5.真相
「で、どういうことなんだ? きちんと説明してくれ」
南門の詰所に向かうと、そこにはバドの姿があり、椅子にもたれかかって座るシェリーの姿がありました。どうしてシェリーがここにいるのか、どうしてこんなにも憔悴しているのか、私にも全くわかりません。ただぼろぼろになった衣服は確かに私を見送った時にシェリーが着ていたものです。ということは、シェリーが私を追いかけてきてくれたのでしょうか? あれほどフェンリル討伐を拒絶したというのに……
「カルアを見送った後、イタチが現れて私を咥えてゲートに飛び込んだの。そしてミルキアに向かうカルアの姿をイタチが見つけて……きっとイタチはミルキアを襲うつもりなのよ! 早く逃げないと!」
「おいおい、イタチってのがどんな奴か知らないが、まさかフェンリルのことじゃないよな?」
「全然違うわ、長細い体で、鋭い牙と爪を持ってるの。とっても大きな体なのにとても素早いの」
「そのイタチという獣は間違いなくミルキアに向かっていたんですの? その割には気配も感じませんが」
「きっと様子をうかがってるのよ、私はイタチがいなくなった隙に逃げ出して伝えに来たの」
「そうでしたの……バド、シェリーの言っていることは本当ですわ。私とシェリー、そしてフラムは転移罠の先にあった巨人の国にいましたのよ、そこに住む獣であれば巨大な体を持つことも納得できます。ですが……そんなモノがこちらに来てしまったなんて……もしかしてフラムは……」
「フラムは一緒じゃないわ、私だけイタチに捕まったの。早くイタチの襲撃に備えないと! イタチには魔法も効き目が薄いの! 魔法が当たらないのよ!」
巨人の国というものがあるなんて聞いたこともないが、まさかカルアまで口裏合わせて嘘をつくとも思えない。となればシェリーの言葉がすべて本当だとすると、俺たちはフェンリルとイタチという二つの巨大な獣に狙われているということになる。フェンリルだけでも厄介なのに、そこに新たな獣だなんて冗談にしては性質が悪すぎるだろ。しかも魔法が当たらない獣だと? そんなものどうやって倒せばいいんだよ。
「イタチには物理攻撃しかないわ、素早い動きに翻弄されないようにしながら攻撃を当てれば……」
「それをできる奴がどれだけいるのか、ってことが一番の問題だな」
魔法を躱すような素早い奴に攻撃を当てるなんざ至難の業だぞ? 多少のスピードなら俺でも奥の手を使えば何とかなるだろうが、果たしてどこまでできるものやら……
「そんなことはどうでもいいことですわ」
俺の不安を払拭するようなカルアの声。凛とした声にははっきりとした決意が感じられるが、何かいい手段でもあるってのか?
「フェンリル相手に戦おうというのです、その程度の相手に尻込みしているようでは勝ち目すらありませんわ。いいでしょう、この剣で切り裂いて差し上げます」
「……仕方ねえな、やるしかねえってことかよ」
結局のところ無茶に無茶を重ねての力押ししかねえってことか、だがそのくらいのほうがわかりやすくてスッキリするってもんだ。フェンリルなんておとぎ話の神獣を相手取るんだ、ブレスすら吐かない獣に負けるようじゃ戦う前から負けたも同然だ。それに……惚れた女がここまで覚悟決めてるんだ、付き合ってやるのが男ってもんだろ?
「イタチは夜に活発に動くの、だから夜が危険よ」
「わかった、まだ明るいうちに準備しておくとしよう」
「私は街の住人たちに夜は外出しないように触れを出しますわ、そうすれば被害は少なくなるでしょう。出来ることなら余計な被害者を出す前に片づけたいですわね」
「イタチは血の匂いに寄ってくるかっもしれないわ」
「わかりました、いい情報をありがとうございます。羊を一頭潰しておびき出しましょう」
カルアが素直にシェリーの忠告を受け入れているのは、シェリーがいたという巨人の国というものが実在することの証明だろう。巨人の国というものの恐ろしさを僅かではあるが垣間見たからかもしれないな。だが羊を使って誘き出すのはいいが、それはフェンリルも呼び込むことになりかねないんじゃないか?
「血の匂いをさせたらフェンリルまで来るんじゃないか? 両方とも同時に相手になんざできねえぞ?」
「イタチは狡猾だけど、他の獣と共闘できるような獣じゃないわ、それは一度相対した私がよくわかってる」
「うまくいけばフェンリルにぶつけることが出来るかもしれませんわ。自分が目を付けた街に手を出す獣を見過ごすとは思えませんし、共倒れになってくれれば幸いですわね」
「ああ、だがそううまくいかないのが常ってもんだ。戦う準備だけはしておかねえとな」
「バド……いいんですの? 命の危険がありますわよ?」
「傭兵なんざいつでも死神が隣で笑ってるような稼業だしな、今更覚悟が出来てねえなんて言わねえよ、それに……」
「え? 何ですの?」
「いや、なんでもねえよ」
思わず口に出そうになって慌てて話を止めた。まさか面と向かって惚れた女と一緒に戦いてえなんて言えるはずねえだろうが。相手は貴族の姫様だぞ? 流れの傭兵がちょっかいかけていい相手じゃねえし、何より生き延びなきゃ話にならねえ。おそらくカルアはフェンリルと刺し違えるつもりでいるんだろうが、お前に死なれちゃ俺がここにいる意味がねえよ。傭兵なんざどこで野垂れ死のうが構わねえが、カルアには自分の家を盛り立てていくっていう使命があるんだからな。
シェリーがこっちを生温かい目で見てくるのがちょっとばかり気になるが、とりあえずやることは決まった。イタチとかいう奴をぶっ潰して、フェンリルもぶっ潰す。お互い潰しあってくれたら、生き残ったほうを確実に潰す。疲弊した状態ならこっちにも十分勝ち目が見えてくるはずで、正々堂々なんて言ってられねえ、こっちは明らかに格下なんだからな。
多分奥の手を使わないと互角には持ち込めねえだろう。シェリーにもカルアにも見せたことのない奥の手、アレを見たらカルアは幻滅するだろうが、それでも俺はアイツに生きていてほしい。一緒に死んでやるつもりはこれっぽっちも無え、どんな手段を使ってもカルアは死なせねえ、そのためならカルアに幻滅されるくらいどうってことねえさ……
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