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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
更なる来訪者
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10.逃亡した獣

12月24日に差し替えしました。

「私はもう戻らないといけませんの……あなたたちの協力を得られたらと思っていましたが……あなたたちがここで得たものを奪うようなことはできませんわ。それにフェンリルは私たちの領地での問題、私たちの力だけで解決しなければ何の意味もありません」

「そうか、そうしてくれるとこちらも助かる。シェリーとフラムを危険な目に合わせたくないんだ。身勝手な言い方かもしれないが、カルアの領地の人たちとシェリーとフラムを天秤にかければ、俺にとっては間違いなくシェリーとフラムのほうが重いんだ」

「ひどいです、ソウイチさん。私そんなに重くないと思うんですけど」

「それは物のたとえ、シェリーはもう少し真剣に言葉を勉強するべき」


 カルアがやってきて数日経過し、彼女は意を決したかのような表情で切り出してきた。彼女からすればシェリーとフラムという心強い仲間の助力が得られればと考えていたんだろうが、申し訳ないがそれは看過できない。非情な人間とそしりを受けるかもしれないが、二人の命に危険が及ぶようなことはさせられない。たとえカルアの領地の人たちがどれほど命を落とそうとも、ここで暮らす俺たちには何の関係もないことなのだから。


 シェリーは明らかに、フラムはほんの僅かばかりだが安堵の表情を見せていた。やはり二人ともカルアの境遇について何か思うところがあったらしいが、カルアの決断で自分たちに波及することがなくなったということが大きいだろう。


「カルア、マジックポーチは持ってる?」

「ええ、ありますわ」

「なら土産を持っていくといい。フェンリルの機嫌をうかがって、余計な争いを避けることもできるかもしれない」

「本当ですか? もしそうなら嬉しいのですが……高価なものをいただいても、持ち合わせなどありませんし……それに剣や鎧まで整えていただきましたのに……」

「気にすることはない、剣や鎧、服はハツミとタケシの善意によるもの。それにカルアが貴重だと思っているものは簡単に手に入る」

「ま、まさかあのお茶やお菓子も?」

「そう、だから心配しなくていい」


 フラムがカルアのところに色々と持ってきた。紅茶の茶葉に各種調味料、香辛料。そしてあの長細いのは茶々のおやつのササミジャーキーか? もしかしてあれでフェンリルを懐柔するつもりだろうか? というかそもそもフェンリルはササミジャーキーを食べるのか?


「ソウイチ殿もありがとうございました。もし再び生きてこの地に訪れるときはきとんと返礼いたしますので」

「気にしなくていい、俺たちが好きでやったことなんだからな」


 カルアはしきりに恐縮しているが、ここにいる皆が好きでやってることだから気にしないでほしい。初美も武君も自分の創作意欲を刺激された結果だし、紅茶やら砂糖やらはカルアに持たせた程度など微々たるものでしかない。むしろこの程度で恐縮されるとこっちも困る。


「本当は野菜の種でもと思ったんだけど、実際に育つかどうかがわからないから」

「土の状態がわからないと播いても発芽しない可能性があるし、そもそも生育環境を整えられるかということもあるからな」

「そこまでしていただく訳にはいきませんもの……」


 冷静に対処しておいるように見えてフラムもカルアのことを機にかけているらしい。というのも昨夜野菜の種について相談してきたのはフラムだったりする。実を言うと発芽自体はすると考えているが、きちんと生育しないか、生育できても実るかどうかがわからないというのが本音だ。


 ちょっとした野菜でもカルアたちの体のサイズから考えても巨木サイズになるだろうし、それだけの大きさの植物がたった数か月で大きくなるということは、土壌中の養分を根こそぎ使い切ってしまうんじゃないかと思う。もしそうだとしたら、数年どころか数十年くらい土地を休ませないと不毛の地にすらなりかねない。


「どうした茶々? 何か気になることでもあるのか?」

「クーン……」


 茶々がゲートの周辺をうろうろしながら何かを探している。何があるのかはわからないが、漠然とした何かがあるような気がする、といった感じだろうか。しきりに匂いを嗅いでは首を傾げている。もしかしたら自分でゲートを繋げたということをよく理解できていないのか? シェリーたちのいた世界から流れ込んでくる空気が茶々を神経質にさせているのかもしれない。まああのドラゴンのようなバケモノが再び現れるとは思えないし、茶々も落ち着いてカルアのことを見送ってほしいものだが。


「それでは皆様、お元気で。シェリー、フラム、末永くお幸せに」

「カルアも元気でね、フェンリルなんかに負けちゃダメよ?」

「カルア……元気で……」

「はい……今までありがとうございます」


 カルアは別れの言葉を伝えると、名残りを振り切るかのようにゲートへ向かって歩き出すカルア。全く振り返ろうとせず去ってゆくその姿は薄情とも冷酷とも受け取られることもあるだろう。しかしその背中にはフェンリルと戦うという強い決意が滲み出ていた。


 その背中がゲートに飲まれて消えるまでずっと無言で見送った俺たち。特にシェリーは自分が見送る側になる日がくるなど考えてもいなかったらしく、しばらく呆然とゲートを眺めていた。決して喧嘩別れの決別じゃない、お互いの立場と未来を考慮した上での別離だとしても、今生の別れになるかもしれない仲間を見送るというのは精神的に辛いものがあるんだろう。


 そんな思いを皆が抱いていたその時、その瞬間、誰もが想定していなかった事態が起こった。全てをこの一瞬に賭けたかのような俊敏な動きで飛び込んできたそいつは、圧倒的不利な状況にもかかわらず、強敵天敵に対して全く怯むことなく駆け抜けた。想定していない事態に一瞬誰もが動きを止めてしまった。反応が遅れてしまった。


「え?」


 自分でも何が起こっているのか理解できていないであろうシェリーの声。そしてそいつはシェリーの服の襟首をくわえると、そのままカルアが消えたゲートに向かって身を躍らせた。誰もが今起こった事態を即座に認識することができなかった。


「……イタチだ!」

「ワンワン!」


 秋も深まり、山の小動物も少なくなってきたので、おそらくずっとこの瞬間を待っていたんだろう、人家の近くであればネズミなどを捕まえることもできるが、偶然にもシェリーやフラムを見つけたイタチが入り込んでいたに違いない。茶々に存在を感づかせないように気配を殺し、この一瞬に賭けていたであろうイタチは目論見通りにシェリーを捕捉すると、そのまま逃走した。


 ただ想定外だったのは、自身が逃げ込んだ先が別な世界へのゲートだということだ。そして……俺の目の前から大事な婚約者が消えたということだった。しきりに茶々がゲートに向かって吠える中、ただただ二の句を継げなくなった俺はゲートの奥の闇を呆然と見ていることしかできなかった。


 


 

これでこの章は終わりです。次回は閑話の予定です。

諸事情により内容を差し替えました。


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