4.実情
夜中に居間が騒がしいと思って覗いてみれば、皆が勢ぞろいしていた。竹松君は納屋の炉の調整中ということで夜通しの作業中ということでここにはいない。そして皆の視線の先には自由に動くロープのようなもので縛り上げられ、さらに宙づりにされている小さな女の子がいた。身体のサイズはシェリー^たちうとほぼ同じ、違うのは真っ赤な髪の毛と、何故か頭の上に存在している二つの耳と尻尾。
どう考えてもあのゲートから出てきたとしか思えない姿だが、その本人は宙づりにされているせいか涙目だ。金属製の鎧を着ているが、その外見は以前にシェリーとフラムが話していたパーティのリーダー、カルアだと思う。
「君は……カルアか? 俺がこの家の主人の宗一だ。いつまでもそのままじゃ困るだろ、おろしてやれよ」
「待ってソウイチ、あれが本物のカルアだとしても完全に危険がないとは言い切れない」
「この状況でどうにかできると思ってるのか? それに何かあったら茶々が対処してくれるさ。な、茶々?」
「ワンワン!」
「……わかった、ソウイチとチャチャがそう言うなら……」
フラムが杖を一振りすると、床に敷かれたビニールから出ていたロープっぽいなにかが霧散する。自分の身長以上の高さから落とされたにも関わらず、カルアは体を回転させて上手に着地した。しかしその目は未だ俺たちへの警戒を解いてはいない。まるで野良の子猫に相対しているような感じになる。カルアの耳と尻尾はネコ科のものじゃなさそうだが。
「改めて自己紹介するぞ。俺はこの家の主人の宗一だ」
「私はミルーカ家の息女であり長女のカルアですわ」
「ねえカルア、あなたはどうやってここに来たの?」
「私はあなた方が消息を絶ったあのダンジョンに現れた穴からあなた方の匂いを感じて……入ってみたらここに出たんですわ」
「つまり……このゲートは無事に私たちの世界に繋がった? チャチャ、すごい」
「ワンワン!」
茶々が嬉しそうに尻尾を振りながら吠える。茶々が吠えるたびにカルアがびくびく怯えるが、こればかりは茶々を信頼してもらうしかない。茶々は決して乱暴な犬じゃないぞ。だがこれでこのゲートがシェリーたちの世界に繋がったという証明がなされたことになる。今までのことから鑑みても、一方通行だとは考えにくい。
「カルアはどうしてあのダンジョンに入ろうとした?」
「私は……私は……」
何か重要なことを思い出したのか、カルアは突然大粒の涙を零しながら黙り込んでしまった。一体何が起こってるのかわからない俺と初美は顔を見合わせてしまった。たぶん俺たちじゃ彼女から話を聞くのは難しいんじゃないかと考えていると、フラムが俺たちの考えを察知したのかカルアに向かって問いかけた。
「カルア、あなたは自分の領地に帰ったはず、なのにこんな場所にいるということは、そこで何かあったに違いない。一体何が起こったの?」
「そうよ、あなたはいつも自分の領地と領民が大好きだって言ってたじゃない? そんなあなたが領地と領民を放ってこんな場所にいるなんてこと考えられないのよ。私たちに何ができるかわからないけど、話してみて」
「……わかりましたわ」
そうしてカルアはぽつぽつとここに来ることになった経緯を話し始めた。
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カルアの話した内容は、俺と初美にはすんなり理解できるものではなかった。フェンリルと呼ばれる害獣が現れてカルアのことを欲していることも驚きだったが、そんな巨大な害獣が現れるということにもだ。ドラゴンのような存在がいるのだから、それに準じた害獣がいてんもおかしくはない。そしてカルアがその要求に応じなければ、フェンリルはカルアの故郷を蹂躙するということにも驚きを隠せなかった。
しかもそのような無茶な要求をしてくるフェンリルを神獣として崇めているというのだから、もう完全に理解が追い付かない。自分たちを害そうとする獣をどうして敬うことができるのか、強大な力を持つ者への畏敬の念がそうさせるのかもしれないが、はっきり言って俺には理解できなかった。
彼女は突然のことに混乱してしまった。自分が犠牲になれば一時的な平和が訪れるのは間違いない。しかしフェンリルが約束を守り続ける保証はどこにもない。再び第二第三の生贄を要求することだって十分考えられることだ。
そしてすべての思考を放棄して、一人飛び出して例のダンジョンに籠った。それと時を同じくして茶々がゲートを開き、そこに残ったシェリーとフラムの残り香を辿ってやってきたということか。
「でも……私は領民を危機に晒すようなことはできません。ですから戻るつもりです」
「カルア……そうよね、あなたは自分の家と領民のことを忘れたことがなかったわね」
「ええ、私は領民のために生きるつもりでした。ですが……そのためにこの身を差し出さなければならないとしたら……それも受け入れなくてはなりませんわ」
「カルア……」
さっきまで警戒の色を露わにしていたフラムもカルアの身に起こったことを聞き、次第に警戒を解いていった。フラムもフェンリルの横暴さは聞いたことがあるらしく、納得している様子だった。
「あの……シェリー、フラム、もしもですけど……」
「カルアの言いたいことはわかる。でも私たちにはこちらでとても大事なものができた。だからその頼みには応えられない」
「え? フラム? 頼みって?」
「シェリーは知らなくていい。カルア、その話はこれでお終い」
「フラム……そうですわね。私の家と領民のために巻き込むことはできませんから」
カルアの言いかけた言葉に何かを察したフラムが無理矢理話を終わらせた。その際に俺に視線を送ってきたので、あまりいい内容じゃないことに気づいてくれたんだろう。俺にも何となくその真意が読めたので、フラムの好判断に助けられた形だ。
「ソウイチ殿、お騒がせして申し訳ありませんでした。そして私の大事な仲間たちを保護してくれた貴公に最大の感謝を。私も再び彼女たちと会うことができました」
「ねぇカルアちゃん? すぐに戻るの?」
「は、はい、出来ることなら……」
「それならさ、せめて今までの汚れと疲れをとってからにしたら? というわけで皆でお風呂に入りましょう! はい決定!」
「うん、それがいい。今のカルアの臭さは貴族の子女にはあるまじき臭さ。いや待って、そのまま帰ればあまりの臭さにフェンリルも逃げ出すかも」
「そ、そんなの嬉しくありませんわ!」
突然の初美の提案により、フラムに半ば拉致されるような形で風呂場へと連れていかれるカルア。初美のことだから何か意味があってのことだとは思うが……シェリーも一緒に付いていったから無茶なことはしないはず。確かにカルアは薄汚れたというよりもかなり汚れていたと言ったほうが正しかった。女性に対してそんなことを指摘するのはエチケットに反するので黙っていたが、どうやら皆がそう思っていたらしい。
さて、ここから先は女性陣に任せるとしようか。それに仲間どうしでなければ話せないこともありそうだし、俺は風呂上りのデザートの準備を始めておこう。
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