6.異形の襲撃者
「どう? さっきの画像、あれだけ精巧なの見たことある?」
『初美ちゃん、これほんとに作り物なの? 装飾とか粗いとこもあるけど、ずいぶんリアルだね』
「こういうのフィギュアに持たせたら……どうかな?」
『……いいね、最近つまんないアニメ物の小道具ばかりで飽きてたんだ。デフォルメされたフィギュアなのに持ってる物は本物志向……やりがいあるね』
「じゃあさ……」
「ふぅ……これで良し、と。あいつならこっちの意図を汲み取ってくれるでしょ」
スマートフォンの発信履歴には懐かしい人物の名前。アタシがフィギュア製作に没頭してた頃に知り合った男で、フィギュア用の小道具を作ることをライフワークにしてる偏狂なマニアだ。アタシも何度か依頼したことがあって、その腕の確かさは認めてる。その時はフィギュア用の日本刀をお願いしたんだけど、縫い針くらいの大きさの日本刀を作ってくれた。それもしっかりと鍛造で。
フィギュア用だからって模造品を使ったら意味がない、フィギュアでも本物を持ってこそリアリティが出る。
そう胸を張って言い切る姿は職人そのもの。依頼料も高いけど、それに見合ったクオリティのものを仕上げてくれる。おかげで即売会じゃアタシのフィギュアはいつも即完売、その噂を聞いた著名なフィギュアメーカーが小道具を依頼してるみたいで、なかなか潤ってるらしい。でもそこは大量生産というハードルがあって、コストの面で本当に納得のいくものが作れないって愚痴メールを貰ったりしてた。
だからこそ、アイツに頼んだ。シェリーちゃんの剣は素人のアタシが見てもボロボロで、いつ折れてもおかしくない状態だった。住む部屋は用意したし、服とかはアタシが作れる。でも実用性のある武器までは無理。どういう縁かは知らないけど、シェリーちゃんと知り合うことができた。ならシェリーちゃんが元の場所に帰ったとしても、無事でいて欲しいと思うのは当然、アタシに出来ることはこのくらい。いい武器があれば生存率も上がるような世界、きっとシェリーちゃんの助けになってくれるはず。
ちなみにシェリーちゃんのことは何一つ話してない。もし話したら、お兄ちゃんがアタシを信じて連絡してくれた意味がなくなる。シェリーちゃんのことが知れたら、間違いなく大騒ぎになる。ううん、そんな生易しい言葉じゃ言い表せないようなことになると思う。それはシェリーちゃんの存在だけが理由じゃない。
それはマジックポーチ。アタシが知ってることでシェリーちゃんは違和感を持たなかったけど、それはラノベやゲームでそういうアイテムがよく出てくるから知識にあっただけで、まさかそんなものが現実に存在するなんて思ってなかった。それが今、この家に存在してる。容量とかの問題じゃない。アレは危険。それこそ世界中の研究者がどんな手段を使っても欲しがるくらい、ううん、それどころか軍事利用したがる連中は間違いなく手段を選ばない。だってそうでしょ、たくさんの武器を隠し持つことができるポーチなんてものがあれば、簡単に武器を持ち込める。悪い連中に渡れば麻薬とか危険な薬物、果ては盗品なんかも自由に運べる。
絶対にシェリーちゃんの存在をこの家の住人以外に知られちゃいけない。これはきっとアタシとシェリーちゃんを引き合わせてくれた神がアタシに課した試練だ。何があっても護れという命令だ。でも命令なんかされなくても護るけどね。
この時アタシは気付いてなかった。アタシの警戒は人間社会に向けてのものだった。だから……すぐそばに近寄ってきてる危険を察知することができなかった。だってそれはアタシにとってはごくありふれたものだったから……
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遠くで聞いたことの無い大きな音が聞こえる。古代遺跡で遭遇したことがあるゴーレムのような音にも聞こえるけど、それが何なのか私には全くわからない。ハツミさんは板のような道具を持って部屋の外に出て行った。
「あ、お兄ちゃん帰ってきたみたい」
「ワンワン!」
ハツミさんが大きな木戸を開けて外の様子を見れば、チャチャさんが嬉しそうに尻尾を振りながら外へと飛び出していった。我慢できないくらいにソウイチさんが好きなのかな、なんて思いながら剣を腰につけてゆっくりと体をほぐすように動かす。ここに来てから丸一日、まともに動いていないのできちんと動けるかどうかが怪しい。ここは平和な国だから剣なんて使わないだろうし、魔法だって声を届けるための風魔法くらいしか使わないんじゃないかな。
まさかダンジョンの奥にこんな平和な国があって、こんなに歓待してくれてるなんて誰が信じるかしら。パーティの仲間や友人たちは信じてくれるかしら。馬鹿なこと言うなって笑われるかもしれない。戻れたらの話だけどね。
「?」
ふと部屋の奥から嫌な匂いがした。微かに漂うのは血の匂い、そして獣の匂い。チャチャさんの匂いとは全く違う、全身を総毛立たせる匂い。どうしてそんな匂いがするのか不思議に思って周囲を見回せば……私が出てきた大きな穴の大部分を占める暗闇の中、ぎらりと鋭い二つの輝きがゆっくりと高度を下げつつ接近してくるのが見えた。
いた。それは確かにそこにいた。その目は間違いなく私の姿を捉えている。あれは……私を捕食対象として見ている目だ。冒険者として活動している時に何度も見たことのある、弱者を喰らうという喜びを湛えた目だ。
「うわあっ!」
咄嗟に身体が動いたのは奇跡に近かった。僅かに感じた殺気に後方に飛び退けば、そいつは私がいた場所めがけて身体を躍らせた。ほんの一瞬でも動き出すのが遅れていれば、私は間違いなく捕まっていた。そいつは一瞬だけ忌々しそうな顔をしたけど、私の姿を改めて確認して再び喜色を浮かべた。
だいじょうぶ、こんなやつすぐにつかまえられる。
そう言われたような気がした。でもそれも当然だと思った。そいつの全貌を見た時、私は身体が動かなかった。細長い身体に長い尾、大きく裂けた口には鋭い牙が並び、その手には鋭利なナイフを思わせるような爪が伸びている。見たことの無い異形の魔獣は私の味を思い浮かべているのか、大量の涎を垂らしている。
このままでは間違いなく殺される。食べられてしまう。ここは決して優しい国じゃなかった。私たちの国と同じかそれ以上に、弱者には厳しい国なんだ。でも……だからといって何もしないで終わる訳にはいかない。こうして命を繋ぐことが出来たんだから……
異形の魔獣から視線を外さないようにゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。ここで視線を切ったり、背中を見せて逃げたりすればその時点で終わる。それで命を落としてきた冒険者を何人も見てきた。それは国が違っても同じはず。ゆっくりと、ゆっくりと剣を抜いて構えれば、異形の魔獣は無駄な足掻きだと馬鹿にするかのように小さく吠える。
「キキッ!」
「……来なさい」
この剣でどこまで出来るかわからない。でもやらなければ命が無い。私よりも遥かに大きな身体を持つ異形の魔獣との絶体絶命の闘いが始まった。
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