4.思わぬ再会
「バド殿、いつもすみません、御指南いただいてしまって」
「気にすんな、身体を動かしてねえと気分が滅入るんでな」
疲労困憊な兵長と軽く言葉を交わすと、いつものように周辺の警戒に入る。カルアはフェンリルと約束したようだが、はっきり言って獣との約束なんて信じるものじゃねぇ。それに何より、あいつは俺たちのことを完全に見下してやがった。まともに約束を守ると考えないほうがいいに決まってる。見下されるのは気に入らねえが、実際に格下なんだからどうしようもねぇんだが……
こうして外周を見回るのも対策の一環で、あんな巨体が現れれば遠目でもすぐにわかる。戦場での異変を見つけることは傭兵としての基本中の基本で、それが生死を分けることも少なくない。いつもと違う異変を素早く見つければ、それだけ対策を練る時間が作れるし、戦いの準備もできるってもんだ。
「ん? 南門が騒がしいな、喧嘩か?」
ミルキアはミルーカ最大の街で、フロックスでもここまで活気のある街は少ない。アキレアとの国境に近いから交易も盛んで入ってくる他国の連中も多い。となれば必然的に面倒くさい連中も多くなるわけで、そいつらが入門を断られて揉めることもよくあることだ。大概は門番に取り押さえられて終わるけどな、ここの街の門番はかなり強いし。
だがどうも今回は違うらしい。南門に近づくにつれて遠巻きに声が聞こえてくる。どうやら見たことの無い服に身を包んだエルフがやってきたらしい。エルフといえば妙に古臭い革鎧をシェリーが身に着けてたな、いつもそれをフラムにからかわれてたっけか。
「どれ……見物に行くか」
シェリーが一緒だったからあまり気にしたことがなかったが、エルフはとても希少だ。かつて迫害を受けたことで鬱蒼とした森の奥地に隠れ住むようになったらしい。表に出てくるシェリーのほうがもっと希少ということなんだろうな。だがもしほかのエルフだとすれば、かなりきな臭い匂いがしてくる。事実高値でエルフが売買されたなんて噂も以前はちらほら聞いたしな。見た目も綺麗で魔力も多い、精霊の加護もあるとなればそれも当然か。
どうやら詰所にいるらしい。門番の話じゃずっと走り続けてきたようで、かなり衰弱しているようだ。俺が魔法に長けていたら治癒してやれるんだが、とりあえず起こさないように顔だけでも見ておくか……
おい、どうしてここにいるんだよ。お前はあのダンジョンでいなくなったままだったはずだ。衣服は見たことの無い形だし、一見して上質な生地だって俺でもわかる。にもかかわらずボロボロで、きっと何度も転んだんだろう、至る所に擦り傷がある。こんなになってまでお前は戻ってきたのか……
「シェリー! おいシェリー!」
思わず声が荒くなる。だってあれだけ探しても見つからなかったシェリーがこんなところにいるんだぞ? 噂では一度戻ってきたらしいが、色々とトラブルがあってアキレアを追われて行方不明になったと聞いた。そんな酷い目に遭ってもなお無事でいてくれたことが嬉しくて、声を抑えるなんてできるはずがねぇ。
「う……ん……え? バド? バドなの?」
「ああ俺だ、バドだ」
「バド! 大変なの! カルアはどこ? すぐに報せないと!」
「おいおい、いきなり何だよ、少し落ち着け」
目を覚ましたシェリーは俺に気付くなりカルアを探し始めた。こんなに疲弊してるのに、この取り乱しようは尋常じゃないな、今までもちょっとそそっかしいところはあったが、ここまで焦るとは……もしかしてフェンリルに遭遇したのか?
「イタチがいるの! ミルキアを狙ってるのよ!」
「イタチ? フェンリルじゃなくてイタチ? なんだそりゃ、どんな奴だよそいつは?」
シェリーの口から出たのはフェンリルではなく、イタチとかいう聞いたことの無い名前だった。興奮するシェリーの言葉は支離滅裂でうまく伝わらないこともあったが、それでも何とか聞き取れたことを要約すると、シェリーがあのダンジョンの転移罠にハマった場所で出会ったイタチという獣によってこちらに連れてこられたこと、そしてその獣はシェリーを餌としてしか見ていないこと、そして……カルアの姿を追ってこの街の近くの森まで来ていること、とにかく信じられないことばかりだった。
転移罠の先にあった場所? そことシェリーの今の姿が何の関係がある? そしてそんな恐ろしい獣がどうしてここに来た? 考えを纏めようにもにも全くまとまらない。一体何を信じていいのかすらわからない。シェリーが嘘をついているとは考えたくはないが、こんなバカげた話を信じろというほうが無理というもんだ。
だがシェリーの焦り方は尋常じゃない、それは間違いなく言えること。でなければ武装もせずにこんな場所まで来るはずがない。どうしたらいいものか考えていると、凛とした声が耳に入ってきた。飛び出していったはずの、俺の惚れた女が詰所に顔を出した。見事な装飾の入った鎧に身を包み、炎の装飾の入った鞘付きの剣を腰に提げた姿は思わず惚れ直してしまうくらいに美しかった。
「ど、どうしてシェリーがここにいるんですの? あの時に私を見送ってくれたんじゃありませんの?」
「カルア! カルア……イタチが……イタチが……」
駆け寄るカルアに抱き着くシェリーはもう言葉が出なかった。だがそれよりも気になることをカルアが言った。シェリーがカルアを見送った? ということは、カルアはシェリーと同じ転移罠にハマったということなのか?
次から次へと知らない情報が入ってきて、流れの傭兵だった俺には即座に理解できなかった。これはまず二人からしっかりと話を聞く必要があるな、そしてシェリーがこれほそまで恐れるイタチという獣についても、な。
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