3.貴重
「カ……カルアなの? 本物なの?」
「シェリー、このトラップが発動しているということは、少なからずここの誰かに敵意を持っている証拠。もしかしたら私たちの記憶を読み取ってカルアの姿を真似ているかもしれない。迂闊に近づいたら危険」
「何を言ってますの! 早くこの拘束を解いてください!」
「口調まで似せるなんて、とても狡猾な魔物に違いない」
「フラム! いい加減になさい! シェリーからも何とか言ってください!」
「え……ああ、うん、そうしたいんだけど……」
淡く青色に光る魔法陣から生まれた無数の触手に絡めとられてもがくカルア。確かに見た目も口調もカルアだけど、未だその右手に握られた剣を手放していないので簡単に解放はできない。私たちならともかく、他の人たちに危害が及ぶかもしれないから。
「どうして剣を離さないの?」
「あんな巨大な獣がいきなり現れたら誰でも反応しますわ!」
「ワンワン!」
「チャチャはとても賢いから誰彼構わずに攻撃したりしない」
「そ、そんなことわかりませんわ! 私を食べるつもりかもしれませんし!」
「ワンッ!」
「ひいぃっ!」
カルアの言葉にチャチャさんが少し怒った様子で吠えると、それを聞いたカルアはようやく剣を手放した。チャチャさんはそんな野蛮なことするはずがない。きっとカルアのことを助けようとしてくれたんだと思う。
「……どうしたの、シェリーちゃん、フラムちゃん」
「シェリー、カルアにも声を届ける魔法を。ハツミが来る」
「ええ、わかったわ」
私たちの様子を見るためにハツミさんがやってくる。このままじゃカルアとハツミさんの会話が成り立たないので、カルアに声を届ける魔法を使っておく。カルアがどんな状況でここに来たのかはわからないけど、決して良い傾向じゃないことはカルアの格好から見ても明らか。冒険者の頃から身に着けてる白銀の鎧だけど、所々に大きな傷がある。細かい傷になればもう数えきれないくらい。綺麗な赤い巻毛も痛みが激しく、苛烈な戦いがあったことの証だと思う。
「カルア、私たちはここの住人に世話になっている。だから私たちの一存ではあなたの処遇を決められない。まずは話をしてもらう」
「大丈夫、とても心優しい人たちだから……ちょっと驚くかもしれないけど」
「……何かいたの?」
「ひいっ!」
居間に入ってきたハツミさんを見るなり吊り下げられたままのカルアが恐怖の色を露わにした。そうよね、これが普通の反応なのよね。私たちはもう慣れたけど、何も知らなければこうなって当然だと思う。ハツミさんが気分を悪くしなければいいんだけど……優しいからきっと大丈夫よね?
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「初めまして、カルアちゃん。アタシは初美、この家の住人よ。そしてシェリーちゃんたちの保護者、よろしくね」
「……早く私を解放しなさい」
「悪いけどそれはまだ無理。あなたが危険かどうかがわからないから」
「ごめんねカルア、もう少しだけ我慢して」
「カルアには色々と聞きたいことがあるから大人しくして」
入口と思われる場所から姿を現したのは、はるか見上げるほどに巨大な体躯を持った巨人族の女。あの魔獣が可愛らしく見えるほどの巨体から繰り出される一撃は私たちなど一瞬で肉片に変えてしまうことでしょう。そしてシェリーとフラムがここにいる理由も何となく理解できましたわ。きっと彼女たちはここで囚われの身になっているのでしょう。もしかしたら彼らの言うことを聞くように洗脳されているのかもしれません。何か弱みを握られているのかもしれませんわ。
「シェリー! フラム! 早く私を解放しなさい! そして一緒に逃げましょう!」
「逃げる? どうして? 私たちはすでにこの館の一員、帰る場所はここだけ」
「ごめんなさいカルア、今の私たちにはもう帰るつもりはないの」
「な……何を言って……」
場を和ませる冗談かとも思いましたが、二人の目は真剣そのものでした。そこには精神を操作する魔法を使われた形跡もなく、何らかの方法で彼女たちの心の底からそう信じさせる何かがあることは明白でした。それは何度も共に死線を潜り抜けてきた仲間に対してのこの仕打ちを当然のように受け入れていることが証明してくれています。
彼女たちが協力してくれればこの場を脱することも、さらにはフェンリルを打倒することも夢ではありませんのに……私の命運はここで終わってしまうんですのね……
「それであなたはどうやってここに来たの?」
「お前のような者に交わす言葉はない!」
「そんな状態のままでいつまで我慢するつもり? こっちには敵意はないんだから」
巨人はそう言いますが、そんな口約束を鵜呑みにするほど私は愚かではありません。強大な力を持つ者はその力を振りかざして矮小な者との約定をたやすく反故にします。きっとこの巨人も必要なことを聞き出したら私を始末してしまうのでしょう。いえ、きっと彼女たちのように従順な操り人形にされてしまうのかもしれません。このミルーカ家の息女である私を……そんな恥辱に塗れて生きることが果たして幸せなのでしょうか……
「くっ……私にはもう為す術がありませんわ。いっそのことここで殺しなさい」
「何ていうことを……」
巨人が私の言葉に絶句します。もう私には領民のためにフェンリルにこの身を差し出すこともできなくなりました。であればこんな場所で生き恥をさらすくらいなら死んでしまったほうがましですわ。でも巨人にはそれが理解できていないのでしょうか?
「フラムちゃん……もしかして今のは……」
「そう、ハツミは運がいい。あれこそが本物の『くっころ』、しかもカルアは貴族の姫様、そして女騎士。純粋な姫騎士の『くっころ』はとても貴重、国家で保護しなければいけないレベル」
「フラムちゃん、カルアちゃんって何者なの? ケモミミにケモ尻尾、さらに赤毛の縦ロールで女騎士で姫様、おまけにですわ口調なんて属性多すぎて胸焼けしそうなんだけど」
「これがカルアの恐ろしいところ。しかも本人は自分がどれだけハイスペックが理解していない」
「なんてもったいない! こんな逸材を放っておくなんて!」
彼女たちは一体何の話をしているんですの? フラムほどではないといえ、それでも博識を自負するこの私にも全く理解できない内容の会話が巨人とフラムの間で交わされています。おそらく私のことを言っているであろうことはわかるんですが……
「……どうした、こんな遅くに騒いで。何かあったのか?」
「ソウイチさん!」
突如現れたもう一体の巨人。今度は男、ですがフラムと女巨人との会話を遠巻きに見ていたシェリーの顔が明るくなりました。この巨人はあの女巨人の仲間なのでしょう。ですがシェリーの変化は私が今まで見たことのない、女性らしさを感じさせるものでした。そして私に向けて彼女が放った言葉は到底信じることができませんでした。
「この人がこの館の主のソウイチさんよ。そして……私の婚約者よ」
読んでいただいてありがとうございます。




