6.労い
初美が皆を連れて風呂場へと向かった後、俺は茶々を足元に待機させて台所でデザートの準備をしていた。どうも茶々のカリカリが少し減っているので、カルアが食べたんだろうということは予想できた。ドッグフードは人間が食べても問題ないという話は聞いたことがあるが、だからといってカルアにそれを食べさせるわけにもいくまい。
足元にじゃれつく茶々に切れ端を与えつつ、台所に保管しておいた梨を剥いてシェリー達用のサイズに刻む。風呂上りというのは水分を失われているので、それを補給してやらないといけない。特にシェリーたちの世界では温かい湯に体を浸すという習慣はほとんど無いらしく、あっても一部王侯貴族が身だしなみを整える際に湯を使って体を拭く程度らしい。温泉らしきものはあるそうだが、それを使っているという話は聞いたことがないとフラムが言っていた。
となれば初めて入浴を経験するカルアが軽度の脱水になっていてもおかしくない。それにシェリーやフラムもいるんだし、水だけというのはとても味気ない。というよりもここで貧相な対応をして大事な婚約者に恥をかかせたくないという個人的な理由も大きいが。
「お兄ちゃん、こっちはもうすぐ準備できるから」
「ああ、こっちももうすぐだ。……どんな感じだ?」
「相当緊張してたみたいだけど、シェリーちゃんとフラムちゃんの無防備な姿を見て少しは警戒を解いてくれたみたい。あの二人がアタシたちに虐げられてると思ってたみたいね」
「そんなことするはずないのにな」
「それはお兄ちゃんの私見でしょ? 国交の無い国にいきなり入り込んだ旅行者が捕まるなんて話はニュースでもよく聞くでしょ? たぶんそういうことはあっちでも当たり前にあるんだと思う。その処遇についてはわからないけど、決して楽観できるものじゃないと思うんだ」
「そうだな……シェリーの時もかなり卑屈になっていたところがあったな」
「ま、こっちに敵意はないってことを前面に押し出していけばいいと思うわよ。アタシはタケちゃんに剣の予備がないか聞いてくるから。多分タケちゃんの性格だと予備作ってると思うから」
「ああ、こっちは任せろ」
そう言うと寝間着の上からダウンのベンチコートを着た初美が玄関から出て行った。納屋で炉の調整をしている竹松君のところに行くのなら問題ないだろう。こんな田舎じゃ変質者なんているはずもないし、もしいても街灯もない田舎道を夜中に歩くなんて下手したら遭難しかねないからな。
「ワンワン!」
「そうか、準備ができたか」
茶々が俺を催促するように吠える。どうやらシェリーたちが居間に戻ってきたらしい。色々とあるのは確かだが、とりあえずは新たなお客さんを労ってやるとしようか。
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「タケちゃん、前にシェリーちゃん用に頼んだ剣で両手剣があったと思うんだけど、あれって予備作ってる?」
「え? 作ってるけど……でもシェリーちゃんには重くて扱えないんじゃないの?」
「うん、実はね……」
納屋で煤に塗れていたタケちゃんに事の顛末を話すと、とても興味深そうな顔をした。特にカルアちゃんが女騎士だというところにかなりかなり食いついてきた。
「初美ちゃん! 本当に生の『くっころ』を聞いたの? 動画は? 録音は?」
「そんなの撮ってる余裕なかったわよ。で、一応こっちが危害を加えるつもりはないってことを意思表示しようと思ってさ」
「なるほど、危険視してる相手に武器を渡すなんて考えられないからね。わかった、予備を探して研ぎなおして持っていくよ」
「うん、ありがと」
煤で汚れた頬を軽くハンカチで拭って口づけすると、年甲斐もなく照れた顔を見せるタケちゃん。何気ないことかもしれないけど、こうしてきちんと反応を返してくれるところが嬉しいのよね。変に女慣れしてないからいつも反応が新鮮だし、きちんとアタシのことを見ててくれてる。本当にアタシには勿体ないくらいの彼氏だ。
でもこれで武器については大丈夫、となれば後はアタシの番だね。鎧はすぐに作るのはタケちゃんでも無理だけど、鎧の下に着るものならアタシでも十分何とかできる。これまでに作ったものの中からサイズ調整して……できることならカルアちゃんの綺麗な赤髪が映えるようなものがいいよね。
エルフの戦士に魔族の魔法使いの後は犬獣人の女騎士……アタシの創作意欲を爆発させるような題材が実体を伴って降臨するなんて、これってきっとアタシに流れ来てるかも。でもそのためにはカルアちゃんに気に入ってもらわなきゃいけないんだから責任重大だよ。騎士だから鎧の下はシンプルなものになるんだろうけど、最悪鎧が壊れた時にも最低限の防御力はあったほうがいいし、色々とやりがいがありそうだよ。
さっきちょっとだけ覗いてみたら、かなり恥ずかしそうにしてたけど下着は身に着けてくれたみたいだし……あんなに綺麗なのにズロースみたいな下着なんてありえないよ。騎士とはいえ女の子なんだし、やっぱり下着からお洒落すべきよね。材料はあるし、まずはちゃっちゃと数点作っちゃいますか。
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