる』


 自分で期限を切っておいてそこまで待てないとはどこまで身勝手なのか、そしてそもそもカルアたちのことを虫けら程度にしか考えていないとは何と傲慢なことか。しかしそれを咎める者がいない。フェンリルが神獣たる由縁はその巨躯もさることながら、高い魔力による独自の魔法と閃光の如きブレスにある。ドラゴンと互角に戦うといわれているフェンリルに面と向かって咎められる者など、この世界に存在するかどうかも怪しい。それをフェンリル自身も理解しているが故の傲慢さである。


 カルアが欲しいと言い出したのも、決して輿入れなどというものではない。戦うことを欲していたフェンリルにとって、金級冒険者の実力を持つカルアは都合のいい玩具だった。思う存分遊び倒して、飽きたら殺してしまえばいい、殺したら食べてしまえばいい、その程度にしか考えていなかった。そして……


『あの小娘は領主の娘だと言っていたな、ならば街にはたくさんの獣人族がいるはずだ。思う存分腹を満たせるというものよ』


 カルアの危惧していたことは悪いことに当たっていた。フェンリルはカルアの次の獲物としてミルキアの街の住人を選んでいたのだ。カルアの次の生贄はミルキアの街の誰かということになる。いや、もしかすると誰か、ではなく全員なのかもしれないが。


 フェンリルは住処を出ると、月光の下夜空を疾駆する。カルアの匂いは覚えており、神獣の持つ桁外れの嗅覚がミルキアにいるカルアの匂いを捉えていた。そして血なまぐさい別の匂いも。嗅いだことのない匂いにフェンリルは表情を歪ませながら走る。一体誰がこのような匂いを振りまいているのか、そして誰の許しを得て自らの餌場に侵入しているのか、と。


 やがて見えてきた小さな者たちの住まう場所、フェンリルにとっては軽く飛び越えられる程度の防壁で囲まれた街の一角で戦闘が行われているのがわかる。そしてそこには遊び相手兼食事として指定した獣人の娘とその仲間が異形の獣がいた。その獣が一体何の目的でここにいるのか、それはフェンリルにもよくわかる。何故なら自分も同じような理由でここまで来たのだから。


『ふん、面白そうなことをしているな』


 かなり熾烈な戦いをしていたのだろう、獣の体には小さな傷がたくさんついていた。それをやってのけたのはあの獣人の小娘だろうか、やはりこうでなくては自分を愉しませることはできないだろうと愉悦に浸ろうとして、その獣が何故ここにいるのかという疑問が生じ、その答えはすぐに出た。自分がこれからしようとしていることを考えればすぐにわかることだ。


『貴様……我の獲物を横取りしようというのか!』


 フロックスにおいてフェンリルは神獣としての扱いを受けているが、フェンリルは彼らを獲物としてしか見ていない。彼らが如何に敬おうが、祈願しようが、それによってフェンリルの行動が制約されることなどない。約定を守らせるにはフロックスの民には圧倒的に力が足らず、ただ弱者として強者の気まぐれを期待しているだけだ。


 そんな弱者を蹂躙しようとしている獣はフェンリルにとって縄張りを荒そうとする余所者であり、ましてや目の前で獲物を横取りしようなど到底許せるんものではない。これが圧倒的な力の差を持つ者であればフェンリルとて二の足を踏むかもしれないが、その獣は体躯こそ異形だがフェンリルと大差ない大きさだ。見たことの無い獣ではあるが、自分より強いとはどうしても思えなかった。故にフェンリルは激昂する。


『貴様程度の獣が我が領域を荒らすなど……許してはおけん!』

「キイィッ!」


 イタチがフェンリルの登場に一瞬で飛び退き距離をとる。カルアたちが攻勢をかけていたにもかかわらず、まだこれだけの動きを見せるということは、もしフェンリルが現れなければカルアたちが手痛い反撃を喰らっていた。それを理解した兵士たちは口々にフェンリルを称える声を上げ始める。


「おお! 神獣様が異形の獣にお怒りだ!」

「神獣様が姫様を、我らをお救いくださった!」


 実際のところフェンリルにそんなつもりは毛頭なく、ただ自分の思うままに約束を破ってここに来ただけのこと。しかし結果としてカルアたちを救う形になってしまったが故に、兵士たちは間違った認識をさらに強めてしまったのだ。


《ふん、この獣のかわりに我が喰らってやろうというのだ、貴様らには光栄なことであろう?》


 決して口にはださないが、フェンリルはそんなことを考えていた。目障りな侵入者を始末して、思う存分活きのいい獲物を喰らうことこそ今のフェンリルの目的だ。それに気づかない兵士たちは熱狂するようにフェンリルを神獣様と敬い、称える声が止むことなく続く。そしてフェンリルは改めてイタチのことをじっと見据える。


『魔力を纏わぬ、だと? どこまでもふざけた奴よ』


 この世界の生き物であれば誰もが使う魔力の障壁を持たない獣。フェンリルにはそれがイタチの余裕のように思えたのだが、実際にはイタチにはそんな能力はない。しかしイタチという生き物を、ましてや魔法というものが存在していないとされる世界から来た生き物を知らないフェンリルがそう思ってしまうのも仕方のないことだった。


「神獣様! 神獣様が街を救いに来てくださった!」

「なんという神々しさ! やはり神獣様は我らの守り神だった!」


 フェンリルを称える声はさらに大きくなってゆく。避難していた街の住人たちが様子を見るために戻ってきたのだが、そこで彼らが見たものは口の周りを血で汚した異形の獣と、街を守るかのように立ちふさがるフェンリル。真相を知る由もない彼らが誤解してしまうのは当然のことだった。


『……哀れな奴等よ、後に収まるのが奴から我の腹の中に変わっただけだというのに』


 嘲るようなフェンリルの呟きも熱狂している住人達には届かない。哀れな獲物たちの無知なる賞賛の声を体に浴びつつ、フェンリルはイタチと対峙した。

読んでいただいてありがとうございます。

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