8.装備
私たちの部屋の前に置かれた姿見に映った自分の姿を見て、カルアはしばらくの間言葉を失っていた。今身に着けているのは彼女の自前の鎧、先祖代々ミルーカ家の女性に受け継がれるという由緒正しいけど若干古臭くて本人は特段気に入っていなかった鎧だけど、私たちと再会した際には所々が破損していた。それはカルアとフェンリルとの闘いがどれほど苛烈だったかを容易に思い出させる。戦いはカルアの防戦一方だったらしいけど、それでも完全に防ぎきれなかったフェンリルの攻撃が大きな傷跡を残していた。
でも今カルアが身に着けているのは傷のほとんど目立たない鎧。それどころか所々に改良された跡があり、何より変わっている部分にカルアの目は釘付けだった。
「補修できるところは補修しておいたし、強度に問題があるところは補強もした。あと動きを阻害するような部分も手を加えさせてもらったよ。それから……君の髪の色に合わせてデザインも変えたんだけど……どうかな?」
「あ……ああ……」
綺麗に磨き上げられた白銀の鎧はカルアの為に作られたんじゃないかと思えるくらいに彼女の体にフィットして、傍から見ても動きに不自然なところは無さそうだった。そして何より、鎧の所々に施された赤い紋様が目を引く。
「ミルーカ家のシンボルでもある狼とカルアの象徴である炎の紋様を、魔力を込めた塗料で施した。これで鎧の防御力も上がるはず」
「フラムちゃんと相談してデザイン決めたんだ。どうしても補修の跡を消せなかった部分をこれでごまかしてるんだけどさ」
フラムとタケシさんが満足げに言う。何やら昨夜二人で話してたのはこのためだったみたい。それにしてもタケシさんの仕事の速さにはびっくりしちゃう。どんな腕の立つ鍛冶職人に頼んでも鎧の補修は十日くらいかかるはずなのに。全身に施された赤い紋様はカルアの赤い髪と相まって一段と強そうに見える。
「動きはどうかな?」
「え、ええ、問題ありませんわ。というよりも今まで以上の動きやすさですわ、それに重さも今までの半分くらいになっています」
「余計な装飾と過度の装甲を無くして動きやすさ重視にしたんだ。カルアちゃんは大盾を使わないって聞いてたし、それなら動きを阻害するようなものは極力省いたほうがいいかなって思ってさ」
「そのための魔力紋でもある。魔力紋の刻み込みには少々骨が折れた」
「それから、左腕には着脱可能な丸盾をつけられるようにしてある。特殊な繊維強化プラスチックを使ってるから軽いうえに耐火性もあるから、剣を振るときにも邪魔にはならないはずだよ」
「はい……とても軽くて、信じられないくらいです」
「さすがタケシ、武器や防具を作らせたら神の領域」
「それなりのものを作ったっていう自負はあるけどね」
タケシさんはこともなげに言うけれど、それがどれほどすごいことなのか全く理解してないと思う。鎧の改良だって、強度を落とさずに重さを半分にするなんて信じられないのに、それに加えてあの丸盾。さっき私も持たせてもらったけど、金属のものに比べて遥かに軽いのに、強度は金属同等だって言うんだからカルアが呆然とするのも無理はないと思うわ。私たちは一緒に暮らしているからタケシさんの凄さに慣れちゃったけど、彼が作ってくれた剣は元の世界ではアーティファクトとして扱われてるのよね。
そう、剣。カルアは自分の腰に着けた剣の鞘を大事そうに撫でてるけど、その気持ちはすごくわかる。以前ハツミさんから贈られたタケシさん作の両手剣は盗まれちゃったけど、それにも増して素晴らしい剣を持ってきてくれた。鎧と同じ赤い炎の紋様が施された鞘。そして優しいそよ風に揺れる澄んだ湖面のような紋様のある剣身を見た時のカルアの顔は見ものだった。欲しいんだけど自分から言い出すのははしたないとでも考えてたのかしら、顔色がころころ変わって見ているこっちが心配しちゃったわ。
「で、でも……いいんですの? こんなに素晴らしいものを頂いてしまって……」
「まさか丸腰で返す訳にもいかないでしょ? それにこの剣は誰も使い手がいないんだ。このまま飾り物になるよりも誰かに使ってもらったほうが剣の為にもなるんだよ」
「大丈夫、タケシも好きでやってることだし、その分の報酬はさっきハツミが受け取った」
「報酬って……あの光る魔道具のこと? もしかして呪いの道具?」
「あれは今のカルアの姿を正確に写し取る道具でどんな絵描きよりも精緻な絵を残すことができる。でも使い方を間違えれば一生消えない傷を負うことになる。主に心に」
「こ、心に?」
カルアが驚いているけど、きっとカメラのことよね。さっきハツミさんが「今後の資料にするわ!」って言って写真撮ってたから。もしかしたら私やフラムを模した精巧なお人形を作ったみたいに、カルアのも作っちゃうのかしら。私たちを模した(といっても少し外見が変わってるけど)お人形はよく売れてるらしく、私たちでも皆の生活費を稼ぐ一端を担ってると考えるととても嬉しくなってくる。最初はとても恥ずかしかったけど、最近は色々な服を着たりできるからちょっと楽しいけど。
「で、でもこれなら……きっと……」
腰の剣を確かめるようにしながらカルアが呟く。その内容までは聞き取れなかったけど、彼女のことだからフェンリルに一矢を報いるつもりなんだと思う。彼女はパーティを組んでいた頃から自分の領地がどんなに良いところかをいつも熱弁していたし、フェンリルが神獣とはいえ領民が遊び半分で食べられることなんてとてもじゃないけど容認できないはず。私はフェンリルを実際に見たことがないけど、フラムの話ではドラゴンと互角に戦えるくらいに戦闘能力が高いらしいから、彼女が思い描くようにはいかないかもしれない。
彼女が領民を護る為にフェンリルと戦うというのなら、仲間として手助けしたい気持ちはある。確かにあるんだけど、それ以上にソウイチさんに心配をかけたくないっていう気持ちのほうが大きい。フラムはきっぱりとカルアに協力して一緒に戦うことは出来ないって言ってるけど、そのかわりに色々と面倒見てるんだと思う。もし私たちが生還できなかったらソウイチさんはもちろん、ハツミさんやタケシさん、そしてチャチャさんまでも悲しませることになる。彼女には悪いと思うし、フェンリルの暴威に晒される領民さんたちには申し訳ないと思ってるけど、私のことを家族として受け入れてくれた人たちを悲しませたくない。
果たしてカルアがそれで本当に納得してくれるのかどうかはわからない。納得しているように見えても内心ではそうじゃないかもしれない。彼女は貴族としての教育を受けているので、自分の本心を見せずに交渉するなんてお手の物だからとても不安。それは同じパーティーの仲間として彼女の本質を知っているから。貴族としての高潔さと自分の領地と領民への愛情と、冒険者としての冷徹さを併せ持つ彼女だから、いざとなれば自分を偽って事を運ぶくらいどうとでも出来るはず。
このまま何事もなく終わってくれればいいんだけど、それは望めそうにないみたい。フェンリルという存在が私たちにどんな影響を及ぼすのかわからないけど、決していいものじゃないということはわかる。そんな不安を胸に抱えたまま、私はカルアの姿を見ていることしかできなかった。
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