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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな冒険者
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1.人形

本日二話目です。

「サクラさーん、サクラソウイチさーん、二番診察室にどうぞー」


 いつものように混雑する総合病院の待合室、予約時間から一時間ほど過ぎてようやく俺の名が呼ばれた。診察室に入れば担当医が俺のほうに一瞥もくれずにパソコンに入力している。


「徐々に良くなってますね、この調子でいきましょう」

「完治までどのくらいかかりますか?」

「まだ様子見ですからわかりませんね」


 もう二年通ってるのにまだ様子見かよ、と心の中で突っ込みを入れる。だが決してそれを口に出すことはない。余計なことを言って余計な軋轢を生むことに何の意味もない。それは自分の経験からよくわかってる。


「やっと終わりか……もう三時かよ、これから昼飯って気分じゃねぇな」


 病院の会計と薬の調剤を待っていたらこんな時間になった。田舎の病院なんざどこもこんなものかないかと思う、とにかく年配者が多くて待合室のベンチの空きを待つのにも一苦労だ。今の時間に昼飯を食ったら晩飯が入らなくなる。なので軽く済ませてしまいたいところだが、田舎なのでそういう店が少ない。駅前に行けばそれなりに店が点在しているが、そこまで出るのもどうかと思えてくる。


「茶々のカリカリも残り少ないし、買い物していくか」


 愛車の軽自動車に乗り込み、キーを回せばエンジンが軽快な音を立てる。中古だけど遠出するワケでもないのでこのくらいで十分だ。眼鏡をかけなおして病院の駐車場を後にすると、いつも行くスーパーへと向かう。いつもと変わらない平凡な毎日、でもそれが今の俺にはどれほど重要か、骨身に沁みている。必要なものを買い込んで、家族の待つ自宅に戻るだけだ。


 スーパーから車を走らせること数十分、道沿いの風景は次第に家屋が少なくなり、やがて畑と林しか見えなくなってくる頃、ようやく我が家が見えてきた。築百五十年の古民家、それが我が家だ。元は萱葺き屋根だったが維持コストが高いので親父の代で瓦葺に変えているが、サッシ類を除けばほぼ昔のままだ。


『佐倉』と書かれた表札のある門をくぐり、広い庭の隅に駐車すると買い込んだ品物を下していくが、そこでいつもと違うことに気づいた。いつもなら車のエンジン音を聞くなり縁側で待機しているはずの茶々の姿がない。鍵もかけないで不用心と思うなかれ、この辺りまで来るのはご近所さんばかりで皆顔見知り、不審者なんて来ないようなところだ。まぁ遠回しに過疎地だと言っているようなものだ。


「茶々はまた見回りか? しばらくしたら戻ってくるだろ」


 茶々はうちの家族の一員、俺と同居してくれている大事な存在だ。年齢は六歳、オレンジ色の毛並みが美しいポメラニアンの女の子だ、ポメにしては少々、というかかなり大きな身体をしており、実はこの辺りのボスだったりする。ご近所で飼われているハスキーと喧嘩して圧勝していた時は自分の目を疑ったけどな。そんなわけで茶々は時々家を空けることがあるが、とても賢いので必ず戻ってくる。しかも勝手に妊娠してきたようなことは一度もない。どうやらオス選びの基準はとても高いらしく、この界隈ではお眼鏡に適う相手はいないらしい。


「荷物を下したら畑見に行くか」


 そろそろ桜の若葉が出始める頃、見に行くとはいってもビニールハウスの苗の様子を見るのと空いてる畑の土起こしだけだが。昔親父に言われて色々と教わったが、それが今役に立つとは親父に感謝だ。そんな親父は母さんと一緒にあの世に旅立っちまったが。

残されたのは俺と妹、そしてこの家と畑といくつかの山。妹は東京に出て行き、相続税対策のために半分ほど山も売った。本来ならこの家も畑も全部売るつもりだったんだが、諸事情あって今はこうして俺が細々と農業をやっている。とはいえまだ色々と試行錯誤の状態で出荷できるほどの収穫がある訳でもなく、自給自足的なものにしかすぎないが。


「ん? 茶々いるのか? ってあいつ何やってんだ?」


 食料品を台所にしまうべく廊下を進むと居間で茶々の後ろ姿が見えた。何やらしきりに匂いを嗅いでいるようにも見える。その先には襖の無い押入れと、その奥の土壁に開いた穴。茶々が通れるくらいのその穴は俺がこの家に戻ってきた時には既に開いていて、イタチやらハクビシンやらが勝手に入り込んで困ったものだった。今は茶々が睨みを利かせているおかげでそういった被害も無くなっていたんだが、もしかするとまた何か入り込んでいたのかもしれない。茶々が俺に飛びついてこないのも納得がいく。


「茶々ー、あまり深追いしなくていいからなー」

「ワンワン!」


 声をかければ茶々が了解とでも言うように吠える。親バカならぬ犬バカのようではあるが、うちの子は賢い。イタチの場合は悪臭を放つ液体を撒いてくる場合があるから要注意だが、今までそんな足掻きすらさせずに仕留めている。ポメなのにどうしてこんなに戦闘力が高いのか少々気になるところではあるが、とても頼もしい番犬だ。ならばその働きぶりを労ってやらねばなるまい。


「悪いな、一個もらうよ」


 仏壇に向かい、両親の遺影に手を合わせてから鈴を鳴らすと、供え物の饅頭を一個手に取っていつもの定位置である炬燵の一角に座る。テレビをつければ相変わらず情報番組が可もなく不可もなくといった情報を垂れ流している。と、ここでいつもと違う状況に気づいた。


「茶々ー、饅頭食わないのかー?」


 いつもなら饅頭の包装を開ける音がした途端に目の前でお座りするくらいの饅頭好き、というか餡子好きの茶々が来ない。呼びかけても戻ってこない。こんなことは今までなかった。しばらくしてようやく茶々がやってきたのだが、その口には何かをくわえていた。それを見た俺は小さく溜息を吐く。


「茶々、お前初美の部屋に入ったな? そんな人形持ってきて、後で怒られるのは俺なんだぞ?」


 今は上京してしまった妹の初美は昔から人形やぬいぐるみを集めるのが好きだった。中高生の頃はアニメのキャラクター人形(フィギュアとか言ったっけ)を集めてたし、社会人になってからはもっと精巧な人形を買ったり作ったりしては置き場に困ってここに送りつけたりしている。茶々が咥えている人形はその中でもかなり可愛らしくデフォルメされた人形によく似ていたが、もし茶々が玩具にして遊んでいたと知られれば延々と愚痴を言われる羽目になってしまう。


「ワン!」


 茶々が人形を俺の前に置いて一声吠える。何か言いたげだが、もしかしてこれで遊んでほしいという意志表示なのか? ボールの類には一切興味を示さない茶々にしては珍しい。だが主人としては飼い犬とのコミュニケーションは重要だ、思いっきり遊んでやろう。


 ふと人形を見ればデフォルメされているとはいえかなり細部まで作りこまれている、身に着けている衣服も本格的で、所々にある綻びや革の擦れ具合なんかも実にリアルだ。一見して高価であるとわかる人形を放り投げていいものだろうか。


「ワンワン!」


 催促するかのような茶々の声がするが、後で弁償などということになったら堪ったものじゃない、生活費はそれなりに蓄えがあるが、決して無駄遣いしていいものじゃない。そんなことを考えながら人形に視線を落とす。


 あれ?

 おかしい?

 いくら視力が悪い俺でもそんな見間違いするだろうか?


 眼鏡を外して目を擦り、さらに目薬まで注してから再び眼鏡をかけて人形を見る。


 駄目だ、やはりおかしい。俺の目はとうとう幻視するまでに悪化してしまったということか。いや、もしかするとサラリーマン時代のストレスが今になって爆発してノイローゼになってしまったのかもしれない。



 だってそうとしか考えられない。横たわって目を閉じている人形の胸が。生きた人間が呼吸するようにゆっくりと上下しているのだから。 



題材になってるフィギュアは……三頭身のアレです!


もう一話更新します。


読んでいただいてありがとうございます。

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